5 奇妙な溺愛者
大通りから一本も道に入らない路地で子供が倒れていた。
夜遅くであるからであろう、人通りはなく暗闇のためにたとえ人が通ったとしても明りを持っていないようであれば気づかぬ場所に子供は倒れていた。
寒さをしのぐためにかけられてるぼろぼろの布からは細い手足がはみ出しており動く気配すらない。
生き倒れであることがうかがえた。
子供が生き倒れ、そのまま動かなくなってしまうことは珍しいことではあるがなくもない出来事である。
体が思うように動かない。
このまま死んでしまうのか?
両親のように、孤児院の子たちのように私にも死が訪れようとしているのか。
思うままにならない体を少しずつでも動かして寒さから体を守るために布の中に縮みこむ。
一向に温まらない体のため、石畳の冷たい道のため体はどんどん冷えていく。
胎児のように丸まれば生まれる前からともに存在している石から仄かな温かさを感じる。
これをうれば多少の食べ物を得ることもできるだろうけど売る気にはならなかった。
懸命に自分の力だけで生きようと頑張ってきたけれども子供がここでいきていくのは難しいのだと思い知らされるだけであった。
動かないからだ、寒さのために感覚がなくなってくる指先、鼻に感じる悪臭は自分のものであろう、何日も食べ物を食べていないことから空腹も感じなくなっている。
このまま死んでしまうことは簡単に想像がついた。
誰か助けてくれないかな。
初めて強く思った。自分ではどうしようもないなら他人を頼るしかない。
温かみを感じる石を握りしめて、ただ愛されていた村での記憶、マガラさんと共に暮らしていた記憶ばかりを思い出してしまう。
水分もとっていないというのに自然と涙が流れているのを感じる。
それが空気にさらされて冷えていく。
もっと感覚がなくなって意識を失ってしまえば前世と同じように死んでしまうのだ。
また、生まれ変わることができるかな。そしたら長生きしたい。
感覚がないにもかかわらず前世でも今もすごく寒く感じる。
孤独でさびしいから。
ひとりぼっちだから。
「・・・だれ・・・か・・・」
誰かそばにいて。
ただ強くそう願って眠った。
温かくつつまれていることで、日が昇ったのだと、また一日生き延びたのだと、死ぬ日が一日延びたのだと思った。
栄養の足りない頭でそう思ったけれども、その温かさに違和感を感じて。
だって全身が温かく感じるのだ、これはおかしい。日の光は上からしか来ないのだから。
「目が覚めましたか?」
覚醒し始めた頭に柔らかく優しい声が浸透して、無意識にあけた目には白い布、さらに顔をあげてみれば、こちらをまっすぐに見ている蜂蜜色の瞳。
にっこりと極上の笑顔。
「・・・どちらさまで?」
私は知らない男の人に抱きかかえられていた。
意識を失う前はかすれ声しか出ないのどからスムーズな声ができるこを不思議に思いながらも逃げたほうがいいのか、しかしどうやって逃げようかと考た。
明らかに体力が失われている私よりも健康そうな男にかなわないことは一目瞭然であるから、すぐにその思考は放棄したが。
考えても無駄であるし、もうどうでもよかった。
死にかけであるのだから。
「おはようございます。今日も良い一日になりますよう」
笑顔のままに一日のあいさつをされてしまった。
問い掛けを無視して質問をしたのにそれも無視されて朝の挨拶ですか。
こんな路地でねっ転がっている私に対しての嫌味ですか。
死にかけの私に対しての嫌味ですか。”良い一日”になるわけないですよ。食べるものだってままならないのに。死にかけてますし。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「そちらさまは?」
こんな孤児に対して丁寧に問いかけられているのは人攫いかなぁ~と疑ってみた。実際、頭は働かずそうなんとなく思っているだけで警戒心もなんとなくしている程度。
もう食べられるのなら奴隷でもいいかも、とか思い始めている始末。
顔に汚れすぎてへばり付いた髪の毛を丁寧に耳にかけてくれたり改めて私が話しやすいように体勢を変えてくれたりしているのを見ているとオカシイとは思っていたりもする。
「主人を守り育み慈しむものです。常に従い愛のしもべでもあります」
ああ、変人か。手を取られ、その唇に触れられる。
・・・なんか私の手、すごく汚くてごめんなさい。と謝りたくなるぐらいに相手が綺麗なきれいな男の人だと気付いた。
「フェア。ただのフェアです」
その美貌に視線を取られておろそかな口元は自分自身の名前をはきだす。
にこやかにしていた美貌は、それだけで嬉しそうに華やいだ。
「フェア様、私だけの主人。全てを捧げ奉仕することが私の歓び、存在意義。全身全霊をもってフェア様に仕えましょう」
えっと、私の存在忘れてない?空に向かって独り言をつぶやきだして、それも私はあんまり聞きたくない感じだ。
うん、聞かなかったことにしよう。
「それで私に何かよう?」
お金も家族も美貌も持たない、簡単にいえば何もない私に何をお求めですか?
「では、食べ物を調達してまいりますね。少々、お待ちください」
路地のはじっこに静かに下ろされて、またも問いを無視された揚句に大通りのほうに行ってしまった。
動けないし待つしかないけど。
やっぱり路地は冷たい。朝日が出てきているとはいえ、まだまだ冷える時間帯。
本当にあの美貌男はなんなんだろう。会話できてなかった気がするし。
そら~は~たかい~な~おおきい~な~、と空を見上げながらうたってるようなうたってないような考えをしていると美貌男が戻ってくるのがわかった。
そちらに視線をやれば手に食べ物らしきもの、近づいてくるごとにいい香りがする。
匂いをかぐことはできても口に入れることができなった屋台の手軽朝ごはんの匂いだ。
まさか私の前でそれを食べるような非人道的なことをするんじゃないでしょうねっ、と睨みつけてみれば微笑ましげに差し出される。
「フェア様、お食べください。見たところ随分おやせになっておりますので体にいい物を召し上がっていただきたかったのですが生憎とすぐには用意できません。ですのでゆっくりとよく噛んでから飲み込んでくださいね。飲み物もこちらに」
そっと手に渡された包みは温かくて、美貌男のもう片方の手に置かれているのは木製コップに注がれた牛乳のようだ。白くて湯気を立てている。
「私を売るの?」
だって、死にかけた子供に構う理由がそれしか思いつかない。なんか言動変だけど。
「いいえ。私はフェア様の胎片、共に在るもの」
「…私の関係者?なら説明を」
さっきから私に対して様付け、生まれた時から記憶をしっかりともっているけれども美貌男はみたことはない。
話も聞いたことがない、聞いたことがないだけで両親かマガラさんの知り合いなのだろうか?
それで私を迎えに来たとか?
美貌男の言っていることは理解できないことばかりだけど。とりあえずはこれを食べてもひどいことはされないようなので言われたとおりにゆっくりとかみしめて食べた。飲み物も頂戴しておいしく頂きました。
「それでは説明させていただきます」
さきほどのしもべ発言がうそのようにすらすらと説明を受けた。久しぶりの満腹感で起きたばかりだというのに話を聞いているうちに眠気を感じる。
すでにうつらうつらとしてしまって眠ってしまいそうだ。
だが、いちお美貌男の話は聞いていた。記憶に残っているかどうかは定かではないが。
「つまりは、あなたは石に宿る人間で私と一緒に生まれてきたと、そしてそれは胎片って呼ばれてて一緒に生まれた私を守ることを決められているってことでいい?」
身につけている石といえば確かに生まれた時から首に下げている琥珀色の石がある、こっそりと出して確認していたら色が抜けて透明な石になっていた。
「おおまかには、そのように。人間といいましても食べたり飲んだりといった人間的要素はありませんが。どうやら私のフェア様は何も知らないご様子、私は私という存在を理解しているというのに。それになんとも残念な生活をしているようですし」
するりと首ひもをひっぱられて隠してみていた石を、その手に取られた。だが、不思議と取り返そうとは思えない。危機感が薄れて安心している自分が不思議でならなかった。
眠気のせいか。
「私はこの貴石の持ち主の胎片、つまりはフェア様の生涯に付き従う存在。どうぞ、ご自由にお使いください。そうあれ、と定められているものです」
ふと、疑問に思った。誰が決めたの?あなたはどういったもの?わるいもの?私のような無価値な人間にこのようなものがつくわけがない。
だから聞いた。「私を利用するの?」って。
それはもう否定されて胎片とは、貴石とは、と講義を受けているような説明をうけた。
さきほどの説明より具体的でわかりやすい。
だって先ほどの説明はいかに仕える人を幸福に導くかを聞いていただけだもの。
それによれば随分と以前から貴石を片手に生まれる子がいて、その貴石からでる存在は共に生まれた子を主人とし何からも守る存在が宿っていて呼びかければ姿を現し、危機から身を呈して守る。そういうのを胎片、つまりは一緒に生まれた片割れとして大事にされる。
ちょっとした特典として主人の体は病気になりたがく丈夫になるのだと。
珍しいが国に何人かはいるので怪しい物ではありません。全身全霊でお仕えいたします。そばにあることをお許しください、という言葉で締めくくられた。
「つまりは摩訶不思議存在で私の味方?」
呼びかけられれば姿を現し危機からは身を呈して守る。主人の死とともに存在はかき消える。そして主人の体は病気になりたがく丈夫。ただし魔力はもっていない。
「何があろうと私はフェア様の味方でございます」
「名前は?」
「名前はありません。私は生まれたばかりのもの、命の終焉がくるまでおそばにお仕えいたします」
その言葉は、こんな裏路地で汚い場所であるのに尊厳な神殿を思わせる心からの誓いの言葉に聞こえた。とても神聖なもののように思えた。噛みしめるようにゆっくりと言われたからかもしれないけど。
「ねぇ、石に戻って見せて、そしたらあなたのことを信じるわ」
私にはほかに信じてもいい物がない、なにかを信じることができればまだ生きられる。
ドラゴンだって獣人だって魔法だってある世界なのだ、こんなおかしなものがあったっていい。私を助けれくれるならそれが多少怪しいものでも信じることは今なら出来そうであった。
「かまいませんが、すぐに私を呼んでください。念じていただければ聞こえますから」
「わかった」
どことなく心配そうにしながらも、その姿は光の粒子となり消えた。それと同時に手渡されていた貴石と呼ばれていた石がいつも通りの琥珀色を取り戻す。
不思議だ。
美貌男には確かに体温があって私を温めてくれていたのに、この石は温度を感じない。
太陽に照らされてきらりと光るただの石にしか見えない。
”出てきてみて…”
石に向かて心で話しかけてみる、声に出していなくてこれで出てくるのなら本物だ。
また粒子が集まって男の姿をとった、そして石は透明に。
じっくりとみればそれは神官服で、それがすこしだけ心に違和感を起こす。
「ふしぎ」
そう感想を漏らすしかなかった、私の理解の範囲を軽く超えている。
「そうですね、けれども私はその不思議に感謝しています。フェア様に会わせていただけたことに」
「神にじゃなくて?」
神官服を着ているのだし、こんな存在は神様作成でないのかと思うだけど。
「神にはあったことはありませんから。そんなことよりもよろしければ私の呼び名を承りたく」
にっこりとほほ笑まれた。なにも言いませんよ、と言われている気がする。
ちょっとだけ困ったけれども、何かすごく私になじんでいる気がして、私だけのものに名前をつけるもの悪くない。私だけの胎片。
「じゃぁ、ナイト。夜は危険でもあったけど私を隠して守ってくれたから。あなたもそのようなものみたいだから」
人買いから逃げ出してからは暗闇にまぎれて隠れてばかり、それでも誰もいなければそれだけで安心できた。
夜は私を守ってくれた。なら私を守ってくれるのであればそれを名前に。単純な思いつき。
まだうまく動かせない顔の筋肉を動かして笑って名付けた、このナイトといい関係を築けるように。
「ありがたき幸せ」
ナイトも微笑み返してくれた、それが幸せそうに見えて、そんな青空の下での出会い。




