3 おじとの始まり
呆然としていたのだろう。
気付いた時には次の日の朝で、なんとなく寝るように言われたことだけをぼんやりと覚えていた。
どうしたもんかな。父の伯父とやらとの接し方がわからない。
隣に寝てるし。
家では高床になっていて、そこで寝ていたがここはベッド式のようで他に寝れそうな場所がないから仕方がないが。
正直中年オヤジとは寝たくない。
しかし床で寝るのは嫌だ。
「どうしたもんかなぁ」
「水でもくんでこい」
ただの独り言に返事が来たことに驚きそちらを凝視してしまった。
そしたらベッドから押し出された。床にぺたりとお尻がつく。
水をくみにいけばいいらしい。
「いってきます」
とりあえず顔を洗うにも水は必要であるから桶をもって外に出てみれば井戸らしきものがすぐにみつかった。朝の水汲みに人が並んでいるのを産まれて初めてみた。
この町は思っていたよりも人がいるようだ。水汲みの順番を待ちながら、その人々をみていると明らかな違和感。
…ケモノ耳に尻尾、全身が毛皮で覆われている。
人か?
ちょっと待て。
ここは異世界だからいいのか…?
水を汲みながらも信じられないでいた。そして走りながら家に駆け込む。
「おじさーんっ!みみ!しっぽ!けぇーっ!?」
「マガラって呼べ」
私の絶叫にも関わらず名乗るだけでベッドに再び潜り込もうとするので勢いで揺すって私の気持ちを伝えたい。
「マガラさん!みみなのっ、しっぽなの、ケモノなの!!」
「獣人だ」
「じゅうじんって!獣人!?」
興奮のままに揺すっているが気にも留められずに一人で騒ぐことに虚しさを感じた。
これはアレだ、初めて空とぶ大きな生き物を見たときと同じように、この世界の人たちにとっては当たり前なことなのだろう。
凄い、ファンタジーだ。
その獣人たちが気になって窓から眺めていた。耳がフサフサして尻尾が長かったり短かったりとバリエーションは豊富であるが流石に耳と尻尾だけでケモノの特定はつかなかった。あー触りたい!
マガラさんに渡されたパンをモソモソと食べながら飽きもせずにみていたら、いつのまにか昼になっていた。
パンはまだある。しかし「一日分だ」といわれて渡されたのでお腹が好いたからといって食べてしまうと後々自分が辛くなる。
どう贔屓目にみても、裕福ではなく仕事もしてなさそうなマガラさんだ。
優しくもなさそうだし。
だいたいパンだけって栄養のバランスが悪い。
固いし。
野菜たっぷりのスープがあればいいのに。
マガラさんは作ってくれそうもないし、かといってお金を貰うのも憚れる。
その前にお金の価値がわからないから教えてもらわなくては、ああ、文字を知っていたら教えてほしいな。村では誰も知らないみたいで覚える機会なかったから、知ってるほうが絶対に将来役に立つものこの世界って、大体識字率低すぎだし。きっと金持ちの家とかしか学問やってなさそう。
それにしても獣人のミミとかシッポさわってみたいな、毛がはえてるのとかワサワサして抱き締めたら気持ちいいかも。
あのシッポがゆらゆらしてるのを見るだけで不思議と飽きない、知り合いになったらお願いして触らせてもらわなくちゃ!
結構楽しみ。
そんなワクワクとした気分に釘を刺されたのは夕飯時。
残していたパンを水で流し込むように食べていたらマガラさんに獣人について説明を受けた。
要約すると獣人は人間に差別されていること、だから獣人側も人間を嫌っているものが多く承諾も無しに触れば喧嘩になるから近づくな。
獣人は大抵その身体能力を活かした危険な仕事をしているので近づくな。
子供が一人で彷徨けば人さらいにあって奴隷商人に売り飛ばされるので出来るだけ外に出るな、人がいないところにいくな。
自分のことは自分で世話しろ。
と、言いたいことをいってお酒を飲むマガラさん。
獣人に関わらないほうがいいらしい。確かに武器っぽいのを持ってるのが多いなぁとは思ったけど。
楽しみにしてたのに。
変わりに手元をみて自分でどうしようもないことを遠回しに訴えることにした。
「パンを食べて野菜を食べないと大きくなれないって。それにお酒は体に悪いです」
上から下までじっくりと観察されて、あいつらが教えたのか、と呟いていた。
「金と買い物を明日教えてやるから野菜は明日からだ。とっとと食べて寝ろ」
よし、一歩前進。
マガラさんはちゃんと私のことを考えてくれているようだ。邪険にされても他に行く選択肢はないので少し安心した。
一緒に寝るぐらいは許してあげよう。
5年ものあいだお金に触れてこなかったが、ついに今日お金を貰った。
大体の物の価値や貨幣に付いても説明を受けたのでお釣りをぼったくられる心配もない。
さぁ健康な食生活のために買い物にいこう!
と、出掛けようとしたらマガラさんが後ろからついてきた。
すぐに納得したけどね。
道わからないし。
道すがらマガラさんって外見は恐そうなのに案外親切なのだと感じた。
ここは子供が一人であるいても問題ない。
あの店は何を売っている。あっちは危ない場所だ。
等々聞いてもいないのに教えてくれる。
冒険者ギルドなるものがあったり兵士がいたりと本当にファンタジーな世界だと実感した。
だいたいの店の用途はわかるのだが「呪屋」とは何ですか?
のろいでも掛けたりおはらい的なお店?それとも危ないものでも売ってるのかな?
すっごく気になる!
窓もなくドアも隙間なく閉じられて店内はまったく見えなかった。
気になるけどマガラさんは店名を言ったきり先に進んでいくので迷子になる前についていったんだけど気になる!
それからは買い物を練習もなしにさせられた。
いいんだけどね、出来るから。お釣りも間違えてなかったみたいだし。
「ほら」
マガラさんが手を出してきたのでそれに手を重ねて握りしめた。
そしたら渋い顔をされてしまった。
何?迷子防止のために繋ぐわけじゃないの?
それで溜め息をはかれた上に違う手で私が持っていた買い物かごを取り上げられた。
…繋がったままの手を眺めてしまった。
これどうすればいいのかしら。
マガラさんもなんとなく手を眺めているように感じて下手に動けない。
そしたらぎゅぎゅされてそのまま歩き始めた。
無言である。
たまにぎゅぎゅとされることから予想するに子供の手の感覚が気に入ったのかもしれない。
顔を覗き込んでも無表情。何かんがえてんだかわからない。
いっか!それよりもまわりが気になる。せっかく手を繋がれてるのだからマガラさんを見失わないように歩かなくていいのだ。
存分にキョロキョロできるというもの。




