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幕間 愛しいものからの伝言

最後にみた愛しい娘は静かにこちらを見つめていた。


小さな唇が動き震える声がおれの元まで届く。


「また会える?」


可愛らしい子供の声であるのに、それを聞いて胸が張り裂けそうになった。


娘からしたらおれたちは子供を捨てた酷い親だ。


待ち遠しいくらいに待って産まれた子供であるのに。


事情があったからとはいえ、その事実は消えない。


幼いが賢い娘だから泣き叫んでおれをとめようとしなかった。


考えに考えての最後の言葉だったんだろうと冷静になった今ならわかる。


あまりにもあっさりとした態度であったので、そのときは虚しさを感じてしまったが。

あれだけ可愛がっていたのに、と。


愛しい娘は、どんな気持ちで言葉を口にしたのかはおれには考えてもわからない。


今は無性に戻って娘を連れ帰り、間近に迫った死を三人で迎えるのも悪くないと思う衝動に駆られている。


あの子が、これから辛い目に遭うかもしれないのならいっそのこと…。


妻と何度も話をして人に預けることにした。


国に仕えたこともある伯父に預けることにしたのだ、小さい頃はよく遊んでくれていたので悪いようにはしないと考えたからだ。


最初は「自分達で育てろ!」と怒鳴られたが事情を話せば、わかってくれた。


閉鎖的な村のために村の外で頼れる人は伯父しか思い付かなかった。


娘を預けてきた伯父の家のほうを向く。


家が見える距離ではないが、娘は泣いていないだろうか?


滅多に泣くことはないから、たまに泣かれると凄く困るんだ。


娘のことを想いながら十分に休憩をとったので妻が待っている家に向かってあるきはじめた。


「今もどったぞー」


古い布で作られた外套を外しながら声をかけたが返事がない。


妻はどこかにいってしまったのか…?


急いで奥の部屋を覗けば膝を抱えて壁を見つめているようであった。


「何してんだ?」


声を掛けても反応がないので、その細い肩にそっと触れてみれば振り返った妻は泣きはらしていた。


「あなたっ」


抱き締められたので、抱き締め返した。


大事な一人娘を見守ることが出来ないのを一番辛く感じているのは妻だろうから。


「フェアは賢い娘だ、きっと自分に相応しい道を自分で見つけて幸せになれる」


「でも、まだ5つなんですよっ」


「…そうだな。でもおれたちにしてやれることは…もうない…」


このままおれたちが動けなくなればフェアに会うことはないだろう。


フェアには何も言ってやれなくて何も答えてやることもできなかった。


妻の背をあやすように何度も撫でて、娘がいる方向を眺める。


まさに妻が見つめていた方向だ。


娘のためにと作った玩具が散らばっているなか、壁に見たことのある“印”が大きく描かれていた。



「これはね、はーと、なんだよ。大好きだよのしるしっ!」



楽しそうに笑顔と声が甦る。あの時は地面に大きくかいておれと妻に見せてくれたのだ。


嬉しくてその隣に同じのをかいてやれば可愛らしくて照れていた。


嫁には出さないっ!と思ったものだ。


おれって親バカなんだと始めて思ったときでもある。


「あなたも気づいたのね」


涙の跡を拭いながらおれから離れて印を優しくなぞっている。


ああ、さっきはこの印をみて泣いていたのか。


「これみてるとフェアの“大好きよ”という声が聞こえる気がするのよ」


「おれにも聞こえるよ」



“大好きだよ、大好きだよ”



おれたちは思い出し笑いをしてフェアのことを想った。


「いいことを思いついた、あなた。この家いっぱいに“印”を描きましょ。あの娘がいつかこの家に戻ってきた時に驚くように」


「いいな、それ。おれもやろう」


それで妻の気が紛れるなら、やって無駄なことはない。フェアが戻ってくるかはわからないが、おれたちの想いが伝わるように、おれたちがいなくても気持ちを残すのに一番いい考えだ。


おれたちはひとつひとつかくごと気持ちを込めた。




フェア、愛してる。

愛しい娘。

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