2 初めての別れ
村の様子がおかしい。
私は外出を禁止され一日中家の中で過ごしている。しかも二部屋しかないというのに奥の部屋を占領して。
その上、私が産まれたときから閉められたことのないフスマまでガッチリと閉められて。
あれだけ大事にされていたから嫌われているとかではなく何かしら理由があるようであったので大人しくはしているけど。
両親からは笑顔が消え去り、どこか心配そうな表情が絶えなくなった。
気になった。
私と接するのも最小限になり、何度も部屋から出てはダメだと念を押される。
これで気にならない方がどうかしている。
つい少し前までは、いつもと変わらない生活をしていたのに。
だから夜、寝付けないときに両親の話し声が聞こえ、この状況がなぜなのかわかればいい、と。軽い気持ちで盗み聞きしてしまったのだ。
音を立てないように、ゆっくりと移動しフスマに耳をあてる。それだけで話し声は聞こえる。
最初は声を落として話をしていたので聞き取ることが出来なかったが私が起きてこないので安心したのか通常の音量になっていった。
「もう、この村は終りだ」
「…」
「お前も、そう思うだろう。いくら看病をしても、よくなるどころか悪くなるやつらばかりだ。薬師すらいない村だから仕方がないかもしれないが…」
「…私たちにも、移ってしまったわね」
「…ああ。どんどん体が悪くなってくる、ただ…あの子だけは…」
「…愛しているあの子を残してはいけないわ」
「当たり前だろ」
「可愛い一人娘だものね?」
「そう、賢くて優しい一人娘だ」
「…生きてほしいわね」
「ああ、幸せに。結婚して子供うんで辛いことがない人生を生きてほしいな。…だから預けようと考えてる」
「…それしかないのなら」
しんみりしてる、しんみりしてるっ!
というか、話の内容がヤバくない?まるで私を見守ることが出来ないような話の内容だったように思うんだけど。
両親はしばらく無言でお茶を飲んでから静かに眠ってしまったようだ。
反対に私は余計に眠れなくなった。
まだ何かを確かめたわけではないが、両親は純朴な人柄だ。嘘の会話をするわけがない。
そう考えたら今までの生活が崩れていく音が聞こえるようだ。
そして私が部屋に閉じ込められていることもすんなりと納得ができた。
手に終えない病気が私に移るのを恐れているのだ。
それだけ大事にされている、と。
私は泣いた。
泣いてるなんて認識できなかった。
落ち着かない日々が過ぎていった。
調子の悪そうな両親に「だいじょうぶ?」と聞いても「元気だよ」としかこたえてくれない。
どんなにひつこく聞いても「子供が気にすることじゃない」「いい子だから、遊んでなさい」というばかりで相手にしてもらえない。
もどかしい。
あれから一月がたったが、いまだに部屋からは出してもらえずにいた。
ずっと部屋にいるせいかイライラして暴れたり泣き落としをしてみたりしてもフスマはびくりとも動かない。
そんなときは決まって母か父の謝る声が聞こえた。
フスマにはつっかえ棒がしてあるようで子供の力では開かなかった。
ここまでして閉じ込められるとは。
なにか大事がそとで起きているのがわかった。
それがわかっても、どうしていいかわからない。
鬱々と悩みながらも日々は過ぎていって眩しさに目を開くと全身を布で包んだ怪しい人がいた。
体の形からして父親だと、すぐにわかったが怪しさ満点だ。
それに何故、私の手足を縛っているのですか…?
「…」
「…フェア、起きたのか。おはよう」
私を縛っていることに対して罪悪感があるのか、思いっきり顔を背けられた。
起き上がってみようとするがミノムシのような動きしかできない。
「フェア、大事な話があるんだ」
話しかけられたが無視だ。子供を縛り付けてどうしようというのだ。
なのでプイッと顔を反らしてやる。
私の機嫌は悪いのだアピールをしてみる。
溜め息をこぼされてしまった。
チラッとみてみたら多分苦笑いしたのだろう口元の布が動いた。
脇に手を差し入れられて持ち上げられる、気づかなかったが側には籠があり、その中にすっぽりと入れられた。
まるで売られていく商品の気持ちになったようだ。
「フェアこれから父さんと旅にいくことになったんだ。楽しみだな」
いや、それなら何故縛る?その格好も怪しさ爆発ですよ、お父さん。
「ほら、母さんが作ってくれたご飯だ。横に置いておくから」
「…お母さんは、どうするの?」
なんかおかしい、おかしいっ、おかしいっ!
声が震えて怖い考えが浮かんでくる。
「母さんは、留守番することになったんだ。歩きながら話をしようか」
私が入った籠を背負って父が歩き出した。
外は薄暗くて、まだ夜が明けていないことがわかった。
久しぶりの新鮮な空気が肺を満たす。
混乱したままに外に連れられて家から離れていく。
家の窓には母がいた、今にも泣きそうな顔をして笑っていた。
にこやかに私に向かって手をふっていたから。
だから縛られた腕をだして笑顔で手をふりかえしたのだ、母がソレを望んでいたから。
頭が勝手に納得していた、私は両親と別れなければならなくなったのだと。
なら母に余計な想いをさせないようにしなければならない、だから勝手に手と顔の筋肉が動いた。
母が見えなくなるまで、そうしていた。
木で家が見えなくなり来たこともない森林の中を父は迷いもなく歩いていく。
周りは木だらけで方向感覚が狂いそうであるが背負われているだけなので気にすることもないだろう。
父はポツリポツリと説明してくれた、
村で不明な病が流行っていること
病を治せそうな者を呼ぶ金がないこと
あったとしても治る見込みは無さそうなこと
村人は、このままを受け入れることにしたこと
でも私は幼く病も移っていないはずだから人に預けることにしたんだ。
静かに言い聞かせるように語っていた。
父の怪しい格好は私に病が移らないようにという配慮からきているようだ。
私は何も言えなかった。
両親と離れるのは嫌であったが、かといって一緒にいることを選ぶこともできない。
せっかく生まれ変わったのに、また死ぬのを受け入れられない
両親を村人を見捨てるか、自分の生を諦めるか。
どちらも選べない。
だから考えることを放棄して頭をからっぽにした。
どうせ、人に預けることにした両親の結論があるのだから、そのとおりでいいのかもしれない。
どうすれば、いいかなんて何も思い付かないのだ。
子供って無力だなぁ。
何も出来ない、この小さな手では。
本当に何も出来ない。
声を押し殺そうとしても無理で、きっと父にも聞かれているだろうけど涙を止めることができなかった。
何も考えないようにしていたのに無意識に生きることを選んでいることに気づいてしまったのだ。
それと重なるように両親の死が近いことやこれからの不安に思い当たり気持ちが溢れた。
私の心は幸せに浸かってしまって柔らかく傷つきやすくなってしまったようだ、なにもかもが現実であると突然突きつけられて、耐えられない。
目が覚めると満点の星空が目に入った。
泣きつかれて寝付いてしまったようだ、目がヒリヒリする。
目に触れたことで縛られていた紐が取れていることに気づいた。
一人では帰れない距離まで来たということなのかもしれない。
動く気になれなくて、そのまま星空を眺めていた。
「フェア、明日の昼には着くから」
「…うん」
それっきり父も私も口を開かなかった。
ただ渡された食べ物を食べて、それが私の好物だということに気づいて、また泣きそうになった。
泣いてばかりだ。
次の日は一緒に歩いた。
背負う、と言っていたが父は病人なのだから負担を掛けたくなかった。確かにどことなくダルそうにしており、無理をしているのがわかったから。
ただ、こうやって父と歩くのが最後になるのなら、ずっと覚えていよう、忘れないようにしよう、と父の後ろ姿だけを見つめていた。
本当は、籠で背負われるのではなく手を繋いだり抱き上げてもらいたかったけど断られるのがわかっていたから何もいわなかった。
だから姿を見れる後ろから着いていくことにしたのだ。
私のために何度か休憩を挟み辿り着いたのは夜も間近な夕方。
原因は私がタラタラと歩いていたからである。
一月以上も閉じ込められていたので元々ない子供の体力が更に低下していたからと少しでも長く父と居たかったから。
無意識に足が遅くなっていたようである。
父は私が着いてきているかを何度も確認しながらも迷わずに道を進んでいく。
ついた場所は町である。
村よりも人が多く、あちらこちらに店がある。
村には店なんてなく本当に通貨があるのか疑っていたが本当に存在していたようだ。
それを横目に父のあとをついていく。
興味はあるが、それが気にならないくらいに今は父の側にいたかった。
そして、ある家の前につくと少し離れた場所でまたされた。
私の視線の先では父と知らない男の人が話をしていた。
父は何度も頭を下げて頼み込んでいる、それに男の人が私を見て渋々了承していた。
私のために必死になっている父をかっこいいと思った、情けない姿かもしれないが子供のために形振りかまわない姿は素直に素敵だと思ってしまったのだ。
父が好きなんだ、母も好きだ。私を産んで育んでくれたから、家族だから好きなんだ。
でも私はまだ生きていたい、と小さいつぶやきが身体中に響く。
体が震える。
私は前世の死を待つだけの日々を思い出してしまったのだ。
生きるだけで必死だったけれども「まだ生きていたい」と毎日のように願っていた。
あの恐怖を思い出していた。
だから父に声をかけられても、しばらく気づかなかった。
「フェア、大丈夫か?何も心配することはない。父さんの伯父さんと、これから暮らすことになるだけだから」
私の視線に合わせるためにしゃがみこんで優しい声を聞かせてくれる。
きっと顔に巻いてる布の向こうには、ほがらかな笑いを浮かべているに違いない。
勝手にその顔が思い出される。
自然に頷きながらも心の中で謝罪した。
ごめんなさい、お父さん。
ごめんなさい、お母さん。
私は生きたいの。
お母さんとお父さんの側にいることを選べないの。
私の心も体も生きることを選んでる。
両親を見捨てることを選んでる。
大事に育ててもらったけど親孝行したかったけど、見捨てることを選んでる。
ごめんなさい。
父は夜になろうとしているのに休むこともなく家に戻ろうとしていた。
「可愛い、フェア。お前に衆生王のご加護がありますように」
「お父さん」
誰かの幸せを願うときに使われる決まりきった祈り文句。
だけれども私は罪悪感を刺激される。
だから、きっとそれを軽くするために聞いてしまったのだ。
「また会える?」
と。父は何も言わずに行ってしまった。
酷いことを言ってしまった。もう会えないだろうに、重荷になる言葉を父の記憶に残してしまった。
父がその日を迎えるまで私の言葉に苛まれることになってしまったら、どうしよう。
ごめんなさい。自分勝手な娘でごめんなさい。何も返せなくてごめんなさい。
そして、あまりにも自分自身に沈み込んでいた私は父の伯父だという人物に観察されていることに気づきもしなかった。




