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1 あの世の始まり

暗く温かい闇の中にいた。

気付いたときには、そこに存在していて。

暗いが不安や恐怖を感じることもなかった。

ただ温かく満ち足りた気持ちを抱いていた。

時間の感覚というものもなく、それ以外を感じることもなかった。

自分を想う気持ちを感じていたからなのかもしれない。




どれくらいそうしていたのかは判らないけれども、少しずつの息苦しさと強烈な圧迫。

初めての強い刺激に身体中が痛みを感じている。

あまりの痛みになすすべもなく、また抗うべきではないと受け入れた。

意識は有るようでなく、ただぼんやりとしたもので、転がされている感覚で初めて自分に身体があることを。

視覚、聴覚があることを自覚できた。

そう“自覚”したのだ、自分が一個の自意識を持った人であることを!




ボロの屋根が見える。

横を見てもボロ。

前をみれば私を産んだのであろう女性の後頭部。

私を背負いながら食事を作っている。


自分が生き物だと認識し混乱し暴れてから現状把握に努めることにした。

私は貧弱ではあったが女らしい体から赤ん坊になっていた。

病室が粗末な家に変わっていた。

あの受け入れた痛みは産道を通ったときのものだと思う。

この世に生を受けたらしい。

記憶を持ったままに。



…まずは両親。

甲斐甲斐しく世話をしてくれている平凡な容姿の女性。

母親であろう。

笑えば愛嬌があり貧乏な生活をしているというのに不平不満はないようである。

子供が生まれて幸せの絶頂という雰囲気があり毎日ニコニコ笑顔で畑仕事をしたり家事に勤しんでいる。

父親は純朴で真面目そうである、生まれたばかりの赤ん坊に触れるのが怖いのか。まだ撫でられるくらいのスキンシップしかない。

嬉しそうな顔をしているので可愛いと想っていることはわかる。

そして凄く重要なのが、ここが異世界ということ。

畑仕事をしている母親の背からみた空には竜が飛んでいたのだから。

それを母親は指を指しながら何かを言っていたが言語不明なため理解はできなかった。

それでわかるのは竜はいて当たり前の生き物らしい。あとは未発達な文明でありライフラインが全て手作業であること。

地球の未開の地かとも思ったが。どんな未開の地でもプラスチック製品があるもの、それすらない。

とすれば、ここは地球ではないということになる。

竜がいるんだからペガサスとか魔法使いとかもいるのか気になるところだ。


私は確かに死んだ。

痩せ衰え死だけを待つ時間のなか、苦痛を薬で和らげていた。

死んだその日は、やけに体調が良かったのを覚えている。

きっと、体が麻痺をして体調の悪さがわからなくなっていたのだろうと今なら思える。

その死んだ私が赤ん坊になって生きているということは生まれ変わったということになる。


総合的に考えてみるに私は転生をしたということになる。転生があると仮定しての話だけれども。

死ぬ間際の夢をみているのかと考えてみたがリアリティがありすぎて、その考えは却下した。

何度寝て起きても覚める気配などなかった。


さて私は肉体と共に死ぬこともなく、こうして新たな人生を生きることになった。

それで考えたのが、

想うがままに自分の思い通りに生きることだ。


だが私の脆弱な精神で生きていけるのかが心配だ。

「おかしゃん、だっこぉ~」

生まれてから三回目の春になった。

体にひきづられているのか精神が幼くなっている気がするが気にしない。

私は生まれてから三年しかたっていない幼児なのだからっ!

「本当に、フェアはだっこが好きね」

「おかしゃんが大好きだもん」

なんかぎゅっと抱き締めてもらえると落ち着くし愛されてるんだ、と実感できるから。

こんなに愛してもらえるのだから貧乏なことは我慢できた。

そう毎日の食事が食べられるだけの生活をしているのだ服を新たに買うなどかなりの贅沢という家である。

その為か私の服などは全て近所の方からの頂き物や古い布で作り直した母のお手製品である。

理解できなかった言語も現在では舌ったらずではあるが喋れるようになった。

私は順調に成長している。

思い起こせば前世では生活環境は不自由していなかった。

「貧乏でも家族の笑顔があれば幸せ」

というセリフを馬鹿馬鹿しいと思っていたが今なら実感できる。

食べるのに困ることもあるけれども新しい服を買うことなんて出来ないけれども母と父と三人で楽しく会話しながら夕食を食べているだけで幸せを感じるのだ。

家族って素晴らしい。




「フェア、お母さんだけでなく、こちらにおいで。父さんと水浴びにいこう」

「いく~」

やった!そろそろ暑くなってきたころだから水を浴びることができる。

こんな数える程しか村人がいないような村では風呂などという設備はなく湯を沸かして体をふくか水を浴びにいくしか清潔にする方法がないのだ。

扶養されている身では我慢するしかあるまい。

だが楽しそうに水遊びをするせいか両親は暇を見つけては連れていってくれるのが嬉しい。

抱っこをされながら外に出て近くの川までつれていってもらう。

そこは幼児の私が遊ぶのに適したかなりの浅瀬。

さっそく父親の腕から降りて豪快に服を脱ぎ散らす。まだ幼児のためか注意されることもないのが楽しい。今だからこそ許される行為だ。

父は微笑ましげにして私が脱ぎちらかした服を拾っていく。

父よ、ありがとう。

心のなかだけで感謝させていただきます。

水は適温で思いっきり頭から潜ってみた。

頭をワシャワシャとして汚れを落としていく。

石鹸などというものは無く擦り落とすしかないのだ。

なにげに川底の砂を使えば綺麗になった気にはなる、ということで綺麗になったことにする。

ちなみに私は裸だ!

三歳時に羞恥心はない!

それに見ているのは父親だけだしね、足を川に浸けて可愛いものを見るような視線を向けられているのですよ。

唯一、私が身に付けているのは石の首飾りだけ。

何でも産まれたときに握りしめていたから、きっと私の身を守ってくれる物だろう、という安易な発想によって紐を通されて私の胸元を飾っている。

黄色の石で一番近いとしたら煌めく琥珀色といったところか、触ると暖かい気持ちを感じる。

何かあるかわからないから普段は服のしたに隠しているのだ。

村人以外の人間に会ったときのために、念には念を入れて隠している。

どうも農村のせいか人を疑うことを知らないような人間性ばかりである村人はいいのだが。

ごく稀にくる商人の人間性は信用できない。物々交換を基本にしているし、現金をみたことはないがお金はあるらしい。

なので考えすぎかもしれないが、そういった外部の人間に見られて奪われる可能性だってあるのだ。

それぐらいに綺麗な石にみえる。宝石と偽って売ることもできそうなのであるから、いざというときのために隠しておかなければ!

それとなく「おかしゃんとおとしゃんのいしは~?」と聞いたことがあるが、この石を持っているのは私だけのようである。

きっと持って産まれたということは意味があるだろうから、大事にしているのだ。

浅瀬で体に付いた砂をうつ伏せになりながら水流で流しているとお尻をつっつく感覚が。

水から顔を出して振り向けば困った父の顔。

「なぁに?」

「フェア、まるで死体みたいだから止めるんだ。息をしてるのか心配になる」

随分と長くもぐっていたらしい。

「は~い」

それにしても死体扱いとは、父は水死体でも見たことがあるのだろうか凄く嫌そうに言われた。

さて体も綺麗になったことであるし花を摘むことにした。

「おとしゃん、おはなぁ!」

そう言えば水辺に抱き上げてくれて服まで着せてくれる。ちょっとしたお姫様気分を味わえて嬉しい。

あとは自然の力によって乾燥してくれるだろう。

私が「お花」と言えばそれは帰る合図になる。

母への手土産だ、私なりに毎日の仕事に対して、それで労っているつもり。

この小さな体では手伝えることなどあまりない。

そこらにある雑草でも花は可愛らしくて母は喜んでくれるから、渡すのも楽しい。

つまりは母の喜びは私の楽しみなのだ。

さて早く帰って夕飯を家族で食べよう。

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