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改稿しました。最終更新1/27。
宗佑は真っ白な光の中を、まるで無重力空間のようにふわふわ浮遊していることだけは認識できた。
暫くして、彼の周りを包んでいた光は強烈な眩しい光を発しながら、スーッと晴れていった。
足が地面に着く。どうやら模擬戦を行うステージに着いたようだ。
先ほどまで眩い光に包まれていた宗佑は、西陽を浴びたように目を細めていたが、ゆっくりと目を見開いて周りの景色を確認した。
「これが、ファンウーの戦場……」
宗佑の目の前にはあまり舗装が行き届いていない、砂地の道が広がっていた。空は雲一つない快晴で、陽射しが強い。
少し遠くに目をやると、白い壁をした建物が幾つか見えた。宗佑はニュースでこの風景を見たことがあるような気がした。
暫くキョロキョロ辺りを見回していると、遠くに見えた建物の方から、渇いた銃声が何発も聞こえてきた。
連発音から察するに、アサルトライフルの銃声だろう。銃声は時折止み、暫くしてまた鳴り響く。
(もう誰かが撃ち合ってる……)
宗佑は銃声を聞いて、肩にかけていたM16A4アサルトライフルを手に取り、構えた。
そのまま、自分の目の前の視界180度を確認後、後ろを振り返り後方も確認した。後方は、砂地が遠くまで続いているだけで、建物は確認できない。
敵が近くにいないことを確認した宗佑は、身を隠せる遮蔽物を探すことにした。
今敵に遭遇したら、棒立ちで応戦してあっという間にやられてしまう。
宗佑は、何度も見た戦争映画の兵士達の一挙手一投足を思い出し、身体を低くして素早く移動を始めた。
暫く進むと、白い石造りの民家が見えてきたので、付近を警戒しながら、民家の前に着いた。民家の壁に背を預け、辺りを見渡した。
何軒もの家が先ほど通ってきた道を挟んで並んでいた。どうやら小さな街のようだ。
先ほどの場所から見えていたのは、この街のようだ。
「さて、どうするか」
宗佑は民家の木の扉を開け、中に入った。民家は石造りのせいか、中は冷んやりしており、ひと気がないので余計にそう感じた。
リビングルームと思われる部屋には、大きな四角いテーブルとソファが置かれているが、机には埃が溜まり、ソファには所々穴があいていた。
窓にはヒビが入っており、軽く殴ったらすぐに割れてしまいそうだ。宗佑は、この白い民家の中でしばらく身を隠すことにした。外からは絶えず銃声が響いている。
「このまま、こうしていても埒が明かない。なんとかしないと」
宗佑には、このステージに転送されてから気になることがあった。自分の視界の右上に時間を示すタイマー表示が出ているのだ。現在は26分24秒から刻々と時間が減っている。
視界に時間が表示されているのは、戦況管理部が必要な情報を脳に直接送り込んでいるからである。
宗佑は、三十分ぐらい前のアニーの退屈な講義を、必死に思い出していた。
(たしか、ファンウーは時間制限があるってアニーさんが言ってたな)今回の模擬戦の制限時間は三十分。
三十分で、何人を戦闘不能にできたかで評価が決まる。評価の指標は敵を倒した数が大半を占めるが、その他にも戦況管理部が各キャラクターの戦闘を記録したものも、指標の一つになるらしい。
(今俺がこの場に隠れていることも、ビビッてなかなか外に飛び出せない姿も管理部のオペレーターには丸見えなわけだ。腹を括るか。アニーさん見ていてください! 俺の勇姿を!)
宗佑はアサルトライフルを両手で構え、ゆっくり民家の扉を開けた。その瞬間、近くから銃声が何発も響いた。
「うぉ!」
とっさに民家の中に戻った彼は入口付近の壁にもたれ掛かり、外の様子を伺った。民家のドアには、2発のペイント弾が当たったようで、べっとりと真っ赤な塗料が付着していた。
「くそ! どこからだ!?」
宗佑は街の中央を通る道の反対側の高い鉄塔に、人影が見えるのを確認した。
(あんな遠くから!)
彼は先ほどの銃声と、初弾から2発目までの時間差があったことからスナイパーライフルで狙撃されたと推察した。
PSG-1の最大射程は約700メートル、宗佑のいる民家から鉄塔まで、目測でだいたい200メートル弱はあった。
鉄塔にいるスナイパーはスコープ越しに彼を楽々視界に捉えているということになる。
(よりによって、2人しかいないスナイパーの1人が最初の相手とは……ツイてない)
宗佑は、今の状況を打開できる策を必死に考えていた。
(ともかく距離を詰めないと、奴を狙おうとしたときに先に俺が撃たれる)
宗佑は再び、転送前のアニーの武器の説明を思い出していた。
(確か、PSG-1の装弾数は5発って言ってたな……)
アニーが実際にライフルから弾を取り出して説明していたので間違いないはずだった。
(まだ模擬戦が始まって6分ぐらいしか経っていない。ということは、奴も俺が最初に遭遇したプレイヤーの可能性が高い……。リロードはしていないとすれば、奴のライフルには残り三発の弾が残っているはずだ。三発の銃弾を掻い潜り、奴に近づいてやる)
宗佑は覚悟を決め、民家のドアから飛び出した。その際に、キッチンから拝借した大量の小麦粉を民家のドア付近にばら撒いた。
大量の小麦粉は空気中に舞い上がり、彼の周囲を一瞬だけ白く染めた。
ドアから飛び出す宗佑を狙っていたスナイパーは、ライフルの引鉄を引いたが、銃弾は彼に擦りもせず、地面に着弾して真っ赤な塗料をブチまけた。
(まず1発クリア!)
初弾をかわした宗佑はそのまま、全速力で街の中央を跨ぐ砂地の道まで飛び出し、反対側の民家の密集地を目指した。
目の前に民家が見えてきたときに、二発目の銃弾が宗佑の右肩に直撃した。右肩が塗料で真っ赤に染まった。
まるで本当に負傷して大量の血が流れているようだった。ペイント弾のため、痛みのない宗佑は、立ち止まらずに、一気に反対側の民家に辿り着いた。
宗佑は民家の壁を遮蔽物にし、鉄塔の人影を見た。鉄塔まで、五十メートルぐらいの距離まで近づいていた。
スナイパーはまだ鉄塔に居るのが視認できた。スコープを覗いて、宗佑を探しているのだ。
(狙撃してこないということは、奴は俺のことを見失ったな)
宗佑は直様、民家の裏の細い路地に入り、鉄塔の真西側の民家に身を潜めた。
ここからなら、アサルトライフルでも十分に狙いがつけられると判断したのだ。彼は狙いを鉄塔のスナイパーの頭部に定め、引鉄を引いた。
連射された幾つもの弾丸は、スナイパーのヘルメットを掠め、鉄塔の柱に着弾して真っ赤な塗料が柱をつたった。
「くそっ! 外した!」
スナイパーは直ぐに宗佑の場所を特定し、ライフルの引鉄を引いた。彼はすぐに近くのゴミ回収箱に身を隠したので、ギリギリ銃弾をかわすことができた。
スナイパーはもう一度射撃態勢に入り、引鉄を引こうとしたが、銃声は聞こえてこない。弾切れだ。
スナイパーは、慌ててリロードを始めていた。
宗佑は鉄塔の真北まで進み、スナイパーの背後に回り込んだ。
(今度は外さない……)
宗佑はアサルトライフルの引鉄を引いた。銃弾はスナイパーの顔面に命中した。
スナイパーの顔は塗料で真っ赤に染まった。銃弾が直撃したスナイパーは、塗料が口に入ったようで、酷く咳き込んでいた。
宗佑はスナイパーに近付こうとしたが、スナイパーは眩い白い光に包まれ、一瞬で姿を消した。頭部に直撃したので、死亡と判断されたようだ。
彼らの身につけている装備にはセンサーが取り付けられており、どこに銃弾が命中したのか、戦況管理部が把握できるようになっている。
宗佑の右肩の銃弾は、致命傷にはなっていないと判断されたようで、戦闘の継続が可能となったのだ。
(なんとか、1人倒せた……)
動きっぱなしだった宗佑は息があがり、肩で息をしていた。
(とりあえず、どこかに身を隠さないと)
宗佑は鉄塔付近の広場を離れようとしたときだった――。
後頭部に何かが当たった感触がした。すると、目の前が眩い白い光に包まれた。
「えっ。まさか……」
宗佑は後ろを振り返った。そこには、アサルトライフルを構えた男が立っていた。 相手の顔を確認する間もなく、彼は眩い白い光によって、一瞬でこの場から消え去った。