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宗佑は、病院の病室のような部屋で目が覚めた。身体を起こすと、少し頭痛がすることに気づいた。
「起きたわね」
真っ白な長白衣を着たリサがベッドに近づき、横に置かれた椅子に座った。
「気分はどう?」
「少し頭痛がしますけど、今のところ特に何も感じません」
「一応簡単に診察するわね」
宗佑はリサに簡単に触診された。
「特に問題はなさそうね」
部屋のドアが開き、真島が現れた。
「起きたか。これでいよいよDSHOPに並べる準備が整ってきたな」
「整ってきた……って。まだ何かあるってことですか!?」
「ああ。お前にはこれから模擬戦をやってもらう」
「模擬戦? 具体的にはどんなことをするんですか?」
宗佑はベッドから上半身を起こして、真島の説明に耳を傾けた。
「ファンウーの実戦と同じように銃で撃ち合いをしてもらうだけだ」
「撃ち合いって、ゲームの戦場に出る前に死んじゃうじゃないですか!」
「落ち着け。実弾は使用しない。ペイント弾で命中したかどうかを確認する。これからDSHOPに並べる商品を傷ものにはできないだろ」
「そういうことですか。なら安心だ」
「確かにペイント弾を使用するから、死ぬことはないし、ケガもない。だがな、甘っちょろい気持ちで参加するなよ。この模擬戦の結果によってお前の取り引き価格が決定する。良いプレイヤーに選んでもらう為にも、良い結果を残した方がいい」
「わ、わかりました」
「じゃあ、準備するぞ。ついて来い」
宗佑は真島に案内され、長い廊下をひたすら真っ直ぐ進み、エレベーターの前で足を止めた。
「乗れ」
「はい」
真島はエレベーターのドアを閉めると、B8のスイッチを押した。エレベーターは静かに下り始めた。
B8Fに到着し、エレベーターのドアが開くと、再び長い廊下があり、真島と宗佑は真っ直ぐ進んでいった。
暫く歩くと、突き当たりに大きな扉が見えた。ただの扉というより、格納庫の扉のような頑丈な造りをしている。
真島は首から下げているネックストラップのIDカードを扉横の端末に翳した。数秒後、扉が上昇し、部屋の内部が露わになった。
「――なんだこれ」
宗佑の目の前には、沢山のスイッチや、配線が並べられた見たこともない多くの機材と、それを操作する大勢のオペレーターがいた。
オペレーター達の目の前には、映画館のスクリーンのように大きなモニターがあり、銃で撃ち合いをしている人達の映像が流れている。
奥に進むと、ガラス越しに下の階層が肉眼で見えるようになっていた。
下の階層は広々とした格納庫のような造りになっており、何やら卵型の装置が横一列に綺麗に並んでいるのが見えた。
「ここは、戦況管理部のブリッジだ。目の前のモニターに映っているのが模擬戦だ。あそこで戦っているのもみんなお前と同じで、これからDSHOPに並ぶ奴等だ」
「キャラが少ないとか言ってましたけど、全然そんな風には見えないですね」
「これからのゲーム運営のために、キャラのスカウトを強化したんだ。だからこれまでとは比べ物にならないぐらいキャラが増える予定だ」
「ライバルが増えるってことですね」
「そういうことになるな。じゃあ、これから模擬戦の説明を受けてもらう」
「アニー」
「はい。私、DDD社、Fantastic War戦況管理部、オペレーターのアニー=バーグルです。よろしくお願いします」
アニーは、幼い顔立ちをしており、正直見た目は少女のように見えるため、年齢はわからない。DDD社支給の制服をキッチリ着こなしているが、胸は窮屈なようで胸元のボタンは一つ外しているようだ。
実にけしからん胸をしている。宗佑はついつい、視線が胸元に向いてしまう。
「あんまりジロジロ見ないで下さい」
アニーは胸元を見られるのが恥ずかしいようで、薄暗い部屋の中でも頬が紅潮しているのがわかった。
「ごめん、ごめん。あまりに立派な胸が目の前にあったもんで」
宗佑はわざと視線をアニーの胸元に向け、にやけた顔で言った。
「セ、セクハラです!」
パンっという渇いた音が部屋中に響いた。
「それでは説明を始めますね」
アニーはモニターに映し出された映像を差しながら、身振り手振りで模擬戦について説明している。最前列で説明を聴いている宗佑の右頬は真っ赤に腫れ上がっていた。
(まだジンジンする……)
説明を聴いている小さな部屋の中には、宗佑の他に15人の模擬戦参加者がいた。彼も含めて全部で16人。
アニーのダラダラとした説明を要約すると、16人でデスマッチを行うというものだ。『Fantastic War』は基本的にはチームに分かれて行うが、今回は操作をするプレーヤーがいないため、単独でどこまで戦闘を行えるかを評価するらしい。
戦闘の結果から、戦況管理部のコンピュータで情報を整理し、最終的に階級が決まるらしい。この階級によってDSHOPの取り引き価格が決定する。階級は軍隊で使用されるものと同じで、一番下の階級は二等兵、一番上の階級は大元帥となる。
これから行う模擬戦終了時点では、一番下の階級が二等兵、一番上の階級は中尉となる。従って、DSHOPに並ぶ時点で最も評価が高いキャラクターは中尉となる。
それ以上の階級は、実際に実戦での活躍によって決まる。
「それでは説明は以上です。みなさんB9Fに移動して下さい」
(ともかく、今は模擬戦で活躍して中尉になるのが目標だ)
「みなさん全員いますか? これからあなた達には、野戦服とヘルメット、タクティカルベスト、武器とペイント弾を支給します。それぞれ、そちらにいる係りのものから受け取って下さい。武器については別途説明するので装備を身につけてお待ち下さい」
宗佑はDDD社の制服を着た係員から野戦服とヘルメット、タクティカルベストを受け取り、身に付けた。
「武器は今回はメインが3つとサブを用意しました。メインの1つ目は、アサルトライフル、2つ目はスナイパーライフル、3つ目はショットガン、サブにはハンドガンを用意しました。メイン武器は、3つの中から1つ選んで下さい。なお、今回はペイント弾を使用するため、手榴弾などの投擲物は使用しません。武器もあちらの係員から受け取って下さい」
近距離、中距離、遠距離で近距離はショットガンのレミトンM870――ポンプアクション式のショットガンでは最早定番で、各国の軍隊や警察で使用されている。最も威力を発揮できるのはだいたい、50m以内。
中距離はアサルトライフルのM16A4――M16A2の改良型モデルで、ピカティニーレールが取り付けられているから光学スコープやレーザーサイトなど、付属品が取り付け可能だ。今回は何も取り付けられていないようだ。
遠距離はスナイパーライフルのPSG1――ドイツ製のセミオートマティックライフルで、最大射程は約700メートル。セミオートマティックでありながら、高い命中精度を実現させた狙撃銃だ。それぞれの射程別に武器が用意されているのか。
サブのハンドガンは、H&K USP――ドイツ製の自動拳銃だ。ドイツ軍の正式拳銃に採用されており、扱いやすい。
(どれも捨てがたい……。持てるなら全部持って行きたいくらいだ……。悩む……)
俺はファミレスでも中々メニューを決められない優柔不断なところがあると自覚しいる。このような重要な選択肢が求められる場面でスパッと決められるはずがないのだ。
「アニーさん! ど、どの武器が良いと思いますか!? あなたが決めた武器なら死んでも本望だ!」
「は、はいっ!?」
(何を口走ってるんだ俺は。痛い痛すぎる……)
「そ、そうですね。一番バランスが良いのはアサルトライフルじゃないでしょうか? スナイパーライフルだと、接近戦には弱いですし、初めてのステージで狙撃ポイントを見つけるのは難しいと思います。ショットガンは接近戦に特化しているので、敵との距離を詰めなければ十分な威力が発揮されません。屋内など、かなり狭いステージでは有効だと思います。今回のステージは、ファンウーの広さ的には真ん中くらいの大きさで、建物も幾つかあります。屋外、屋内どちらもバランスが良いのはアサルトライフルかと」
「じゃ、じゃあアサルトライフルにします! 」
宗佑は係りのものからアサルトライフルとハンドガンを受け取った。訓練をしてない彼にとって、ライフルは想像以上に重かった。
戦争映画などで楽々と扱っているように見えるが、実際はかなり扱いは難しいだろう。
他の参加メンバー達も各々自分の好みの武器を受け取ったようだ。アニーの宗佑へのアドバイスがあったせいか、アサルトライフルを持っているものが11人、スナイパーライフルが2人、ショットガンが2人と偏った結果となった。
「みなさん、武器は行き渡りましたか? まだという方は挙手して下さい」
「……」
「大丈夫なようなので、いよいよ模擬戦を始めたいと思います。みなさんの後ろにある転送ポッドの前にそれぞれ立ってください」
彼らの後ろには、卵型をしたカプセルのような装置が横一直線に綺麗に並んでいた。
それぞれの転送ポッドには、番号が降られており、宗佑は何かの争奪戦のように一人だけ猛ダッシュで7の数字の転送ポッドの前に立った。選んだ理由は単純にラッキーセブンの7だからだ。
「転送ポッドは、あなた達をステージまで飛ばします。当然公平になるように、どのポッドを選んでも、ランダムでバラバラな初期の配置になりますので御安心下さい」
説明を聴いた宗佑の顔はみるみる紅潮していった。
(俺だけ余裕がないみたいで恥ずかしい……)
「それでは、転送ポッドの中に入ってください」
彼らは、恐る恐る段差を上がり、転送ポッドの中に入った。
「全員入ったのを確認しました。それではみなさん、転送された先は戦場です。お気を付けて」
アニーがそう告げ、B8Fの戦況管理部に合図を送ると、暫くして彼らが入った転送ポッドが眩い光に包まれた。
宗佑は転送ポッドの中で武器を構え、転送に備えた。
光が消え去ると、先ほどまで転送ポッドの中にいた宗佑達の姿は跡形も無く消えていた。