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改稿しました。最終更新1/31。
「どうするも何も、俺は参加できないよ」
黒髪でざんばら髪の少年は、頬杖をついて答えた。何やら揉めているようである。
少年の名前は結城晴人。16歳の高校生である。スポーツとは縁遠い体格と、運動神経の彼は帰宅部だった。
文化系の部活もしっくりくるものはなく、勉強も特別できるわけではなかった彼は帰宅部を選んだ。
いや、帰宅部など存在しないので、どの部活にも所属していないというのが正しい。
そんな彼の唯一の趣味はゲーム。一日のほとんどをゲームをして過ごす、ヘビーゲーマーだ。
彼にとってゲームは、生活の一部になっていた。学校にいるときよりも、家で家族と過ごすときよりも、自分の部屋でゲームに没頭している方が楽しかったのだ。
彼がヘビーゲーマーになったのは、父親の影響だった。
晴人の父親は、BLCの基礎理論を提唱した科学者で、DDD社お抱えの人気ゲームデザイナーでもある。昔から色々なジャンルのゲームが家にあったので、晴人は自然とゲームに熱中していった。
中でも『Fantastic War』は、父親が開発の中心におり、試作段階からテスターとして何度も遊ばせてもらったので、思い入れが強いゲームである。
「新しいキャラクターを見つければいいじゃない」
モニター越しの少女が言った。肩まで伸びた綺麗な黒髪が目を引く少女だ。少女の名前は西園寺未来。
晴人と同じ、高校のクラスメイトで、幼馴染でもある。晴人とは違い、学力は学年トップクラス、スポーツ万能。
才色兼備という四字熟語は、彼女にこそ相応しい。
運動部、文化部双方から、多くの勧誘があったのだが、彼女はどの部活にも所属していなかった。
彼女もヘビーゲーマーだった。幼馴染の晴人の影響だ。
母親が、大手アパレルメーカーの社長であり、DDD社の制服から『DreamExp』内の服のデザイン、『Fantastic War』の野戦服などを提供している。
そのためか、未来はファッションにうるさかった。ゲーム内のキャラの服装にまで、拘る徹底ぶりだ。
「で、どうすんだよ? 来週のクラン戦」
モニター越しの老け顔の少年が言った。髪をセンターできっちりと分けているせいか、髪型も若々しくみえない。
机にはなぜか対戦車用ライフル、シモノフPTRS1941が置いてあった。彼の名前は、古湊源。
父親は大手重火器メーカーの社長で、『Fantastic War』に重火器を提供している。
父親の影響のせいか、重火器のコレクションが趣味なのだが、骨董品のような古い重火器ばかりを集めてくる変わり者だ。
「さすがに、晴人が不参加は厳しくない?」
モニター越しのぽっちゃりとした少年が言った。彼の名は、大門太志。父親が大手食品メーカーの経営者で『DreamExp』や『Fantastic War』に食品を提供している。
小さい頃から食品の試作品を食べ過ぎたせいで、今の体型になったのだ。
当の本人は太っているという自覚はあまりなく、デブや豚などのワードは彼の前では禁句である。
今モニターを通して会話をしている三人は、同じ学校のゲーム仲間で仲が良い。
今日はチャットルームを作って、四人でゲームについてたわいの無い会話をしているところだった。
「たしかにな。晴人がいないのは、さすがに厳しいよ」源が言った。
「BILLYがなくなったのは痛いよね」
太志が源に続いた。BILLYというのは、『Fantastic War』のキャラクターのことである。晴人が所有していたキャラクターだ。
「あれはしょうがないわよ。あそこにクレイモアが仕掛けてあったなんて、誰もわからなかったんだから。BILLYと晴人のおかげで、私達は無事だったのよ」
未来は、気落ちする晴人を慰めるように言った。
「いいんだ未来。あれは俺の判断ミスだ。もう少しで勝てると思って、油断したんだ」
晴人は、悔しさを露わにしていた。拳を机に叩きつけ、奥歯を噛み締めていた。
暫く、今後のクランの方針について議論していると、四人のモニターの右下のアイコンが明滅しだした。アイコンには『JUN ONLINE』と表示されていた。
「げ! おい、源この部屋ロック掛けてんだろうな?」
「……。かけてない……」
「ば、馬鹿野郎! 早くロックしろよ!」
晴人は、源を急かした。先程、この平穏な場を乱す存在を視認してしまったのだ。
「やあ。何を取り乱してるんだい晴人?」
晴人の部屋のモニターに、新たにウインドウが出現した。そこには、眼鏡をかけた少年が写っていた。
(遅かったか……)
「こういうことがあるから、ロック掛けとけって言っただろ」
晴人は、源の映るウインドウに顔を近づけ、小声で言った。
「んなこと言ってもよー、部屋立てるときのデフォがフリールームなんだから、しょうがないだろ」
源は自分には全く非がないかのように、ソフトのせいにしていた。
彼ら四人のチャットルームに、新たに入場した眼鏡男子は、二階堂純。いかにもインテリです、と主張するような楕円形のレンズと、細いフレームの眼鏡に、茶髪のボブ姿が特徴的な少年である。
彼は、晴人達四人とクラスは違うが、同じ学年である。晴人は、純が苦手だった。
普段から、気に障る発言が多いからだ。特に、ゲームに関しては何かと突っかかってくるのが鬱陶しかった。
純の父親はDDD社の社長で、晴人の父親が提唱した基礎理論を素に『DreamExp』や『Fantastic War』を考案した人だ。晴人の父親と純の父親が顔見知りなので、『Fantastic War』のゲーム仲間として交流がある。
純を良く思っていない晴人だったが、父親の面子があるので、仕方なく仲良くしているのが本音である。
「で、今日は何の話をしてるんだい?」
純は、後から入ってきたのにやけに態度が大きかった。
「私達の今後の方針を考えているとこなの。て言っても、晴人のBILLYの代わりのキャラをどうするかって話なんだけどね」
未来は、淡々と純に説明した。
「馬鹿野郎……。黙っとけよ……」晴人は小声で未来に言った。
「何々? 本当のことじゃない。何かいけなかった?」
晴人は、未来の素直で真っ直ぐな性格は嫌いではなかったが、何でも馬鹿正直に話してしまうところだけは、直してほしかった。
「なるほど。そういえばこの前、晴人のキャラ殺られちゃいましたもんね。あれ? 地雷を自らの足で踏んじゃったから自殺か……? あれ……? でも仕掛けたのは相手の兵士だから……? あれ? あれ……?」
純はモニターに顔を近づけ、晴人に言った。モニター越しに、純の歯並びが綺麗に覗けるぐらい、近い距離だった。
「だから、言ったろ。あいつは嫌な奴なんだ。人の神経を逆撫でするのが大好物なんだからな」
晴人は、小声で未来に注意した。
「ごめん……」未来は、晴人に素直に謝った。
「ゲームだけが取り柄なのに、その取り柄も無くなっちゃうね。大丈夫、晴人?」
そう言った純の口元は緩んでいた。小馬鹿にするような笑みだ。
「うるさいな! あれはな、BILLYと俺に――」
晴人は言い掛けてやめた。自分のただの言い訳だったからだ。
「なんだよ。なんか言い返してみろよ」
「……」
晴人は黙っていた。ここで、純に何を吠えても、BILLYに失礼だと思ったからだ。
「まぁいいや。僕とKEIの足元には、君たちは到底及ばないだろうからね。あ、そうそう。未来さん、僕のクランに来ませんか? こんなクランで埋れてるのは、もったいないですよ。貴方なら、即戦力です」
図々しいことに、純は未来を勧誘し出した。
「お断りします」
未来は、強い口調で断った。モニター越しに晴人達男三人の「おーっ!」「ざまーみろ!」という歓声が上がった。
***
「ったく、うるさい奴等だ。たいして腕もないくせにさ。だが、晴人がリタイアしたのはでかいな。あの大したことないキャラでベストテン目前まで順位を上げていたからな。ま、どっちにしても僕とケイの敵じゃないけどさ」
部屋のカーテンを開けた純は、スマートフォンでどこかに電話をし始めた。
「もしー。まじま?」
「これはこれは純様。今日はどうされましたか?」
「最近のストアさー全然いいキャラいないんだけどさ。仕事してんの?」
「純様には以前、私がスカウトしたケイがあるじゃないですか。ランキングでも現在三位ですし、純様との相性も良いように見えるのですが……」
「まじま。僕はね、一番じゃなきゃ嫌なんだよ」
「はぁ」
「だからさ、有望そうな奴が入ったら僕に教えてよ。すぐ交渉に入るからさ」
「かしこまりました」
「わかってるね? ちゃんと仕事しないとパパに言いつけるからね。じゃあよろしく」
純は一方的に電話を切った。
「――あのクソガキがぁ! こっちが下手に出てれば偉そうなことばっかいいやがって! だいたいまじまじゃなくて、ましまだ! 社長の息子だからって調子に乗りやがって!」
真島は煙草を取り出し、火をつけようとしたが、『屋内全室禁煙』の張り紙が目に入り、舌打ちをして煙草を胸ポケットにしまった。
「真島さん。ちょっと書類でわからないところがあるんだけど」
分厚い書類を手にした宗佑は、真島に歩み寄った。
「あ? まじまじゃなくて、ましまだって言ってんだろうが! ボケ!」
「いや、あのっ、俺今、ましまさんって……」
「で、どこがわかんねーんだ?」
宗佑の発言は真島に見事にスルーされたようだ。
「これか。ダラダラ書いてあるけど、様は あっちでなんかあっても一切文句言うなよってこと。わかったか?」
宗佑は契約書と書かれた何枚にもなる紙に目を通していた。
「聞いてるか?」
公園で真島に出会ってから1週間が経っていた。この1週間で宗佑がしたことといえば、日雇いのアルバイトを2回しただけだった。
家賃も今月で3ヶ月滞納。カードは大分前にストップさせられた。いよいよ追い詰められてきた彼は結局、名刺を片手にスマートフォンに手をかけていた。死ぬのは嫌だ。
でも、どんなに真面目に働いても、膨大に膨れ上がった借金は返済できそうにない。
真島は宗佑が必ず来ると思っていたらしく、笑顔で彼を迎え入れてくれた。今思えば公園での出会いは、偶然を装ってのスカウト活動だったのだろう。
手続きは思いのほかスムーズに進んだ。基本は書類を書いて、印を押すだけだ。
「真島さんさっき誰と電話してたんですか?」
「あぁ、クソガ……いやいやお得意様だよ」
真島は宗佑が書いた書類を慣れた手付きで確認しながら、話を続けた。
「まだ十六歳の高校生だけどな。ある会社の社長の息子でな。ファンウーのプレイヤーだ。純って言えばわかるか?」
「純ってあのケイを操作してるプレイヤーですよね? ボンボンがプレイしてたんですね。なんか意外だ」
「ファンウーのプレイヤーはたいていボンボンだろ? キャラは高いし、兵器にその弾薬。金持ちじゃなきゃ、プレイできないと思うぞ」
「結局、世の中金なんですね……」
宗佑は書類を机において項垂れた。
「とりあえず、書類はこんなとこだな。次は身体検査だ」
宗佑は真島にメディカルルームと書かれた部屋に通された。そこには、長白衣を着た綺麗な女医が、脚を組んで椅子に座っていた。
「リサ、後は任せたぞ」
部屋に着くと真島は、きびすを返して自分の部署に戻っていった。
「はじめまして。新人さん。私はDDD社 メディカル部、高木リサ。よろしくね」
リサは挨拶もそこそこに宗佑に説明を始めた。
「ファンウーのDSHOPに君を並べるためには、色々調べなきゃならないの。健康状態、持病、身体能力、性格とか君の隅々までね。まぁ調べることについては、さっきの書類を読んで承諾して貰ってるはずだから、私の指示に従ってもらうわね」
宗佑の診察は、触診から始まり、身体の穴という穴に管を通され、リサの言うように身体を隅々まで診られた。
(こんな綺麗な女医に、自分でも見たことのないようなところまで覗かれてしまった……)
かなり恥ずかしく、屈辱でもあったが、彼はそれほど不快な感じはしなかった。どうやら宗佑はMっ気がそれなりにあるようだ。
「次はズボン抜いで。パンツも下ろして、そこのベッドに股を開いて座って」
「こ、こんなところまでですか?」
宗佑は恥ずかしがりながらも、頬が緩んでいることが自分でもわかった。
「今変なこと考えないでよ」
リサにそう言われ、彼は激しく取り乱した。診察の後は、筋力、反射神経、心肺機能などの身体能力の検査から、ペーパーテストのような性格検査まで行われた。
全てが終わったときには、既に日が落ちていた。
「お疲れ様。これでメディカルチェックは終わりよ」
宗佑はリサから水の入ったペットボトルを受け取り、からからに渇いた喉を潤した。
「ありがとうございます」
シャワーを浴びて、髪が濡れたままの宗佑は疲れた声でリサにお礼を言った。
「ようやく終わったか」
明らかに寝起きの顔をした真島は、禁煙パイポ風の無煙タバコを咥えながら、ゆっくり宗佑に近づいてきた。
「さて、こっからが本番だ。お前さんの脳の中にチップを入れるぞ。こいつがないと何も始まらないからな」
「か、勘弁して下さいよ! 今検査終わったばかりなんですよ?」
「これが終われば、今日は終わりだ。我慢しろ」
真島にそう言われた宗佑は、深くため息をついたが、仕方なく指示に従った。
宗佑はリサから簡単な説明を受けたが、せいぜい歯の治療に詰め物を入れたことがあるぐらいなので、脳に異物を入れるのには抵抗があった。
「ちょっと頭開いて、ちょっといじくるだけだからね」
リサは可愛く言ったつもりだったようだが、宗佑には全然可愛く見えなかった。むしろ恐怖心が増してしまった。
麻酔を打たれた宗佑はスーッと意識が遠のいていった。