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宗佑は電車の入り口付近にいる高校生の会話に耳を傾けた。先ほどから、周りの目など気にせず、遠くまでよく通る声で話しているのが気になったのだ。
「お前は誰応援してんの?」
「俺? んーやっぱKEIかな」
「かっけーじゃん。強いし」
彼らが話しているKEIというのは、『Fantastic War』の人気プレイヤーだ。総合ランキングは3位。実力だけでなく、端正な顔立ちと鍛え抜かれた肉体を持つ彼は、女性人気は断トツの1位だ。
(あいつか……。確かにかっこいいが、女性ファンが多いあいつは嫌いだ。さっさとやられちまえばいいのに)
宗佑はただ、イケメンに嫉妬しているだけだった。
「俺は断然、 HARUだな!」
「なんせあの胸! スタイル! 顔も綺麗だし、ヤバくね?」
HARUは、『Fantastic War』の女性キャラクターだ。此方は、モデルのような抜群なスタイルと、目鼻立ちのはっきりとした顔立ちをしているため、男性に絶大な人気があるのだ。
(それは同意だ少年。激しい戦闘の度に、激しく揺れるあの胸! 男なら誰もが応援するだろう。俺は毎回あの子の胸……いやいやあの子の活躍を観るのが楽しみなんだよ)
「でもさ、あのゲームに参加してるってことは、やっぱこっちの世界で色々あったダメ人間てことだろ?」
「まぁ、キャラになるぐらいだからね。金のためでしょ」
「噂だと多額の借金を抱えてる人を見つけて、参加させてるらしいよ」
「怖いね。プレイヤーで操作して参加する分にはいいけどさ、キャラになって死ぬのは嫌だよな」
「下手なプレイヤーだとキャラも可哀相だよね」
「ああならないために、必死で勉強して良い大学行こうとしてんだけどね」
「ちげーねー」
高校生達は、時折大きな声でゲラゲラ笑いながら、『Fantastic War』の話をしていた。宗佑はなぜか自分が笑われてるような気がした。ゲーム内で操作されているキャラクターは、 金に困って参加した人達だ。
中には、自分の強さをひけらかしたい戦闘狂のようなやつもいるらしいが、少数派だ。
今の宗佑と似たような境遇の人達が、ゲームに参加している。宗佑は、毎回ネットでの放送を観ているうちに、彼らに大きく共感していた。
ゲームは毎ステージ勝ち抜くたびに報酬が得られる。勝ち抜いた数が増えるほど、金額が増えていくシステムだ。
ただし、ある一定数まで勝ち抜かなければゲームから解放されることはない。当然、ゲームオーバーになれば操作されているキャラは死ぬことになる。
(とても俺にはあんなことできるわけがない……)
電車のドアが開き、宗佑は駅のホームに降りた。
宗佑は真っ直ぐ帰路につくつもりだったが、近くの商店街をぶらぶら歩き、路地を一本入って小さな公園で足を止めた。
彼は、ジーンズのポケットから、ふにゃふにゃのマルボロを一本取り出し、口に咥えた。上着のポケットからライターを探すが、見当たらない。
苛立ちながら全身を探っていると、目の前にオイルライターの火が——オイルライターから出る火を咥えた煙草につけ、深々と息を吸い込んで、たっぷりとうまそうに煙を吐く。
煙を吐いた先には、同じように煙を吐き出す男性がいた。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ」
火をつけてくれた男性は、すらっと背が高く、宗佑よりやや高い。宗佑は175センチなので、180センチはあるようだ。
年齢は40代ぐらいだろうか。顔の皺が少なく健康的な肌は、30代に見えなくもない。ピシッとスーツを着こなしている姿は宗佑より清潔感があり、好印象だ。
「俺はかなりのヘビースモーカーでね。最近は煙草も値上がりして“こっち”の世界で喫う人は珍しくなったから、目に留まってね」
「確かにこっちでは、肩身が狭いですよね」
ふと男性にに目をやると、煙草を薬指と小指に挟んで喫っていた。
(変わった喫い方だな……)
沈黙が気まずくなった宗佑は、男性に話しかけた。
「この辺りに住んでいるんですか?」
「いや、俺は外回りでね。ちょっと休憩しようと思って立ち寄ったんだ」
宗佑は男性と、たわいのない会話のキャッチボールを繰り返した。
「君は普段は何をしているんだい?」
男性は喫っていた煙草を携帯灰皿で消し、宗佑に尋ねた。
「お、俺は……」
下を向いて目線を逸らした宗佑は、短くなった煙草を指でいじり始めた。昔から直らない悪い癖だった。
「平日の昼間にラフな格好で公園にいる時点でなんとなくわかるよ」
男性に図星をつかれた宗佑は恥ずかしくなり、頬がみるみる紅潮していった。
「図星かい?」
白い歯を見せて笑った男性は、法令線がくっきりと表れ、先ほどとは打って変わり、40代に見える。
「からかわないでくださいよ」
宗佑は初対面でいきなり小馬鹿にされ、少し苛立った。短くなった煙草で、新たに咥えた煙草に火をつけだしたのがその証拠である。
「すまん、すまん。仕事柄色んな人を見てきたからね。なんとなくわかるんだよ」
男性はスーツの上着のポケットから艶のあるレザーの名刺入れを取り出した。中から一枚名刺をつまみ、宗佑の目の前に差し出した。
名刺のつまみ方が煙草と同じなのが気になった。煙草を口に咥えた宗佑は、両手で名刺を受け取り、名刺に目を通した。
「えーっと……DDD社 ……。ト、トリプルディー社ってあの『DreemExp』とか『Fantastic War』の?」
驚いた宗佑は咥えていた煙草を地面に落としてしまった。男性は彼が落とした煙草を屈んで拾い、携帯灰皿で消しながら話し始めた。
「私はDDD社のスカウト部、部長の真島昴だ。まじまじゃなくて、ましまだぞ」
「はぁ」
少し戸惑ったが、宗佑も簡単な自己紹介をした。
「私は主にファンウーのキャラの人員を確保するためにスカウト活動をしている。DreemExpはかなり前から動いているから、キャラのマーケットはかなり賑やかなんだけど、ファンウーはまだまだでね——」
真島は口さみしくなったのか、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけて話を続けた。
「——ユーザーからもキャラが少ないって声が多いんだ。DreemExpは人権の問題でかなり揉めたけど、一応求人を公に募集できるんだ。ファンウーは人権以上に人命がかかってるからね。こうしてスカウトって形を取らざるを得ないんだよ」
「それで、俺をスカウトしようとしてるわけですか? ファンウーのキャラはゲーム内で死んだら、本当に死んじゃうんですよ!」
「確かに。リスクはでかい。だが、見返りも大きいだろ? 例えば、『DreamExp』の世界で雇われても、“こっち”の世界の年収のせいぜい倍ぐらいしか稼げない——」
真島は携帯灰皿で煙草を消して、身振り手振りで説明を続けた。
「——そのうえ、行動の自由は操作するプレイヤーに奪われる。最近は敷居が低くなって、一般人で働く奴も増えた。そのせいもあってか、個人の年収は年々減少しているのが事実だ」
「ファンウーなら月収とか年収とか気にする必要はないな。そもそも報酬の桁が3つは違う。毎日撃ち合いをするわけじゃないから、普段は好きなことをしていても構わない。ゲーム内の衣食住にかかる費用は運営側が持つし、ゲーム内で使用する兵器はプレイヤーが費用を負担する。クリアすれば、ゲームから解放されて、ゲットした金で“こっち”の世界で優雅に暮らせる。人生逆転するには十分な待遇だろ?」
「……」
宗佑は震える手でポケットから煙草を取り出そうとしてやめた。真島は宗佑から名刺を取り上げ、名刺の裏側に連絡先を書いて再び彼に渡した。
「すぐには決められないだろうし、気が向いたらここに連絡してよ」
真島は宗佑に軽く手を振り、公園を後にしようとしたが、途中でピタッと立ち止まって振り返った。
「言い忘れてたんだけど、今ランキングに出てるKEIをスカウトしたのも俺だから。君はそのスカウトのお眼鏡に叶ったんだ」
白い歯を見せて笑った真島はやはり40代に見えた。