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「くそっ」

 咥えた煙草を足元に捨てた男は、足で火を踏み消した。

(今日もまた仕事がなかった……)

 スマートフォンを片手に不精髭を生やした男は駅へ向かい歩いていく。

 向田宗佑(むかいだそうすけ)、28歳 。無職、多額の借金あり。世間ではアラサーなんて言葉が定着しているが、彼にとっては耳障りな言葉でしかない。

 元々は会社勤めのサラリーマンだったが、数ヶ月前にリストラされたのだ。最悪なことに、彼には働いていた当時から多額の借金があった。

 返済能力のない彼は多くの消費者金融から借り入れを行い、返済が困難な状態になった。いわゆる多重債務者というやつである。

 なかなか次の職は見つからず、日雇いのアルバイトをして、なんとかその日暮らしをしている状態だ。

(人生終わってる……。このまま、残りのつまらない人生を平凡に過ごし、死んでいくんだ)

 宗佑はこの何ヶ月、ずっとそんなことを考えていた。あのゲームと出会うまでは……。


「昨日のあれ見た?」

「あぁファンウーだろ? 見た見た」

「1人腕なくなってたよね」

「あれってやっぱマジなの?」

「わかんない。やらせって話もあるらしいよ」

 中央線の快速電車の中では、2人の男子高校生が何やら世間話を始めていた。

 電車の吊り革に捕まり、『Fantastic War』と書かれた電車の中刷り広告に目をやる宗佑。

 野戦服を着た筋肉質な黒人男性が、銃を持ってポージングしている広告だ。

 持っているライフル銃はM4カービン。コルト社が開発したアサルトカービンで、アメリカ陸軍でも使用されている。

 宗佑はミリタリーな映画が好きだった。彼は、映画でアメリカ陸軍や海兵隊が出てくれば大抵はこのカービン銃を抱えて、戦場を駆けていると思っていた。

 『Fantastic War』とは最近流行っているゲームである。いや、最早流行っているを通り越して、社会現象になりつつある。

 若者たちの間では『ファンウー』なんて呼ばれてる。

 いわゆるFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)というジャンルで、一人称視点のプレイヤーが敵味方に別れて銃で撃ち合い、勝敗を競うゲームである。

 宗佑も昔やったことがあるのだが、画面を観ているだけで酔ってしまい、何が面白いのかわからなかった。まだ、サバゲーの方が面白いのではないか、と思ったほどだ。実際には、彼はサバゲーは一切やったことはないのだが。

 FPSのジャンルは特定の層の人間にしか好まれないジャンルなのだが、このゲームが爆発的にヒットしたのには、理由がある。

 ゲームの中で実際に操作するキャラクターがプレイヤーと同じ、現実に存在する“人間”なのだ。


 宗佑の世代からすれば、ゲームといえばテレビゲームが主流だった。

 テレビゲームも年々進化を遂げ、インターネットの普及によってゲームもネットに繋げてプレイするのが当たり前になった。彼がゲームに興味を持っていたのはこのぐらいの技術のときで、今はさらに進化を遂げているようだ。

 詳しい技術はもうろ覚えなのだが、ゲーム内の操作キャラクターは実際の“人間”である。現実世界のプレイヤーはゲーム内の操作キャラクターと脳がリンクすることで、自分の分身のように操作することができるようになる。

 例えばモニターの前でジャンプをするように命令をすれば、ゲーム内の操作キャラクターも同じようにジャンプをする。

 これは、脳科学の進歩により、“人間”の脳に固有の番号を与えたチップを埋め込み、別の人間からそのチップへ、命令となる信号を直接脳に送ることが可能となったからである。この技術はBLC(Brain Link Communication)と呼ばれている。

 数年前から仮想空間――現実には存在する場所だが、プレイヤーには非公開――で、別の“人間”を自分の分身として生活させ、仮想空間内でコミュニケーションをとることができる『DreamExp』がヒットしたことで近年爆発的に普及した。

 『DreamExp』は10年以上前に流行した、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの中でつくる自分の分身、アバターのようなものだ。実際の“人間”を購入し、自分の好みの服を着せ、仮想空間で自分の分身のように操作するのだ。

 あるものは、人気モデルを操作し、仮想空間の雑誌の表紙を飾る。

 あるものは、金持ちを操作し、毎晩ギャンブルに溺れる。

 あるものは、イケメンを操作し、毎晩違う女と一夜を共にする。

 あるものは、現実とは正反対の性別を操作し、違う人生を歩む。

 実際操作しているプレイヤー側は、モデルとはほど遠いデブスだったり、彼女いない歴=年齢の童貞だったりするのだ。

 現実世界でできなかったことができる夢の世界、今とは別の人生を歩めるといった声がユーザーから挙がり、『DreamExp』は大ヒットとなった。

 これにより、同開発会社であるDDD(トリプルディー)社から新たに登場したのが『Fantastic War』なのである。

 『Fantastic War』は、ネット上で毎回プレイの様子が配信され、プレイしていない人にも観るエンターテイメントとして絶大な人気を誇っている。

 ゲーム内では毎回ランキングがつけられており、ランキング上位のゲームキャラクター、それを操作するプレイヤーはスター扱いされている。

(こんなゲームが流行っているなんて世も末だな……)

 宗佑は電車の入口付近の空いた座席にゆっくりと腰を下ろした。

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