スカイツリーヌ(2)
お風呂からあがったヤヒロがソファの上でごろごろしていたら、セバスチャァンに「そろそろ夜も遅いですからヤヒロ様は早く寝てください」と小言を言われ、明かりを消されてしまった。
「まだ『めちゃシケ』見てる途中なのにぃ~」
不満そうなヤヒロ。魔界には電気はないが、なぜかテレビ(正確にはテレビではないが、テレビに近いもの)があり、どういう原理かさっぱりわからないが、一日中魔族向けの番組を放映しているのだ。
数ある番組の中、ヤヒロが見ていた『めちゃシケ』は魔界きっての視聴率を誇る人気番組で、人気魔族トリオの666が司会を務めている、海に棲む魔族達の奮闘を描いた海洋ドキュメンタリーである。正式名称を『めちゃめちゃシケてる!』というらしい。
なかでもヤヒロは『めちゃシケ』のイカの女の子が単身人間界で奮闘するコーナーがお気に入りだった。
「ヤヒロ様お気に入りのイカ様のコーナーは、つい先ほど終わりましたぞ」
「うわぁ、私の好みまでしっかり把握されてるし」
「執事ですから」
しれっと言うセバスチャァン。
「まだMKI48のコーナーが残ってるもん!」
MKIは魔界の略……なのか?
「MKI48様は、先日ドンキ城において勇者一行と遭遇し、戦いの結果MKI5となってしまいましたので、都合により解散となりましてございます」
「そんな減ったの!?」
「はい。そういうわけでございまして、そろそろお休みを」
「なんか納得いかな~い!」
「おやすみなさいませ」
セバスチャァンが部屋を出て、重たいドアを閉める。
夜こそ魔族の時間だというのに、何で自分だけこんな早く寝かせられるのだと一人憤慨するヤヒロ。
と、再びセバスチャァンが顔を出し「明日は月1回の朝礼のある日ですから、寝坊は困るのでございます」とのたまった。
なんでも魔王宮の大広間に魔族が集まって(もちろん全員は入れないから選抜されたメンバーのみなのだが)魔王様のありがたいお言葉を頂戴するのだそうだ。
「魔王軍なのに朝礼なんておかしくない?」
とヤヒロは意見を述べてみたが「伝統ですので」と一蹴されてしまった。
「ヤヒロ様、せめてベッドに入ってください。それすら聞き入れていただけないのなら、このセバスチャァン、心をこめて子守唄を歌って差し上げますぞ」
「すぐ入ります!」
条件反射のようにベッドに飛び込むヤヒロ。
冗談じゃない。セバスチャァンの歌声は、ジャイアンなみの破壊力があるのだ。ヤヒロが初めて聞いたときは、その場で昏倒し謎の高熱を出したあげく3日寝込んだ。
それ以来セバスチャァンの歌は極力避けるようにしている。
正直、ヤヒロが戦うよりセバスチャァンが勇者一行の前でリサイタルを開くほうが、あっさりと簡単に倒せそうな気がする。
セバスチャァンは自分の能力に気づいていなかったようだが……。
というよりも、その歌声の破壊力は、どうやら魔族には効いてないようなのである。
自慢の子守歌を披露する機会がなくなり、少し残念そうなセバスチャァンが「では、よい悪夢を」と恭しくお辞儀をして出て行った。
朝4時。
ヤヒロがぬくぬくと布団にくるまって夢をむさぼっていたところを、セバスチャァンに叩き起こされる。
「おはようございます、ヤヒロ様。朝でございます」
「おあよぅ……何時?」
「4時でございます」
それだけ聞くと、再びヤヒロはもぞもぞと布団の中へもぐりこむ。
暖かい布団が自身を優しく包み込むが、すぐさまセバスチャァンに剥がされた。
一年中温暖で季節の変わらない魔界とはいえ、朝は冷えることが多い。
恨みがましい目でヤヒロはセバスチャァンに呪詛を吐く。
「ひ、ひどい!セバスの鬼!悪魔!」
「私も魔族でございますから、それでは悪口にはなっていないかと」
観念したヤヒロは、セバスチャァンにされるがままスカイツリーヌへと『変身』していく。
魔王宮、謁見の間。
過度な装飾を嫌う魔王の趣味に合わせ、実用本位には作られているがかなりの大きさを持つ広間である。
ヤヒロが行ったことのある場所に例えるならば、日本武道館程度の大きさはありそうだ。
「でっけー……」
ぽかんと口を開けて上を見上げるヤヒロもといスカイツリーヌを、セバスチャァンが諌める。
「スカイツリーヌ様、バカみたいに口をあけていないで魔王様をお迎えする準備を」
こう見えてもスカイツリーヌは魔王軍きっての戦士である。塔将の名の通り、魔界における将軍の地位も賜っているのだ。そのスカイツリーヌがアホ面さらすわけにはいかない。
「うむにゅ」と慌てて威厳のありそうなしかめ面を作ると、魔王の登場を待つ。
各部族ごとに整然と並び、静かに魔王を待つ姿を見て、ヤヒロは自分の認識が間違っていたことを感じていた。
認識というよりも思い込みという方が正しい。
まるで人間じゃないか。
いや、下手な人間よりもすごい。
もっと自分勝手でバラバラだと思っていた魔族が、これほどの一糸乱れぬ整列を行えるとは。
精鋭がそろっているとはいえ、ここまでとは思いもしなかった。
こりゃ勇者達も下手したらやられちゃうかもしれないなぁ。
他人事だが、同じ人間である勇者達のことを案ずるヤヒロであった。