スカイツリーヌ(1)
全ク全ク全ク!
あと少シであの勇者ドモを倒せたというノニッ!
ナナとか言う小娘が召喚シタ,下品な男ノ精霊さえ現れなけレバ!!
オノレェ!
男なんてダイキライヨッ!!
激しく地団駄を踏みながら、魔王軍四天王の1人である塔将スカイツリーヌは執事のセバスチャァンに連れられようやく魔王宮へ戻ってきた。長時間に及んだ厳しい戦いのせいか、妖艶な衣装には黒い焦げ跡がいくつか残ってしまっている。
そんなスカイツリーヌの姿を見て、魔王宮の防衛及び魔王の身辺警護を司る魔王直轄近衛中隊や第一機動ドラゴン部隊など、残り少ない精鋭達がビシっと揃った敬礼で出迎える。
ここ最近、魔王軍が擁する有力な戦士が次々に倒されてしまっているため、勇者パーティーと戦い生き残って帰ってきただけでもすごいことであった。
尊敬の目で見つめる友軍の兵たちに敬礼を返し、スカイツリーヌは自室へ倒れこむようにして入った。
「お疲れ様でございます。スカイツリーヌ様」
ドアを閉め、外と遮断されるとセバスチャァンは恭しく頭を下げた。
当のスカイツリーヌはついさきほどまで見るからにヤバく、今にも倒れそう雰囲気だったが、セバスチャァンと2人だけになるといきなり普通に歩き始める。
今日の戦いでいくつか裂け目の入ってしまったドロンジョ様っぽいマスクと照明に反射してキラキラと輝く金髪のウィッグを脱ぎ捨てると、中から流れるような黒髪の美しい顔が現れる。
その姿は魔族というよりは、明らかに人間である。
パッと見、どこぞの女王様を想起させるようなボンテージ風なレザーアーマーの留め金を外し、それをぽいっと放り投げる。
アーマーの下は際どいデザインの下着のみ。
さっとセバスチャァンが差し出した蒸しタオルで顔を拭ってから、洗面台に水魔法でいっきに水を溜めじゃぶじゃぶと顔を洗う。
「あー、やっとヘンな感触が消えたよー。……ねぇ、あんなものでよかったかな?どうだったかな?セバス、私うまくやれてた?」
しゃべり方も完全に先ほどと違っている。
「初戦にしては上々かと。最後のアレは予定外でございましたが、勇者一行の力量は私の想定の範囲内でございました。しかしながらスカイツリーヌ様、少々はしたのうございますぞ。下着一丁でうろうろなされますな」
「いいのー。すぐお風呂はいるんだもん」
転がっているアーマーやマスク、ウィッグを片付けながらセバスチャァンは苦言を呈するが、軽くかわされる。
「スカイツリーヌ様……」
「セバス、今の私はスカイツリーヌじゃなくて、ヤヒロ。墨田ヤヒロなんだからそう呼んでよね」
「失礼いたしました。ヤヒロ様、それで次の戦闘時においての注意事項を……」
「お風呂の後で聞くからー!」
ざぶーん。
「うーむ、とりあえずは上手く行っているようですが、私はどうも人選を間違ってしまったような気がしてなりませぬ」
仕切られたカーテンの向こうからふんふ~ん♪と鼻歌が流れてきたのを聞いて、セバスチャァンはぽつりとつぶやいた。
塔将スカイツリーヌこと墨田ヤヒロは、ある日突然ルーフディーラに召喚された。
普通の女子高生であったヤヒロを召喚したのは、彼女に仕えるセバスチャァンであった。
元々、魔王軍における彼女がいた位置には、本物のスカイツリーヌが睨みを利かせていた。しかし部下の一人と駆け落ちして魔王宮からいつの間にか消えてしまったため、その事実が魔王にバレる前にセバスチャァンが慌てて召喚した結果、出てきたのがヤヒロなのであった。
そのような事情から、ヤヒロはスカイツリーヌの自室以外では全てスカイツリーヌとしてふるまうことを要求された。
幸いにしてヤヒロは顔立ちや体つきはスカイツリーヌ似だったので、あれこれ装飾させれば大抵の者はだまされてくれた。
加えてセバスチャァンが魔力を付与されたレザーアーマー(攻撃を受けても本体へのダメージはほぼゼロに抑える優れもの)や力をやたらパワーアップさせる手袋など魔道具をガンガン与えたので、本物と遜色ないほどの力を持った替え玉ができあがったのであった。
割と人道的なセバスチャァンとの交渉によって、ある程度がんばって勇者たちと戦って、それなりのところで倒されてくれればヤヒロを元の世界へ戻すという約束が交わされ、2代目スカイツリーヌはつかの間の異世界ライフを満喫しているのだった。
「うはぁ~極楽極楽~。……あっ、セバスー!今日使ったあのマスク、捨てといてねー!」