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京太郎(1)

朝からハードな仕事をこなし、京太郎はようやく自宅へ帰ってきた。

彼がしたことは、まず疲れを癒すべく風呂へ入ること。


なみなみとお湯を張った浴槽に体を沈め「う~っ」と伸びをする。

疲れも垢も全て洗い流し、のんびりと風呂のほっこり感を堪能していたときに、それは起こった。



最初は、蒸気が電球に反射しているのだと思った。

キラキラとした粒子が浴室内に現れた。

なんだ?と思っている間に、どんどんとキラキラ粒子は増えていき、ついには自分の体を覆うようになってしまう。


京太郎の脳裏を不安が掠める。

こういう不安を覚えたとき、その後の彼はたいていの場合良い状況にならない。


そしてそれは的中する。

突然暗闇に放り出される。

床が抜け、どこまでも落下していくような感覚。

あまりにもあまりな展開に、京太郎は言葉も出ない。


1分くらい落下し続けていたようだが、本当の時間は全くわからない。

ようやく光が彼方に見えてきて、終点が近いことを知らせる。


それから起こったことは、夢でも見ているようだった。

全く見たこともない場所に自分がいる。

しかも外だ。

こっちは風呂に入っていたのだから当然全裸である。タオルすらない。


そして自分の意思とは無関係に、前方にいるやたらめったら妖艶な雰囲気をかもし出しているお姉さんへ突撃してしまう。


近づく距離。


カウントダウン。


京太郎とお姉さんのファースト・コンタクト。


絶叫。



後のことは断片的にしか覚えていないが、京太郎が何より驚いたのは。


そこに幼馴染である、ナナがいたこと。


10年前に京太郎の目の前で突然消えてしまった、彼女が存在していた。


あの頃からちょっぴり成長した姿で。


あまりにも衝撃的だったせいで、まともな会話は交わせなかったが、確かにナナだった。



短い邂逅のあと、またもや暗い空間を潜り抜け、京太郎は戻ってきた。

風呂ではなく、自宅のリビングに。


ドスーン!


フローリングの床に腰から落下した京太郎は「ぐげ!」という間抜けなうめき声をあげる。

間髪いれずに「キャァァァアアアァァッッ!!」という悲鳴が轟く。


リビングのソファに横になりながらテレビを見ていた京太郎の妹・真夜の目の前に全裸の兄が落下してきたのだから、それは悲鳴も出ようというものだ。ホラー映画真っ青な出来事に一瞬心臓が止まりそうになった真夜だが、つぶれた蛙のようになっているのが兄であると認識すると、テーブルの上にあった孫の手を持ち、兄をつんつんとつつく。


「まったく驚かせるなよなぁ。……おーい兄貴、だいじょぶかー?」


いくら家族とはいえ、マジックのように突然出現した全裸の男(兄)を、さすがに素手で触る気にはなれない真夜であった。


真夜がつんつんしながら呼びかけていると、遠くからバタバタという騒々しい音がして、バン!と扉が開かれる。


「何です!?今の音は」


現れたのは蜂須賀みなみ。公私共に京太郎のパートナーといえる存在で、とある事情により現在京太郎と真夜が住むこの家に転がり込んでいる。

悶絶している京太郎を一瞥すると、真夜にたずねる。


「なんで京太郎は裸でリビングにいるんです?」

「いきなり全裸で落っこちてきたの」


真夜は自分が見たままを話したのだが、みなみは「わけがわかりません」とつぶやいてとりあえずタオルを取りに走っていった。





数分後。


ようやく全裸状態から解放され、ぬののふく(下着)を装備した京太郎は優雅にソファに腰掛けていた。


「兄貴、部屋着を着なさいってば」

「何年たってもパンツいっちょで家を徘徊するお前に言われたくはないな」

「こっちのは目の保養になるでしょーが。私は兄貴の下着姿なんて見てもうれしくなーい」


ずずず、とみなみの淹れてくれたお茶をすすりながら、真夜の苦情をさらりと無視する京太郎。

むー、とうなる真夜をみなみがとりなし、京太郎に説明を促す。


「たぶん夢じゃないと思う。……ということを前提にして、聞いて欲しいんだが」


残ったお茶を飲み干す。


「ナナに会った」






「どういうこと?ナナって、あのナナちゃん?」


しばらくの沈黙の後、初めに口を開いたのは真夜。


「そうだ」

「10年前に消えたナナちゃん?」

「そうだ」

「お隣に住んでたナナちゃん?」

「そうだ」

「センヌキを集めるのが趣味だったナナちゃん?」

「そうだ」

「兄貴が告白してフラれたナナちゃん?」

「違う。俺はフラれてない。返事を聞く前に消えたって何度も言っているだろう」


「ちっ、認めなかったか」


誘導尋問が失敗し、真夜は舌打ちをして悔しがる。


「京太郎、ナナというのは、京太郎が捜しているという小松奈々のことですか?」


兄妹漫才になりかけたので、話を本筋に戻すべくみなみが京太郎へ聞く。

みなみはナナに会ったことがない。が、京太郎が10年前に消えた人間を捜しているという話は以前に聞いていた。

それが見つかった……かもしれない。


とすれば、京太郎の願いは叶ったことになる。

もしかしたら、これから京太郎の横、パートナーの席には私の姿はないのかもしれない。

そう思うとみなみは急に怖くなる。

もじもじしながら小さい声で伝えるみなみの心の内。


「私は……小松奈々が見つかった後も、京太郎のパートナーでいられるのでしょうか?」

「当た「当たり前じゃない!」」


京太郎が言いかけるが真夜が馬鹿でかい声をあげる。

ブツブツと「俺のセリフをなんでとるんだ」と抗議するも、先ほどの無視の仕返しなのか完全に兄を無視して力説する真夜。


「奈々ちゃんが見つかったからって、みなみんの場所はみなみんが築き上げたみなみんだけのものだから。それにそれに、みなみんのおいしいご飯が食べられなくなるのは絶対イヤ!みなみんがいなくなったら私生きていけないもの!」


手足をじたばたさせると、みなみに抱きつく真夜。みなみは真夜を嫌がるふうでもなく、抱きつかれるがままになっている。


「ま、実際確証はないからなぁ。風呂入っているときだったから何も持ってなかったせいで、証拠はなんもなしときた」

「こっちからアプローチはできないの?」

「異世界へ飛ばされてる感じだったけど、座標もわからないし無理だぁ」


みなみが再び淹れてくれたお茶をずずっと飲み、眉を寄せる。

せめて呼び出されるのがあと10分遅かったならば、なにかしら証拠は持ち帰れたかもしれない。


「京太郎、ディメンションハーケンは打ち込めなかったのですか?」

「だから全裸だったんだってば。持ってたら流石に打ち込んでるって。……ただ」

「ただ?」

「契約完了とかなんとか言ってた気がするから、向こうからアプローチされればもう一度チャンスはあるかもしれないな」

「兄貴は今度からダイブガジェットを肌身離さずにいることね」


お茶請けの煎餅をぽりぽりとかじりながら真夜が言う。


「真夜の言う通りだ。俺はこのために、ゴーダイバーになったんだからな」


そう言って、京太郎は左腕にはめられたダイブガジェットを見つめた。


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