京太郎(7)戦いの時間
京太郎一行の目に黒煙が見えたのは、村が見えるまであと少しという地点だった。
同時に、レーダーにも大きな反応が出る。
「……煙?」
最初に煙を発見した京太郎がつぶやく。
「なんか飛んでいますね……大きいです」
「もしやドラゴンとかいうパターンか?」
ここでクロンたちも異変に気付き騒ぎ出した。
「ニャんだ?」「煙ニャ!」「野良ドラだニャ!」「大変だニャ!!」「ムニャムニャ……」
猫達がパニックに陥りそうになるのをなだめすかして聞き出したところ、近くの火山に住んでいる野良ドラゴンらしいことが判明した。
普段は火山に住んでいるのだが、時々降りてきては暴れまわり、そのたびに村に大被害が出ているとのこと。
かといって相手がドラゴンなので対抗策がなく、結局はなすがままになってしまうらしい。
「それはわかったけど、野良ドラゴンてなんだ?」
「普通のドラゴンは魔王様に忠誠を誓っていて、魔王軍に所属していたり地域の領主様をやってたりするんだニャ。でもあいつは魔王様に忠誠も誓ってないただのゴロツキニャ。気分のままにただただ好き勝手に暴れてるんだニャ。だから魔界の国民じゃニャくて、野良ドラゴンなんだニャ」
クロンの説明を受けて、京太郎が質問する。
「じゃあ、あの野良ドラゴンとやらを俺たちが倒してしまっても問題はないか?」
「できるわけないニャ!相手はドラゴンニャよ?」
「できるかできないかじゃなくて、問題ないかどうかなんだけど」
「問題はないと思うニャ。アイツにはみんな迷惑してたニャ。前から領主様に退治をお願いしてたけどうまくいかなかったニャ」
「やれるんならやって欲しいニャ」
ニャーニャー大騒ぎしながらも、京太郎とみなみはクロン達から要点は聞き出すことができた。
京太郎は真剣モードになると、みなみに言う。
「とっとと片付けるか。ナナと合流しなきゃならないからな」
「了解です。飛びますか?」
みなみが聞いてくる。
「猫っ子たちもいるからな、みなみが先行して飛んでくれ。倒せるようなら倒して構わないぞ。最悪俺が到着するまで持ちこたえてくれればいい」
「了解です。リフターで先行します。アプリケーションコール……リフターユニット起動」
みなみが腕に装着されたダイバーガジェットからアプリケーション・コードを呼び出すと、まぶしいほどの光の粒子と共にフライトユニットが現れる。
フライトユニット『リフター』はそのままランドセルを背負うような形でみなみに装着される。
「システムチェック。フライトスタンバイ。ウイングオープン」
この命令コードで小さく折りたたまれた翼が展開される。
ものの5秒もしないうちにチェックが終了する。
京太郎とみなみは視線を交わす。
「システムオールグリーン。テイクオフ」どん!と押されるような急加速。そのまま空に飛び出す。
「ほえー」
「みなみおねーちゃんが飛んでったニャ」
「飛んで飛んで回って回るニャ~」
「早いニャー。もう小さくなったニャ」
口々に感想を漏らしてるガキんちょ軍団を尻目に、京太郎は「俺達も急ぐぞ」と猫っ子に告げるとホースライダーのスピードを上げた。
ある程度村に近づいた京太郎は、安全そうな場所でホースライダーを止めた。
「クロン、お前達は一旦降りてその辺に隠れろ」
「どうしたニャ?村はすぐニャよ?」
みなみが行ってからしばらくすると、あれほど暴れまわっていたドラゴンの姿が見えなくなったので、早く村に行って様子を確かめたいクロンは京太郎に尋ねる。
「何かいる」
クロンを見ずに視線を固定したまま京太郎が答える。
「ドラゴンは倒されたっぽいから早く家族に会いたいんだニャ!」
「感じないか?あそこに何かいるぞ」
そう言われてクロンは意識を集中する。京太郎が指差した場所から確かに邪悪っぽい気配がする。
何が、というのはわからないが、その場所だけ黒いもやがかかっているようなそんな感覚。
クロン達も言われて初めてわかる。尻尾が怖気でぶるっと震えた。
「あの岩のあたりへ、早く!」
有無を言わさない調子で京太郎が言い、はじかれたようにクロン達は岩陰へ隠れる。
それを見届け、京太郎はホースライダーを降りる。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……それとも、とんでもないものが出てくるか……?」
突然、周囲が軋むような空気の震えが襲い、直後突風が吹き荒れる。
地面がめくれ上がるかのような勢いで砂塵が舞い上がっていき、うねりが加わって竜巻のようになる。
極限まで大きくなったかと思ったその瞬間、地面が爆ぜた。
視界がゼロになり、もうもうと立ち上る砂埃がようやく収まった時、そこにソレはいた。
ドラゴン、と呼ばれる種族が。
クロンはごくりと唾を飲み込んだ。
「もう一匹……いたのかニャ……」
タマールが呆けたようにつぶやく。
「サンドドラゴン……ニャ」
ミケコが目を見開いた。
「火山の野良ドラゴンとは別の野良ドラゴンがいるなんて……聞いたことないニャ……」
それも火山の野良ドラゴンと違い、こちらの戦力は実質京太郎だけである。
普通に考えれば脆弱なニンゲンがドラゴンにかなうわけがない。
ニンゲンよりも能力が高い魔族ですら、ドラゴンとタイマンを張れるのは、魔王様以下のほんの一握りである。
だが、あのニンゲンはクロン達を避難させ、たった一人で立ち向かおうとしている。
普通なら絶望的な状況。
しかし、不思議とクロン達に不安はなかった。
あのニンゲンなら大丈夫、そんな気がしていた。
「おお、この世界でも相変わらずでかいな。ドラゴンってやつは……」
我の前に敵などいないとばかりに悠然と佇むサンドドラゴンを見て、京太郎はつぶやく。
目の前に立ち、全く怯えを見せない京太郎を認識し、咆哮をあげ威嚇するサンドドラゴン。
西洋タイプの竜で全長推定30メートル。翼はなく、空は飛べないようだ。
ふしゅー、ふしゅーと呼吸する度にドラゴン特有の魔素が周囲に漏れる。
地中を好むサンドドラゴン固有のものか、身じろぎするごとに黄色の体表からは砂が零れ落ちる。
「ドラゴン級か。ナナを連れ戻すだけのつもりだったが、思わぬところで思わぬ大物!これだけの大物したら潜界士ゴーダイバーの名折れ。……つーか、結構経費使ってるからな。目指せ赤字解消!いくぜドラゴン!」
気合を入れて京太郎がドラゴンに向かって突撃を始める。
「来い!ダイブレード!」
京太郎のコールで、その手が粒子に包まれる。ゴーダイバーの共通武装のひとつ、ダイブレードの顕現である。
両手でしっかり握り、ダイブレードを振り上げ跳躍する。
「せぇりゃぁぁぁぁあああ!!!!」
渾身の力でドラゴン目掛けて斬りかかる。
スパーン!
しかし、全力で振ったにもかかわらず、結果は鱗が1枚取れたのみ。
固い体にダイブレードがはじき返される。
すぐに安全範囲まで距離をとり、自分がドラゴンに与えた毛の先にも満たないダメージと、思い切り痺れが残る手を見比べる。
「うお、かってぇ。さすがにダイブレードじゃ切れないか。なら次はコイツだ!」
サンドドラゴンが本気で攻撃を行う前に、京太郎は次の攻撃に移行する。
一箇所にとどまるのは危険なため、走りながらドラゴンの後方に回り込もうとする。
「次!ダイブラスター!」
ダイブレードを左手に持ち替え、コールすると再び右手が粒子に包まれる。
左後方にうまく回り込んだ京太郎の手には同じく共通武装のひとつ光線銃・ダイブラスターが顕現する。
この距離で外すのが難しいほどの巨体に向け、トリガーを絞る。
「くらえ!」
ダイブレードよりは効いたようで、表面が焦げた。しかし貫通にまでは至らなかったようだ。
腐ってもドラゴンなのか、かなりの防御力を誇るようである。
受けてばかりではなくサンドドラゴンも反撃する。口からブレスを吐き散らし、尻尾を京太郎に叩きつける。
ブレスを転がってよけたその先でまとも尻尾の攻撃を受け吹き飛ばされ、地面を派手に転がる。
「おお、痛ってぇ……」
痛みはあるが骨など折れたりはしていない。が、ダイバースーツの被ダメージメーターが一気に30%も増えた。
バイザーにはいくつかエラーメッセージが出ているものの、ざっと確認した限りでは致命的なものはない。
よし、まだやれる。
京太郎はニッと笑うと、威力不足だったダイブレードとダイブラスターを顕現解除。
ダイブガジェットのコンソールを素早く操作し、新たな装備を召喚する。
「食らっとけ、奥の手その1!顕現せよ!ディメンション・バリアブル・バズーカ!!」
再度粒子の中から現れたのは、ヒーロー然としたバズーカである。
ゴーダイバーの装備を開発するメーカーのひとつ、日本のハチスカラボラトリーが苦心の末に開発した、どの次元でも問題なく使用できる携帯用必殺バズーカだ。
それまでは、どの次元(この場合、どの異世界と置き換えても良い)でも使用可能な装備といえば、初期装備のダイブラスター、ダイブレードしかなかったので、使用者はダイブする世界に合わせて装備を変更しなければならなかった。
それが、このディメンション・バリアブル・バズーカの発表で、ゴーダイバーの戦闘力はそれ以前と比較すると飛躍的にアップし、装備の開発は第3世代に入ったとまで言われる程だ。
そして、あまりの威力の高さに揶揄を込めて『ドメスティック・バイオレンス・バズーカ』というありがたくないニックネームもつけられた程の攻撃力。
ディメンション・バリアブル・バズーカ、略してDVバズーカを肩に構えてスコープを覗く。
それまでの攻撃がたいして効かなかったせいか、サンドドラゴンはこちらを舐めてかかったようで、たいした動きを見せていない。
舐めてる今が大きなチャンスと、ターゲットをロックすると、素早く後方を確認。バックブラストの危険性はないが、念のためだ。
「吹き飛べぇぇっっ!!シュートォォォ!!」
発射トリガーを押し込む。
刹那、濁流のような轟音と波動がサンドドラゴンに傲然と叩きつけられ、衝撃に耐え切れなかったその首から上を吹き飛ばした。
数秒後、頭脳を失った巨体が崩れ落ちると、大地に振動とビルが爆発で崩した時のような砂埃が立ち上がった。
京太郎はサンドドラゴンが生命活動を停止したことを確認し、ようやく安堵のため息をついた。
飛び出してきたクロン達にもみくちゃにされた後、ドラゴンの体の中から人の頭ほどある結晶を取り出す。
「それ、なんだニャ?」
「これか?これはエナジウムっつーもんだ。まぁ魔石の結晶だな」
「なんに使うニャ?」
「精製して売るんだが……もしかしして、エナジウムとったらまずかったか?」
「野良ドラゴンだから大丈夫だと思うニャ。でも……」
少しずつ後ずさっていくクロン達。
意図を理解した京太郎が苦笑する。
「別にお前たちのは取らねーよ。安心しろ」
「本当にとらないニャ?」
「もともとここにはエナジウムとは全然別の目的で来てたんだ。こいつはオマケみたいなもんだ」
「安心したニャ」
「それにしてもドラゴンの中でも下位とはいえ、サンドドラゴンを一人で倒すなんて化け物なみだニャ」
「ずしゃーっとぴしゅーっとどばーんとド派手だったニャ~」
「酒の肴になるニャ」
「今日、伝説をみたニャ」
「それより、あのドラゴンはどうするニャ?」
クロンがサンドドラゴンの躯を指差す。
「エナジウムは取ったからもうどうもしないぞ」
「だったら、鱗とかもらってもいいかニャ?」
「別にかまわないぞ。なんか使うのか?」
京太郎の答えにわっと沸く猫っ子達。聞けば、ドラゴンの鱗や肉、爪などは魔界でも非常に貴重なアイテムとして高値で取引されているらしい。
被害を受けた村の復興資金に当てたいらしく、それならと京太郎は軽くOKをする。
この時点では知らなかったが、村を襲っていたドラゴンは小さくなって踏み潰されてしまったので、アイテムとしては使えなくなってしまったので不幸中の幸いだった。
「これだけのクラスのエナジウムなら、うまく精製できればかなりの値がつくな。っと、これで後は……」
ナナを連れて帰るだけ……と言いかけた時に異変は起こった。
「ほえ?あれなんだニャ?」
「ニンゲンの兄ちゃんが光ってるニャ」
「ぴかぴかだニャ」
突如光の粒子に包まれだした京太郎をぽかんとして見ているクロン達。
逆に慌てている京太郎。
「うおぉぉ!!ヤバイ!!召喚されとる!!!!」
京太郎はナナに召喚されてルーフディーラに来たように、またどこかの誰かから召喚され転移しようとしているのだ。
「おいクロン!」
「なんニャ?」
「村に行ったらみなみに伝えてくれ!『京太郎は召喚されてしまった』と」
「みなみって誰ニャ?」
「さっきまで一緒にいたろ!ニンゲンの女だよ!お前ら群がってたろうが」
「あー」
ぽん、と手を叩く。
「頼むぞ!」
それだけどうにか言うと、京太郎は光に包まれて消えてしまった。
残されたクロン達は、主がいなくなったホースライダーとドラゴンの死体を尻目に自分たちの村へ向かうことにした。
小一時間後、村でクロンから京太郎がどこかへ召喚されて消えてしまったと聞かされたみなみが
「ちょ……、じゃあ私どうすればいいの……」
と崩れ落ちていた。