京太郎(4)「異世界の中心でカミを叫ぶ」
次元のトンネルを抜けると、異世界だった。
思わず文豪の名作の出だしをオマージュした言い回しをしてしまうほど、京太郎の視界に飛び込んできた風景は、見覚えのあるものだった。
やっぱりここか、と思ったが、彼には早急に対処すべき問題が立ちはだかっていた。
主に下半身に起きている問題を。
あの手この手を試したあげく、1時間以上かかってようやく目覚めたスカイツリーヌとのリベンジ戦が始まってから早数十分。相変わらず両陣営の力は拮抗しており、膠着しつつある現状を打開する目処はついていない。
戦況に有利な状況を作り出すべく、ナナは再び召喚呪文を唱えはじめる。
それに気付いたライトル、ガナザード、アップルが「精霊様を召喚するのか」と理解してナナを全力で援護する。
反対にスカイツリーヌは血相を変えて遮二無二攻撃をかけるが、防御に徹する3人を抜くことが出来ない。。
前回と同じ戦いの場であるランフェル城の玉座の間は、2度の戦いによってもはや部屋というカテゴリから外れつつある。
豪奢な家具は全て壊れるか燃えカスと化し、屋根は吹き飛び、見上げればそこには曇り空が覗いている。
「~バキシモード・ゴォルザ・イーラ・キョータロー!」
ナナが召喚魔法の詠唱を完了する。
残りは一言。
「召喚!!!」
瞬間、ぶわっという風が舞い、宙に浮かぶ魔方陣から光が漏れ出す。
たなびく風が粉塵を散らし、全員の視界がゼロになる。
目を細め、埃が喉に入らないように注意しながら、風が収まるのを待つ。
しばし戦いが中断されて、ようやく視界の中にわずかばかりの情報が飛び込んでくる。
中心には、人とおぼしき影。
成功だ。
ナナは内心でガッツポーズを決める。
再び彼を召喚することに成功した。
勇者ナナが精霊様の召喚に成功した。これで勝てる!
ガナザード、アップルはテンションがあがる。
ライトルは何か思うような表情を見せるが、それでも自分たちが勝利に近づいたことを確信し、立ちはだかるスカイツリーヌを見据える。
だが、光の中から再び現れたその男は、誰がどう見ても奇妙な格好だった。
下半分、着衣なし。
丸出しであった。
信じられないような光景を凝視した、全員の時が止まった。
そして召喚された男はおもむろに口を開いた。
「おい、誰でもいい。紙をくれ。尻を拭きたいんだ」
下半身丸出しの男が言ったセリフ。「紙をくれ。尻を拭きたいんだ」
この意味を誰よりも早く理解したのは、現代地球を生きていたナナ、そしてスカイツリーヌ(の中身であるヤヒロ)であった。
「そ、そそそそそ、それって……」
「ままま、まさか……」
追ってどういう事態が起きているのか察したライトル達を含め、全員が顔面蒼白になる。
召喚された男は非常に不機嫌である。
「そうさ、ウンコしてる時に呼ばれたさ。召喚されている最中に出ちゃったさ。だがなぁ、それは俺の責任か? いや違うな。空気読まないで召喚した奴の責任だろ? ケツ出した途端に呼び出されるなんてこっちは思ってないさ。そのお陰でこっちはハードラックとダンスっちまったんだよ。そうだろ? あぁ!?」
やけくそだった。
やさぐれていた。
カミングアウトだった。
セリフの途中になぜか迷ゼリフが混じっていた。
「おいナナ」
呼ばれた男――京太郎――は、ジロリとナナを見据える。そして呼び捨てである。ナナは「ひゃい!」と直立不動になり、思わず噛んでしまう。
「紙よこせ。俺の言っている意味はわかるな?トイレットペーパーだ。……なければお前の服で拭いてやるぞ」
「ひぃぃぃっっ!」
ここまで30秒。
京太郎は懐から長い釘のようなものを取り出し、それが刺さるように地面に叩きつける。釘のようなものは地面に潜り込み、すぐに見えなくなった。
「今、ディメンションハーケンを打ち込んでやったからな、地球に帰っても、すぐこっちに戻ってきてやるぞぉ」
ニヤリと笑う。口調が少しおかしくなってきた。
「知ってるぞ。お前ら魔法使えるんだろぉ?その魔法とやらで紙を出せ。とびっきり柔らかいやつな」
「京太郎、そんな魔法はないわ。ていうか、そのっ、見えちゃってるから!前を隠してよ!」
恥ずかしいのか両手で目を覆いながら叫ぶナナ。
「一緒に風呂入ったりしてたろ?俺のなんか見慣れてるくせに何いってんだ」
「それは子供の頃の話でしょうが!だいたい恥ずかしくないの?」
「誰のせいでこんななってると思ってるんだ!こちとらウンコしてる時に召喚されたんだぞ!これ以上の恥なんかあるか!」
「私のせいなの!?」
ナナと京太郎の間でやいのやいのと言い争いが勃発する。
前回の悪夢を思い出し、とにかく関わり合いになりたくないスカイツリーヌはこのスキに乗じてゼバスチャァンと共にこっそり脱出する。
アップルの水魔法を収束してウォシュレットのように撃ちだしてやればいいんじゃね?という意見も出たが、試しにやらせてみたらあっさりと壁に銃痕のような穴が開いたので「俺の尻に穴を開ける気か!」「元々穴は開いてるでしょ!」という罵りあいに戻り、そうこうしている間に3分間は過ぎてしまう。
光に包まれて半身を丸出しにした精霊様こと京太郎は、罵声と共にナナたちの前からスーっと消えた。
我にかえって周りを見回すと、スカイツリーヌがいないことに気付く。
リベンジ失敗であった。
「なあナナ。もうあの精霊様は呼ばない方がいいと思うぞ。実際問題、魔王よりタチが悪い気がする」
ガナザードのつぶやきに、ライトル、アップルが深くうなずいた。
召喚されたものの、下半身丸出しで罵りあっただけで結局何もできずに現代世界へ戻ってきた京太郎は、自室のソファに座ってため息をついていた。
戻ってすぐにトイレに立てこもって処理をしたおかげで、今は万全の状態である。
「デジカメも、ビデオも持っていけなかったな……」
ぽつりとつぶやくが、すぐに元気を取り戻す。
異世界を渡る際に道しるべとなる座標を記したディメンションハーケンの打ち込みには成功しているのだ。最低限の仕事は完遂したと言えるだろう。
次はこっちから動く番だ。
今まではイマイチ格好がついていなかったが、今度は違う。準備を整え、自らの意思で乗り込むのだ。
「それが、世界を渡る者『潜界士』でしょう?」
いつの間にかドアが開き、みなみが立っていた。
「そうだな」
クールにセリフを決めてみせる。先ほどまでフルチンで「紙をよこせ!」と言っていたのと同一人物だとはとても思えない。
「少し姿が見えなかったけど、また召喚されてたの?」
「ウンコしてたら呼ばれちゃった」
「えー……」
いろいろと雰囲気が台無しだった。
気を取り直し、京太郎は自身の装備を確認する。
ミッションとしてはナナを連れて戻る。それだけだ。
長期間潜るわけではないので、滞在用の装備は外しておく。
空いたスペースに、念のためトイレットペーパーを入れておいた。これで安心。
ジト目でみなみに見られているような気がしたが、気にしないでおく。
ゴホンとわざとらしく咳払いをして、京太郎はおもむろにみなみを見る。
「さて、準備も出来たし、そろそろ行くか」
「ええ」
うなずくみなみ。
左手首に着けているダイブガジェットのスロットに2枚のカード「ゴーカード」「ダイブカード」を差し込む。
そして、ダイブガジェット側面にイグニッションキーを入れ、ひねる。
「「イグニッション!」」
ダイブガジェットが格納された装備データ、パーソナルデータを読み込み、専用アプリケーションが発動する。
光とともに京太郎とみなみ、2人の外観が変わっていく。
京太郎の見た目は、全身をすっぽり覆った子供が喜びそうな戦隊ヒーローっぽいスーツ。赤を基調としてクリーム色とのツートンが目を引く。かなり使い込まれた感じは否めないが、逆に言えば数々の戦いを潜り抜けた頼もしさを思わせる。
みなみは女の子向けアニメのようないでたち。正直にいってしまうと見た目は魔法少女やプリティでキュア的ななにかを連想させるような可愛い系の格好である。
ただ、彼女の容姿がプリティでキュート、というよりはクールでビューティーなだけに、バッチリハマっているとは言いがたい。
「よし、各部正常っと……う~ん、みなみは相変わらずハデだなソレ……」
京太郎がみなみの姿をしげしげと見つめ、感想を漏らす。
「いいんです、似合ってないのわかってますから」
「そんなことねーって。気に入らないならスーツのデザイン変えればいいのに」
「簡単に言いますけど、最新型のモニター試験中ですからデザインは変えられないんです。まぁ見た目以外は使い勝手はいいですし。それより京太郎こそ、いつまでソレを使ってるんですか?今どきゴーダイバーで『JNR485』系列なんて骨董品を使ってるのはあなただけですよ」
「いーの。俺はこれが好きなの。古いけど基本設計は確かだし、頑丈で、何よりどこの世界でも使えるからな。みなみの『JRE5』にだって負けないさ」
一通り軽口を叩き合ったところで、2人の目が真剣さを帯びる。
「ほんじゃ行くぜ。……座標セット確認。……3、2、1、ダイブ!」
その瞬間、地面に黒い穴が開き、そのまま京太郎とみなみ……2人のゴーダイバーはその中へ消えた。
「あれ、もう行っちゃったのか。異世界のお土産頼もうと思ってたんだけどな」
3分後、真夜が部屋にひょいっと顔を出し、誰もいないのを確認するとそうつぶやいた。