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縛られた自分

掲載日:2026/05/17

もう近年ではAIも凄まじい発展を見せ、いよいよ本格的にネット社会に向かう真っ只中にいると思う。

その象徴として、ネットでの発言が本格的に現実の比にならない力を持つようになっているのを私たち自身が、今一番嫌な程見ているだろう。

そんな、見ていて眩暈がするほどの誹謗中傷に他人を貶して自分を立てようとする人や、自分が悪だと判断すればお構いなしに人の個人情報を流出させて社会的に復帰できない形を相手が大人だろうが子供だろうがお構いなしに取られているばかりだ。

そして、そんなことをする人達は決まって自分では気づいていないが、先入観、自分の世界やベクトルでしか語れない、深く考えたことは無いが周りに合わせている一般論、以下の三つの条件が少なくとも一つは合っていると思う。このような条件が顕著に伺える例としてネットの論争などにわざわざコメントを書いている人たちだろうか。

例として挙げた論争にコメントする人は自分の意見がほかの意見より優れているし核心をついていると思ってコメントしているし、コメントだから自由に意見する場所と言って誹謗中傷を書く人もいる、

しかしこの、コメントだからという言い分もいよいよモラル的に通用しなくなる。

抽象的な例ですが、優先席に若者が座っていて次の駅で高齢者がたくさん乗車してきた、ほかの席が満席の状況で優先席に座っている若者は優先席は高齢者に絶対に譲らなければならないという義務はないから譲らないと述べたとして、正論だとしても周りがその意見を許さない雰囲気を作り陰で罵倒されて静かに居場所がなくなるように、発言の重みが増していくネットではモラルの向上傾向にあるため迂闊に発言と言う名の行動がしにくくなります。

珍しく前置きが長くなったり話が脱線してしまいましたが、これまでの前置きをもとに縛られた考えを持たないほうがいい理由を話していきます。

理由一つ目は、ケースバイケースに対応しきれないということです。昔はまだ考え方の根本から作る様な時代でしたが、今では考え方や思想を真似したり選んだりする様な時代になりました、そんな思想を選ぶ様な時代で一番面倒なのは絶対的な自分を持つこと、

つまり、頑固な人です。これまでだって平気で考え方なんて変わる様な時代で絶対的な考え方なんて存在しないし、時の振り子でいくらでも変わる普遍的なものであり、老子や釈迦、ヤージュニャヴァルキア

などもこう言いました、「この世の中に絶対的で真理

(タオ)は存在しないし、また、自分なんていないし

私たちはお前の人生という名の仮想世界かもわからないものを見ているにすぎない」と、以下の様なことを述べてました。そのため、固定的なものに縛られていると何もいいことはないということです。

二つ目は、険悪関係が生まれやすくなる、ということです。固定的で頑固な思想を持っていればいつか必ず

その、対極にある思想を持つ人と出会い、頑固であるため相手立場に立とうとせずに、理解できないのは当たり前で、理解しようともしなくなるため百害あって一利なしとはまさにこのことだと感じました。

三つ目は、学びがないということです。わかりやすい例としては、足し算のやり方で大体のことができると思い、掛け算を学ぼうとしない様なもので、思想にしてもそうです、最初に話した通り相手のことを理解

(学ぶ)することで、予め人に合った考え方で合わせてあげて話した方が相手を楽しませてあげられるし、

良好な関係でいられるため、今に縛られて学ぶまことをやめてるのと一緒で、ただの怠惰でしかないとも思われるかもしれません。

最後に、今回は縛られることのくだらなさなどを、

抽象的な例や、顕著に現れる日常の弊害をピックアップして書かせてもらいました。考え方のひとつとして

老子は水の様に柔軟で無欲で謙虚な人であれという言葉がいい人間(得が高い人)の特徴や例の一つであるのかなと思いました。

感想まってます。






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