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少年と尼僧見習い1

 その頃トビーは本宮の片隅に隠れていた。人に見つからないようにこそこそと姉を探していたのだ。すぐに見つかると思っていたのに、王宮はトビーが想像していたよりもずっと広く、ずっと人が多かった。柱の影に隠れて行き交う人々の中に姉の姿が無いか最初こそ一生懸命探していたが、次第に飽きて心細くなってきた。十二歳の少年は強がってもまだ子供である。両親の元に帰ろうにも、帰り道など覚えていない。

「どうしよう……」

 誰かに聞こうにも、行き交う人は皆立派な身なりをしたお貴族様ばかりだ。多分、見つかれば罰を受けるに違いない。かといって、このままここに居ても、どうしようもない。柱の影に引っ込んで、トビーは座り込んだ。その途端にトビーのお腹から小さな音が聞こえた。お腹の虫まで鳴き始めて、トビーの目には涙が滲む。

 親には逆らいたい盛りの少年は、正直な所親に大人しくしていろと言われたから反発で衝動的に抜け出したようなものだ。無事に姉を捜し出して連れて行けたら両親やあのいけ好かないお貴族様の鼻を明かせて大成功になったのだろうが、元から計画性などあるわけがない。

「腹減ったなぁ……」

 すっかり凹んだ腹をおさえて、トビーは呟いた。

 そんなトビーの鼻をくすぐる良い匂いが、突然ふわりと漂ってきた。煮込まれたスープの良い匂いだ。柱の影からそっとのぞいてみれば、回廊の奥から何人もの女性がワゴンを押してくるのが見える。そのワゴンには大鍋や食器がたくさん載っていた。良い匂いはその大鍋から漂って来たに違いない。

 思わずごくりと唾を飲み込み、その様子をじっと見つめる。あの後をついて行ったら、残り物をくれるかもしれない。

 そんなことを思いついたトビーは、その一団の後を追う事にした。柱の影から影へと器用に近付き、その最後尾が通り過ぎるのを待つ。そして、その最後尾は二人の尼僧で、パンの入った籠を抱えていた。

 トビーの心は浮き立った。尼僧様がいるなら、きっと分けてもらえる。そう思ったからだ。

 最後尾の後を嬉々としてこっそりついて行くトビーに、思わぬ展開が待ち受けていた。



 キヨ達は丁度昼食時ということもあって大広間に食事を運ぶ手伝いから始めることにした。厨房ではやはり運搬の人手が足りておらず、二人は歓迎された。キヨはフィリシティアの為に比較的軽いパンの籠を選んで運ぶことにした。

 ランドリーバスケットのようにかなり大きめの籠だが、中の量を調節すればフィリシティアでも運べないことは無いだろう。入ったパンの量が一番少ない籠を見つけて、試しにフィリシティアに持たせてみた。

「ティア、重くない?」

 白い頬をほんのり赤く染めて、フィリシティアは一生懸命だ。

「大丈夫です」

 真剣な顔で頷くけれど、微かに手がぷるぷる震えている。箸より重いものを持った事が無いと本気で言われても当然なお姫様なのだ。キヨは自分が甘かったと悟った。

「……重いのね」

「いいえ! 大丈夫です、お姉様」

 バスケットを取り上げると、焦った顔で食い下がるフィリシティアにキヨは頭を振った。

「無理はダメよ。持ち上げるだけなら大丈夫なのでしょうけれど、持ってそれなりの距離を歩くのだから、それを考えないと」

「はい……」

 意外と負けず嫌いらしい妖精さんは、それでも素直なのでしゅんとして項垂れた。その様子が可愛くて、キヨは思わず頭巾の上からフィリシティアの頭をぽんぽんと撫でた。フィリシティアは驚いてぱっと顔を上げ、青い瞳をぱちくりさせる。それから何やら戸惑った顔をして首を傾げた。

「あの……わたくし、何を褒められたのでしょう?」

「え? 褒めてないけど」

 フィリシティアの問いに、今度はキヨもぽかんとして首を傾げた。

「あの……では、頭を撫でて下さったのは何故ですか?」

「あー……」

 心底不思議そうに聞いて来るフィリシティアに、キヨはまた内心の声が口から出ていた。頭を撫でるのはご褒美。確かに、子供を良く出来ましたって褒めて頭を撫でる、なんていうのはいわゆるテンプレではある。その他には泣いている子供を慰めるためとか。そっちは今回は状況的に無いから、褒められたと思ったのかとキヨは思った。だがしかし、正直理由は無いのである。可愛いからついやった。それが全てだ。

「……ティアがやる気があって、素直な良い子だから、かしらね」

 キヨはもっともらしく言い繕ったが、フィリシティアでなければ16の子の頭を撫でるなんて、やる気がある素直な子でも普通はしない気がした。

「わ、わたくし、もっと精進いたしますわ」

 そんなキヨの内心など知らず、フィリシティアは白い頬を紅潮させて嬉し気に胸の前で両手を握りしめた。その仕草が癖なんだな、とキヨは観察しながら可愛いは確かに正義だと思い知った。


 ごめん、エディ。私公平に生きられないかも。贔屓しないように自分を律する自信がないわ。

 

 内心で友に謝り、キヨはフィリシティアでも運べそうな小振りの籠を探した。

 



 フィリシティアが持たされた籠は、最初の籠の半分ほどの大きさだ。持ち手も長めで普通肘に掛けて運ぶタイプだが、腕力の無いフィリシティアは両手で下げて一生懸命だ。ただし、歩みは結構しっかりしている。意外なことだが、お姫様育ちでも腕以外の筋力は結構ある。布地というのは量があればかなり重いもので、重いドレスを着て優雅に踊れる程度には筋力が必要なのである。だから細身ではあっても、見た目よりは持久力があったりする。特に今はいつもより身軽な尼僧服姿であるから、腕に意識を集中していて問題無い。

 現在二人は少しばかり配膳に向かう行列から遅れていた。それは簡単に予想された事態で、それを見越してキヨは邪魔にならないように最後尾についたのだ。キヨ自身は通常通りの大きなバスケットを両手で抱えている。パンも量が量だけに結構ずっしりと重い。そういうわけで行列について行くのに結構必死で、キヨも隣のフィリシティアを気にかけるくらいで、他の周囲に気を配る余裕は無かった。

 当然、後をこっそりつけてくるトビーにも気付かなかったし、二人に密かに向けられていた不愉快な視線にも気が付かなかった。

 そうして、事件は起こる。

 トビーが見ている目の前で、二人の尼僧は貴族と思われる男二人に羽交い締めにされ、口を塞がれてすぐ近くの部屋に引きずり込まれた。突然のことに驚いて動けないトビーがハッとした時には、廊下には放置された籠とパンが転がるだけで、騒動に気付かなかった侍女達の行列が回廊の向こうに消えるところだった。

 焦って飛び出したトビーは二人が連れ込まれたドアを開けようとした。だが、鍵が掛かっているようで、びくともしない。

 トビーは具体的に何が起こったのか全て理解出来ているほど大人ではなかったが、何かとてつもなく悪い事が二人に起こっているのは分かった。キア神に仕える僧や尼僧は庶民の味方で、両親も彼らを敬い大事にしろと小さい頃から言われて育ったのである。見て見ぬ振りをするという選択はトビーには無かった。自分が見つかったらどうなるとか、そういうことはすっかり頭から抜けて、トビーは叫んだ。

「尼僧様が殺される!! 誰か助けて!!」

 必死で扉をこじ開けようと奮闘しながら、助けを呼んだのだ。


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