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神子と迷い子の姫君

 アレシアの容態も安定したので、キヨは平民達の収容先である大広間に向かおうとしていた。エルドシールとは今は別行動である。やはりというか、各地で同時多発的に暴動が起こったらしく、その対応に追われる王の隣にいることは立場的に無理がある。暴動の現場にいるわけでもなし、キヨが役に立てることもないだろう。そういうわけで人手不足だろう民の収容先に向かった。きっとキヨでも出来ることがあるだろうと踏んだのである。

 春宮殿から出て回廊を渡っていたら、見た事のあるお姫様が薬事院から出て来るのが見えた。

「えっ、フィリシティア姫だよね、あれ……」

 思わず立ち止まる。

 青いドレスの裾を持ち上げて蝶々さんのようにひらひらさせ、日の光にキラキラ輝く銀髪をたなびかせながら、走っている。いや、キヨからすれば到底走っているとは言い難いふらふらした様子で今にも転びそうな足取りだったが、いつもの優雅な歩く姿と比べれば、それは多分走っている。

 唖然として見ていると、急に蝶々が止まった。ふわっと裾を広げて座りこむ様は、愛らしくて童話の挿絵に出て来るお姫様のようだ。結い上げずに流しているだけの銀髪がまた妖精さんちっくだ。そして何やら打ち拉がれたように胸の前に両手を組み合わせ、祈るかのような仕草で細い肩を震わせているようだった。

 キヨはうーんと考える。

 あの姫君は筋金入りの箱入り娘である。これがチェルネイアやセリーヌだったらそっとしておくという配慮もとい見なかった振りで放置の選択も可能だが、フィリシティアだとちょっと心配である。どうやら護衛も連れていないらしいし。というか、おそらく護衛に回せるような人員の余裕は今無い。何だか様子もおかしい。

 というわけで、キヨは声を掛けてみることにした。

「どうされました?」

 声を掛ければ、目に一杯に涙を溜めて可憐な美少女がこちらを見上げて来た。

「あ、あの……わ、たくし……っ、うっ、ううぅっ」

 狼狽えた声で口ごもる美少女は、見る間に奇麗な青い瞳から涙を溢れさせた。顔を歪めるでもなく、無垢そのものの表情で見開かれた瞳から文字通り真珠のようにぽろぽろと涙が溢れるのである。

 妖精と見紛う儚いピュア系美少女に泣かれてしまい、キヨは慌てた。

 自分が悪いわけではないのに、罪悪感が半端無いのである。

「な、何かありました?」

 隣にしゃがみ込んで思わず頭を撫でて背中をさすってやると、これまた大きな瞳が一段と大きくまるくなってじっとキヨを凝視するのである。一時的に涙が止まったものの、そんな妖精姫の纏うキラキラエフェクト(幼い泣き顔バージョン)にキヨは顔を引きつらせて固まる。

「おかぁさま……」

 その可憐な唇から出た言葉に思わず内心、(なんでやねん!)と突っ込みを入れながらも、キヨは顔にも声にもそれは出さなかった。何故かキヨの胸に飛び込んで再び泣き出す美少女に肉体活動も精神活動も完全に一時停止していたからである。


 暫くして泣き止んだ妖精姫の手をしっかり握って、キヨは移動を始めた。正直、放っておいてもどうにかなるだろう貴族の姫君よりは、色々大変な現場を手伝った方がよっぽど世のためになるというのはキヨも分かっている。分かっているのだが、ここでこの姫を見捨てて帰るなんて、罪悪感が凄過ぎて絶対に無理だった。


 これでこの子十六歳なのよね。どうしよう、迷子の幼子を拾った気分なんだけど。どうしたらこんなに純情可憐にこの歳まで育つのか驚愕だわ。悪徳公爵の溺愛する娘だから傲慢で我が儘放題だと思ってたのに、脅威の純粋培養とか頭が混乱する。


 普段の態度とかエルドシールに対する反応とか見て、本当に深窓の姫君というのはキヨも何となく理解していたが、これほどとはとキヨは困惑する。だって、どう考えても物語的に悪役ポジションである。あの骸骨公爵が子育てに成功していたとはどうにも考えられないのだが、結果がこのピュア100%な姫君として存在する。

 大人しく手を引かれて着いて来る姿をちらっと振り返ると、赤くなった目元を隠すように恥ずかし気に俯く。

 

 何だこれ。男だったら胸キュンやばいよ。いや、女でもヤバいんだけど。どうしよう、この子可愛い。中立でいなくちゃいけないのに、肩入れしたくなる。困ったな。でも、この子をあの朴念仁のエディに奨めるのも微妙な気分。


 悩んでいる内にあっという間に春宮殿の前に差し掛かった。このまま真っすぐ行けば後宮である。後宮に送り届けてしまえば、後は侍女達に任せて良いだろうとは思う。思うのだが、キヨは何故か足が止まってしまう。

「フィリシティア様、お部屋に戻られますか?」

 振り返って問えば、妖精姫はぱっと顔を上げて眉毛をハの字にして大きな瞳で見つめてくる。その表情を読み解けば、“とっても悲しい”である。

「はい、お願いします」

 それなのに萎れる花のようにしょんぼりして小さな声で頷かれてしまったら、半端ない罪悪感再びである。キヨは遠い目をして溜め息を吐いた。

「そんな顔をされたら、帰せません。使用人の部屋にお通しするのは気が引けますが、フィリシティア様さえ宜しければ寄って行かれますか?」

 再びぱっと顔を上げた妖精姫は驚きに丸くした瞳をキラキラさせてキヨを見上げ、明らかに嬉しそうな雰囲気をかもし出した。

「はい、お気遣い有り難く存じます」



 当たり前だが、春宮殿は毒殺騒ぎもあったせいで警備体制が強化されている。慈母様と国王陛下の信頼の厚いキヨであっても、勝手にフィリシティア姫を春宮殿に連れ込むことは出来ない。もともとキヨの部屋にはモリーツがいるので、案内するのは無理である。というわけで、春宮殿の裏手にある第二侍女棟にやって来た。この第二侍女棟の住人は、春宮殿と後宮で働いている。ちなみに第一侍女棟の住人は本宮勤務である。

 さて、侍女棟一階には共同で使う施設が揃っている。厨房、食堂、浴場、洗濯場などである。一階の一部と四階には下働きとも呼べる下級貴族出身の侍女達の部屋が並び、二階には管理職にあたる女官達、三階は役付きの侍女や中級貴族出身の侍女達とそれぞれ住み分けている。

 ベルタも女官長次官になってから二階に二間続きの立派な部屋を持っているが、アレシアの部屋の控えの間にほぼ住み込み状態なので実質空き部屋である。キヨはモリーツを部屋に匿ってから、ベルタから状況に応じてこの部屋を好きに使って良いと言われている。おそらくエルドシールから何らかの指示がベルタにあったのだろう。ベルタの部屋にはバスタブがあるので、今朝は遠慮なく入浴させてもらった。今まではアレシアの入浴のお世話をした後、自分も入らせて貰っていた。流石に風呂に入る時は頭巾を取らないとならないので、侍女用の共同浴場は使えない。モリーツが来てからは着替えにもベルタの部屋を使わせてもらっている。

 というわけで、勝手知ったる他人の部屋。ベルタの部屋にフィリシティアを案内し、椅子に座らせた。濡れタオルで泣きはらした目元を冷やさせている間にお茶も準備する。備え付けの支給品のお茶なので、風味はいまいちだが気持ちを落ち着かせるには十分だろう。


「フィリシティア様、お茶をどうぞ。公爵家の姫君にお出しするには申し訳ない程の粗茶ではありますが、温かい飲み物はお心を落ち着かせますので」

「いいえ、ご配慮感謝致します」

 さっきと違って人形のように取り澄ました表情でお茶を受け取るフィリシティアに、内心キヨは首を傾げた。 暫く一人にしていた内に落ち着いたのか、

 さっきまで内心だだ漏れだったのに今はその整った美貌からは感情が読み取れない。何となく拒絶された気分になって、キヨはちょっと傷ついた。

 少しの沈黙の後、このままこうしていても仕方が無いと思い切って聞いてみることにした。すなわち、何故あんな所にいて、泣いていたのかということだ。

「落ち着かれたようなので、質問をさせて頂いて宜しいでしょうか?」

「はい」

「フィリシティア様は何故あのような場所で、泣いていらっしゃったのでしょう」

 すると固まったかのようにフィリシティアは黙り込む。この反応にキヨはいささか不安になった。フィリシティアが飛び出して来た薬事院に出入りしているのは男性ばかりだったように思う。王宮にいる以上、ちゃんとした出自の貴族達ろうが、全員がちゃんとした礼儀のある貴族かどうかは別の話だ。

「まさかとは思いますが、無礼を働く者がありましたか?」

「いいえ」

 すぐさま否定するフィリシティアにキヨはほっとするが、強ばったままの相手の様子を見ながら慎重に、なるべく優しい声で問いかけた。

「フィリシティア様の涙の理由を、教えて頂けませんか?」

 暫くの沈黙の後、フィリシティアの無表情が崩れて途方にくれたようなものに変化した。

「分からないのです……」

 ぽつりと呟くようなその声は、迷子のように心細げだった。

「何がでしょう?」

「どうして、泣いてしまったのか、どうして逃げ出してしまったのか、私、分からないのです」

 再び泣き出しそうな顔になるフィリシティアに、キヨは心臓をきゅっと掴まれるような心地だった。このビュア100%姫に泣かれると、自分がとんでもない悪人になった気がするので是非ともそんな事態は回避したい。

「まずは、どうして薬事院に行かれたのか、話していただけますか?」

 キヨは幼子に対するように、なるべく穏やかで優しい口調を心がけながらそもそもの発端から聞く事にした。


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