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それぞれの戦いへ4

 オーランドとセッペロ、それに近衛兵達を引き連れてエルドシールは民と右軍が衝突しているという場所へ向かった。表を行くのは難しいので、王宮の裏門から出て神殿脇に出る裏道を使った。

「陛下!」

 暗い道の向こうからの声に、警戒した兵達がエルドシールの前を固める。

「ドールーズ伯爵か!」

「そうでございます!神官長様はご無事でここに!」

 エルドシールが大声で問い返せば、闇の奥から馬の蹄の音とうっすらとした大小の影が見いだせた。

「行くぞ」

 前を固める兵達に声を掛けて再び駆け足で進み出す。

 程なくして合流した両者は、お互いの無事に一瞬安堵の吐息を零した。グラスローがドールーズに手を借りて馬から降りたが、その顔色は優れない。その立派な髭さえどこか草臥れたように見えた。

「神官長、無事で何よりだ」

「申し訳ございませぬ。よりによって上級神官から裏切り者を出すとは」

「謝罪は後にいたせ。それよりもドールーズ伯爵、フェンリール軍はあとどのくらいで王都に到達する?」

 グラスローは悄然として頭を垂れたが、エルドシールは軽く頭を振っただけで視線をドールーズに移した。その問いに、ドールーズは予め用意していたようにすらすらと答えて行く。

「報告された進軍速度からすると、明日の夕刻といった所でしょうか」

「途中で略奪行為などを行う可能性はあるか?」

「いいえ、それは無いでしょう。おそらく虐げられた民の救済が大義名分でしょうから。国境の関所でも、友軍として内密の作戦に参加しに来た、という体裁で通過を許可されているようです」

「やはりな」

 国境の警備は左軍の管轄だ。つまりゼットワース侯爵の管轄だったのだから、その位は雑作もないことだったろう。おそらく下っ端は本当にフェンリール軍を友軍として迎えたと思っている。何の為の友軍かといえば、極秘任務の為と言われてしまえばそれ以上は下っ端には問えない。

「一日も猶予無しか。少なくとも暴動を収めるまではフェンリールに介入されたくない。足止めの使者を送るか……」

 王都の民心をフェンリール軍に奪われるのは、是非とも避けたい事態だ。

「そうですな、相手が無視出来ない程度の地位を持つ人物となればデニスローン侯爵かガルニシア公爵か」

 そのドールーズの人選に、エルドシールはフェンリール軍が親征である可能性が高い事に気付いた。確かに高らかに正当性をうたうにはそれ相応の旗頭が必要である。本来なら宰相が赴くのが最上であろうが、レイゼン公爵では交渉の場で悪手を打ちかねない。他にそれなりの地位があり、実力もある者といえば武人としてそれなりの名声のあるデニスローン侯爵か、内政の要であり最も古く格式のあるガルニシア公爵家の当主ぐらいしか思い浮かばなかった。

「そういえば、デニスローン侯爵はあの場にいなかったが。今は何処にいる?」

 ふと思い出した詮議の場にも姿を現さなかった近衛兵団団長の事を聞けば、近衛兵達はもとより侍従のオーランドもセッペロも知らないと表情に出している。そんな中で、おずおずと声を上げた者がいた。後方にいた近衛兵の一人である。

「あのぅ……もしかしたら、自分は団長の居場所を知っているかもしれません」

「そうか、ならばそなたはドールーズ伯爵と共に行け。ドールーズ伯爵、神官長を王宮に届けたらデニスローン侯爵に事の次第を伝え、すぐにフェンリール軍の足止めに向かわせよ。もし見つからぬ時はガルニシア公爵を……」

 そこまで言って、ふとエルドシールは黙った。そしてその視線をオーランドに向けた。

「いや、オーランド。そなたが行け」

「陛下!」

「いや、ドールーズ伯爵、そなたの言いたい事は分かる」

 ドールーズの抗議の声に、すぐさまエルドシールは言葉を続けた。いかに名家の継嗣とはいえ、オーランドの役職は王付きの侍従、それに複数いる副宰相のみである。軽く見られるのは間違いない。

「ガルニシア公爵家の次期当主だとしても、立場が弱い事ことには異論は無い。しかし、オーランドは元は我の一番上の兄に仕えていた。フェンリールの姫との間の正当な世継ぎの君であられた兄上の右腕。つまりフェンリールの姫である王太后とも今はともかく昔はかなりの交流があったはずだ。指揮官が兄上の身内である王族であれば無下にはされまい」

 ふむ、とドールーズは意外な切り込みをするエルドシールの言葉を再考してみた。フェンリールの王族が感情的な側面で左右されることはないだろうが、体面は大事である。友軍としてフェンリール軍を招き入れるならば、招いた者は王、またはそれに準じる者でなければならない。そうでなければ、ゼッタセルドにおける進軍は侵略と見なされるであろうし、そうなれば他の諸外国の反発は計り知れない。フェンリールは大国ではあるが、かといって周囲の国全てが敵に回っても平気な程強大ではない。正当の理由無く他国に、ましてや聖地のあるゼッタセルドに進軍するには体面を整える必要がある。現王であるエルドシールがフェンリール軍を友軍として招くという事態はありえない。招いた者として他に正当性がある者は王太后くらいだが、王に準じるという意味では王位継承権の無い彼女では弱い。少なくともゼッタセルドの民から見れば、引きこもりの他国から嫁いだ王太后が民を憐れんで祖国から友軍を招いたなど茶番としか思えないだろう。それに、当たり前だが王太后の住む離宮には監視の目を常に光らせているが、本人が動く気配は全くなかった。つまり旗頭になる気はないのだろう。フェンリール軍が国境を越える時に合流するのが合理的であり理想的だが、密かに合流した気配もない。他に考えられるとすれば、詭弁ではあるが正当な後継者であった第一王子の遺志という建前だ。確かに王太子は民に慕われ、王太子も民を思いやる優れた王子だった。王太子の遺志を掲げるなら、おそらく民は心を動かされる。その王太子を良く知るオーランドを軽く扱うのは、建前上得策ではない。そこまでエルドシールが考えてオーランドを指名したのかどうかはドールーズには分からなかったが、一理あると納得した。

「成る程。陛下の御深慮、感服いたしました」

 ドールーズが納得したのを見ると、エルドシールは今度はオーランドに正面から相対した。

「オーランド」

「はっ」

 改まったエルドシールの重々しい呼びかけにすっとその場に膝を突いた。

「後ろ盾も血筋も能力も育ちも全て揃っていた兄上とは、我は違う。同じ道を行くのは不可能だ」

 突然の話の転換にオーランドは反応に迷う。己を見上げ逡巡するオーランドに、エルドシールは普段よりも力強い声で続けた。

「そのかわり兄上は決して選ばない、いや選べないだろう道を行く。我の掲げる理想は兄上のものとは違うだろう。その上でそなたの忠誠を問う。そなたは我の理想の為に共に歩む覚悟があるか」

 オーランドは思う。かつて共に夢を見た王太子殿下は太陽のような人だった。理想を語る瞳は陽だまりのように優しく、その声は闇を照らす篝火のように皆の心を捉えた。目の前の異母弟とは似ても似つかない。しかし、この不遇な王の揺るぎなさはどうだろうか。不遇を嘆くでもなく、優れた異母兄に敵愾心を燃やすでもなく、傾倒するでもなく、己が行く道を見つめている。その瞳には、燠火が燃えているのが見えた。静かに長く燃える火だ。

「……その理想の先には何がありましょうか?」

「民の安寧と幸福だ」

 その答えは建国以来のこの国の存在意義でもある。王太子殿下もそれを目指していた。

「行き着く先が同じならば、たどる道の違いなど然程問題ではございません」

「ならば、我と共に歩め。亡き兄上の遺志を継げ」

「御意!」

「ドールーズ伯爵、オーランドを補佐してやれ」

「承知致しました」

 そうして、二人はすぐに駆け出した。この上は一刻も早くフェンリール軍と接触せねばならない。その二人を見送って、グラスローは先程よりも生気を取り戻した様子でエルドシールに問う。

「陛下、この老いぼれには何が出来ますかな?」

「王城に来てもらう予定だったが……。キヨが母上毒殺未遂の容疑を掛けられてな」

「なんですと!?」

「いや、疑惑は晴れたも同然だ。思わぬ助力があったのでな」

「それはようございました」

 驚愕するグラスローだったが、すぐにそれはもうほぼ解決済みと知って安堵する。キヨは万が一にも敵方にその身柄を渡せない大きな爆弾だ。殺害さる事態はもとより、何が切っ掛けでその額の秘密がバレるか分からない。

「うむ、やはりそなたは王城でキヨと大人しくしておれ。あれは少々無鉄砲だから見ていてもらえると助かる」

 その時、元来た道の奥から疾走する蹄の音が聞こえて来た。一同に走る再びの緊張感、近衛兵達がエルドシールとグラスローの周りを固めた。だが、すぐに何とも言えない微妙な雰囲気に陥った。

「止めてぇ〜〜〜っっ!!」

「だから舌噛むから黙っていて下さい!」

「舌よりお尻っ! お尻が割れるぅっ!!」

 若い女の悲鳴と、それに苛立って怒鳴る青年の声が聞こえて来たからだ。

「……少々遅かったようですな」

 グラスローが苦笑すれば、エルドシールは眉間に皺を寄せて黙りこんだ。


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