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弁護の切り札2

「トラウス侯爵、私からも質問してよろしいでしょうか?」

「許可しよう」

「ありがとうございます。ゼットワース侯爵、キヨ尼僧見習いはマゼン海王国出身ですの?」

「ええ、これが神殿で管理されていたその者の身上書です」


 差し出された身上書を読み、そのあまりにも情報が少ない内容にセリーヌは内心で笑い出したい気分だった。私の予想は間違っていない。そうセリーヌに確信させる程に、キヨの情報は少なかった。

 落ち着きを取り戻したセリーヌは、それをゼットワース侯爵に返して小首を傾げた。


「これが、キヨ尼僧見習いが犯人だとする根拠ですの?」

「根拠の一つです」

「他の根拠もお聞かせいただいてもよろしいかしら?」

「ええ。トラウス侯爵、よろしいですか?」

「許可する」


食いつきの良くなったセリーヌに、一瞬ゼットワース侯爵は怪訝な顔をした。しかし、それをすぐに打ち消して快くと言った大仰な仕草で頷き、トラウス侯爵に許可を求めた。


 小娘め、何を企んでいる?


 許可されたので、先刻と同じようにキヨを疑うに至った経緯についてもっともらしく皆に聞こえるように説明をしながら、ゼットワース侯爵は警戒を強めていた。計画では、毒の種類が分かるのはもっと後のはずだった。毒味に引っかからなかったからくりも、己が苦心して調べ上げた末に披露するはずだった。予定通りならば既にアレシアは毒に命を落とし、尼僧見習いの命は己が摘み取っていたはずだった。王が叱責したように詮議無く殺害したとしても、後からぞくぞくとレイゼン侯爵、神官長に繋がる証拠が見つかるように仕組んでいたのだ。

 それでも、南の毒とこのように早く明らかになった以上、短時間の内に尼僧見習いを犯人として断罪しなければ成らない。味方に引き入れた上級神官は、尼僧見習いを葬り去る事を条件に協力を申し出た。あの尼僧見習いにどんな恨みがあるか知らないが、とにかく詮議の前に消せと何度も念を押していたのが今になって気に掛かっていた。その詳しい理由を問いただしたが、黙りを決め込んだ相手にゼットワース侯爵は追求するのを止めた。その時は瑣末なことに思えたのだ。

 たかが尼僧見習い一人。

 そう思えばこその油断だったかもしれない。

 そのたかが尼僧見習い一人を殺さんとした己に王は激高し、近衛兵に粗略に扱う事を禁じた。

 こうして今、尼僧見習いを追いつめるべく不利な状況証拠を積み上げている間も、じわりとした嫌な焦りを感じる。目の前で己の弁舌に耳を傾ける小娘は、状況からして尼僧見習いの味方をしてくるはずだ。何故こうも落ち着いているのだ?


「お伺いしたいのですけれど、その上級神官とおっしゃる方は本物ですの?」


 そして、話終えたゼットワース侯爵に投げかけられた問いは、全く予想もしないものだった。


「それは間違い無いかと。セリーヌ嬢もお会いになればご存知の方のはずですよ」

「でも、その上級神官は『この身上書』を不審に思われて侯爵に相談なさったのですよね?」

 念を押すように尋ねるセリーヌにゼットワース侯爵はざわりと嫌な予感がした。『この身上書』を不審に思う上級神官の、何がおかしいというのか。見当のつかないままセリーヌの問いに頷いた。

「それはやはりおかしいと思いますわ。下級神官ならともかく、上級神官が『この身上書』を不審に思うのは解せません」

 それはどういう意味かと問いただそうとした所で、扉を叩く者があった。

 王付きの侍従ラロースが、セリーヌの望んだ品を用意して帰ってきたのだ。




「ラロース、それは何だ」

 ワゴンを押して現れたラロースに、エルドシールは不審な顔をして問う。ワゴンの上には掌にのる程の、同じ意匠の木製の小箱が三つ載っていた。ワゴンの中段には、黒い布を描けられた何かがある。

「はっ、これらは温室の植物から採取した種等を保存している倉庫から持って参りました。セリーヌ様のご依頼です」

 その返答に、エルドシールははっとなってセリーヌを見た。どうやら、この才女の胸の内には状況を打開する策があるらしい。その事に顔が緩みそうになるのを堪えながら、エルドシールは厳しい顔のまま言葉を放つ。

「セリーヌ嬢、どういうことか説明せよ」

「はい。おそらく説明するにあたって必要になるだろうと予想いたしましたので、時間を無駄にしない為にも予め用意をお願いしたものです。何を説明するかは、ご覧になって頂いた方が早いかと。ラロース様、とおっしゃったかしら。種の入った箱をこちらにお持ちください」

 セリーヌは任せてと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべ、ラロースにトウラス侯爵の前へワゴンを運ぶように指示した。そして、周囲にも見えるようにしてワゴンの上の三つの箱を指し示した。


「この三つの箱にはそれぞれ一種類ずつ植物の種が入っております。何の種かは、箱の上蓋の裏に貼付けた紙に書いてありますので、この状態では何の種が入っているのか全く分かりません。ラロース様、私があなたにどのようにお願いしてこれを用意してくださったのか、皆様に説明してくださいませんか?」


 ラロースはその場の緊迫した雰囲気に呑まれそうだったが、話の流れからも、セリーヌ嬢から指示された内容からも、自分の証言はかなり大事なものになるとのだろうと確信し、緊張に乾く唇をそっと舐めてから口を開いた。

「はい。同じ大きさの三つの箱をまず用意するように言われましたので、それは私が用意いたしました。それから倉庫を管理している者に適当に三種類の種を選んでもらい、それぞれ箱の中に入れ、上蓋の裏にそれぞれ種の名前を書いてもらうというご依頼でした。その際、私は何の種が選ばれたのか知ってはならないとの条件でしたので、セリーヌ様の依頼内容を管理者に伝え、用意が整うまで倉庫の外で待機しておりました」

 しっかりと肝要な部分を漏らさず説明したラロースに、セリーヌはほっとしつつ良くやったと労うように頷き、それから一同を見回した。

「皆様、ラロース様の説明にある通り、ここに居る誰一人として箱の中身が何の種なのか知らないのは明白です。それについて、異議のある方はいらっしゃいますか?」

 勿論、誰からも声は上がらない。一体何が始まるのかと困惑したような空気が流れている。

「セリーヌ嬢、一体何をしようと言うのだね?」

 その空気を代弁するかのように、トラウス侯爵は眉根を寄せて厳しい口調で問う。それに対し、セリーヌはしっかり頷いて揺るぎない態度で相対し、右の掌を差し出した。

「今からそれをお見せしますわ。トラウス侯爵、この中のどれか一つ箱を選んで私の手に載せて下さいませ」

 訝しげにしながらも、トラウス侯爵はワゴンの上から一つの小箱を選び、差し出されたセリーヌの上にそれを載せた。

 一呼吸程の僅かな時間、セリーヌは目を伏せた。ただそれだけだった。

 そして、確信を持って口を開く。

「中身は白瓜の種ですわ。開けて確かめて下さいませ」

 何を言っているのかとざわつく周囲を片手を上げて鎮め、トラウス侯爵は慎重にその小箱をセリーヌの手から取り上げ、蓋を開けた。そしてその蓋の内側に張られた紙を見て驚いて声を上げた。

「何と……! どういう事だ?」

 正解だったのかとざわめく周囲の中、動揺した様子でトラウス侯爵はエルドシールを振り帰り、その蓋を手渡した。

 エルドシールはそれを一瞥すると笑みが浮かびそうになるのを堪え、しかめっ面でその内側が皆に見えるように掲げた。

「この通り、蓋の内側には白瓜と書かれている」

 エルドシールが宣言すると驚きにざわめきが大きくなった。エルドシールには、この時点でセリーヌの策がだいたい読めており、大いに助かったと胸を撫で下ろしながら、セリーヌの特殊な能力を証明した小箱の蓋を隣に控えていた侍従のマリーセンに渡す。マリーセンは自身もその内側に張られた紙を確認してから一番近くに控えていた重臣の一人にそれを手渡し、確認したら隣に回すようにと促した。そうやって、この場のものに証拠の確認を共有させるのだ。

 それでもまだ疑わしい目を向けるものもいる。目の前でみていたトラウス侯爵もその一人だ。トラウス侯爵は残った二つをじっくり見つめた上で、一つを選んで再びセリーヌに渡した。周囲のざわつきを再び片手を上げて制し、徐に問う。

「では、これは?」

 セリーヌは落ち着いた仕草で先程と同じように僅かな時間目を閉じ、その後確信を持って告げた。

「ラダ麦の種ですわね」

 張りつめた静寂の中、トラウス侯爵は再び小箱を手に取り戻して蓋を開けた。無言のままその内側を確認して、それをエルドシールに渡した。

 エルドシールは無言でそれを確認すると、それをマリーセンに渡し、更にマリーセンが重臣達に渡す。

 蓋の内側に張られた紙に書かれたのが、間違いなくラダ麦だと確認する度に驚きの声が上がる。一度なら偶然もあるだろうが、二度目となればそうも言えない。これは一体どういうことなのか。父親であるガルニシア公爵の様子を伺うものも多かったが、公爵本人は難しい顔をしてセリーヌを見つめるばかりであった。

 一通り小箱の蓋が皆を回ったのを確認し、エルドシールは口を開いた。

「トウラス侯爵、そろそろ良かろう」

「ではセリーヌ嬢、このような事をした理由を説明せよ」

 エルドシールの言葉を受けて、トラウス侯爵はセリーヌを促した。


 セリーヌは一度深々と礼をしてから周りを見回してゆっくりと口を開いた。このような場で禁忌を破るのは覚悟がいる。冷たくなる指先をぎゅっと握り込んで声が震えないように力を入れた。

「皆様、私はガルニシア公爵の娘ではありますが、キシェラ男爵家の直系でもあります。キシェラ男爵家の女は代々神子の遺産を受け継いできました。その神子の遺産とは、“植物の心”を聞く能力です。先程のように直接触れなくとも近くにあればどのような植物の種か分かるのです」

 一瞬水を打ったように静まり返る室内。そして再びの驚愕によるざわめきが周囲から沸き上がった。

「なんと……! し、しかし、それと今回の件に何の関わりが?」

 さすがに予想外に過ぎたセリーヌの発言にトラウス侯爵は目を白黒させながらも、本筋から逸れまいと語気を荒げた。

「えぇ、今から説明いたしますわ。血に受け継がれる神子の遺産は固く秘されるのが普通です。私も幼少の頃より固く戒められて参りました。ですが、同じ神子の遺産を受け継ぐ者が無実の罪で裁かれることは忍びなく、あえて禁を犯しました」

 再びのセリーヌの発言にざわめきが大きくなる。そして、ゼットワース侯爵は顔を強ばらせてセリーヌを憎しみの籠った目で見つめた。

 その視線に気付かぬふりでセリーヌは床に座らされたままのキヨに歩み寄り、その手を取って立ち上がらせた。キヨもセリーヌの意図を悟っているのか、微笑みかけるセリーヌに強ばった表情ながらもぎこちなく頷いてみせた。それを止める者も今はいない。キヨを手荒に扱った近衛兵達も困惑した顔でキヨと、そのキヨを犯人として告発したゼットワース侯爵とを見比べている。

 そして予想外の展開にどうしたものかとトラウス侯爵はエルドシールの顔を窺い、エルドシールは頷いて一歩前へ出る。トラウス侯爵はエルドシールの意を察してその後ろに下がった。

「セリーヌ嬢、そなたはその尼僧見習いが神子の遺産を受け継ぐ者であると言うのだな?」

「はい、陛下。当然上級神官であればあまりにも情報が少ないこのような『身上書』を見た場合、真っ先に考えるのは神子の遺産を受け継ぐ者の可能性のはずです。ですから私、何度も念を押してお聞きしたんですのよ、ゼットワース侯爵」

 その哀れむようなセリーヌの眼差しに、ゼットワース侯爵は今すぐにでもその賢しらな顔を切り刻んでやりたい衝動に駆られた。

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