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弁護の切り札1

 さて、どうしたものかしら。


 アレシアの部屋から詮議の場となっている部屋まではそれほど遠く無い。その短い距離を歩く間にセリーヌは戦略を練らねばならなかった。

 付け入る隙を見せない為にはどうすれば良いか。一つ一つ考えられる限り難癖を付けられる可能性のある点をつぶして行く。

 それは薬草学にも似ている。薬は本来全てが危険であるとも言える。服用量を間違えば、薬どころか毒になる場合も少なく無い。あからさまな副作用のあるものもある。それを打ち消す成分を共に調合することで副作用を打ち消す、または緩和する。しかし、その打ち消す成分がまた別の悪さをする事もある。そのさじ加減を見極める為に、薬草学の研究者は何度も実験を繰り返し、あらゆる状況を想定して慎重に慎重を重ねて最終的な配合を決める。命が掛かっているような病気の場合は、薬も命に関わるような強い作用を持つものが多いから尚更だ。


 おそらく私の発言次第で、キヨの命運を決めかねない事になる。

 上手くあの事を証明できれば良いけれど、おそらく無理矢理にでも綻びを見つけて強引に有罪に持ち込むくらいのことはゼットーワース侯爵ならするでしょうね。ならば、そうさせない為にはどうすればいい?


「やっぱり、百聞は一見に如かず、よね」

「は?」

「何でもありませんわ。それより、頼まれて下さいませんか?」


 同行してくれている侍従にセリーヌはにっこり微笑んで、戸惑う彼に強引に頼み事をした。




 エルドシールとしては、キヨを助けるのは最終的には簡単だった。キヨが頭巾を取って額に巻いた布を外せば良いだけである。ただ、その後の騒ぎを考えると最終手段にせざるを得ない。何よりキヨがそう望んでいる。だが、この圧倒的不利な状況をどうすれば良いのか、内心途方に暮れるばかりだった。

 血走った目でゼットワース侯爵を睨むレイゼン公爵、それを悠然と見下すように薄笑いさえ浮かべて眺めるゼットワース侯爵とその一派、立ち位置を決めかねて沈黙する者。様々な思惑が瘴気のように部屋に渦巻いているような、異様な雰囲気の中、セリーヌ嬢の到着が告げられた。

 普段身につけている地味な深緑のドレスを纏ったセリーヌは、緊張と疲労のせいか若干やつれたような顔をしていた。しかし、その両目は何とも言えない決然とした強さをたたえ、皆の前で優雅に一礼してみせた。

「ガルニシア公爵が三女セリーヌ、御前に失礼いたします。御典医は手が離せぬとのこと。陛下におかれましてはお母君のご容態大変お気掛かりかと、出過ぎた真似とは存じますがご説明に参りました」

「顔を上げよ、セリーヌ嬢」

「はい」

「皆の者、セリーヌ嬢は母上に仕掛けられた毒の正体を医師に先んじて見破った。また、解毒に用いられる薬草についても温室にて探し当てた。今回の一件について発言を許可したいと思うが、異議のある者はいるか?」

 沈黙で答える一同をエルドシールは見渡し、セリーヌに向かって頷いてみせた。

「発言をお許しいただき、身に余る光栄でございます」

「よい。早速だが、母上の容態はどうか」

「はい。慈母様におかれましては一つの峠を越されたかと。御典医の言葉によれば、このまま治療を続ければ明日にも意識を取り戻されるだろうとのことです」

 セリーヌの報告に、安堵のざわめきが室内に走った。

「そうか、良かった」

 大丈夫だとは思っていたが、こうして報告されるとエルドシールは体のこわばりが一気に解けたような気がした。エルドシールの視界に映るキヨも、安堵の涙を浮かべて感謝し祈るように胸の前で手を重ね合わせていた。

 さて、この場を誰に仕切らせるかだ。本来なら、この場で対立しているレイゼン公爵とゼットワース侯爵以外の巨頭であるガルニシア公爵に白羽の矢が立つところだが、実の娘であるセリーヌ嬢が参考人であるため具合が悪い。何人かの候補の間で迷ったが、すぐ後ろに控えていた典礼大臣を振り返った。

「では、詳細を聞くとしよう。トウラス侯爵、そなたに任せる」

「はっ」

  トウラス侯爵は王宮の仕来りと儀礼を司ってきた一族の長で、典礼大臣の任にある。髪には一面霜が降りた老人はレイゼン公爵の派閥の一人と目されているが、いわゆる穏健派であり、ガルニシア家とも姻戚関係にある。身分から言っても、この場を取り仕切るのに妥当な人選だったろう。

 前に進み出たトラウス侯爵は仕来りに従って右手を掲げた。それに対しセリーヌは両膝を着き両手の手のひらを上にしたまま斜め前に掲げる。

「汝、セリーヌ・ファレ・ガルニシア、嘘偽り無く真実を述べる事を誓うか」

「誓います」

「至高なるその御名は」

 トラウス侯爵はセリーヌの右手を指して問う。

「尊き御名はキア、その御心に添うべし」

「全うせざる時は」

 答えたセリーヌの左手を次に指して問う

「我が卑小なる命、天に捧ぐべし」

 宣誓を終えると、セリーヌはゆっくりと立ち上がった。右手の上には信仰心、言い換えるなら魂を、左の手には自分の命を載せ、両方を掛けての誓いは本来神殿にてキア神に仕えるため出家する時のものだ。他国では出家時以外には神殿での結婚式か洗礼式の時くらいしか使われない。だが、聖地であるこの国では法廷や政治の場でもこのように頻繁に使われる。

 王のプライベートな居間であった部屋は、その用途からお茶と軽食を楽しめる程度の瀟洒な小卓と、ゆったりと座れるソファが一対あるだけである。広さだけは四十人ほどの大人が入っても問題ない程度であったが、座る椅子が無い為、書記の任を引き受けた副宰相の一人以外は立ったままぐるりと中央のトラウト侯爵とセリーヌを囲んだ。

 人垣との間はそれなりに開いていたが、圧迫感にセリーヌは少し胃が痛くなった。

 そうしているうちに、近衛兵に両脇を固められたキヨが前に引き出され、トラウト侯爵から見て左横、セリーヌから見て右横に膝を着いて座らされた。縛られてこそいないが、おそらく掴まれていた両腕は痣になっているのではないだろうか。セリーヌがそう思う程、キヨの扱いは乱暴だった。実際、膝を着いて座らされたというより、突き飛ばされて転んだように見えた。


 不味いわね。


 セリーヌは内心少し焦った。おそらくこの場の人間の大半はキヨは有罪だと思っている。既にキヨにとって不利な証言がなされた後なのだろう。その内容が気になったが、今聞くのは時機的に良く無い。

「これより尼僧見習いキヨの慈母様毒殺の疑いについて詮議を始める。この件についてセリーヌ嬢に質問がある方は?」

「では、私が」

 思った通り、ゼットワース侯爵が名乗りを上げた。

 先ほどのセリーヌと同じように宣誓する。

「ゼットワース侯爵、質問を初めて下さい」

 トラウス侯爵に促され、ゼットワース侯爵はセリーヌに向き直る。

「まずはセリーヌ嬢、毒の正体をいち早く見破り慈母様のお命をお守りしたそのご慧眼、誠に素晴らしく賞賛に絶えませんな」

 言葉とは裏腹に、その両目は憎々しげな光に満ちている。負けるものかとセリーヌは腹の底に力を入れた。

「まぁ、そのような言葉、卑小な女の身には恐れ多いお言葉でございますわ。たまたまキアのお導きか閃いただけですのよ」

「いやいや、たとえそうだとしても、知識あってのことでしょう。剣を振り回すしか脳の無い私にはただただ感服するばかり。この度もセリーヌ嬢の素晴らしい知識をお借りしたい」

「私に答えられることでしたら、何なりと」

「では、まず毒の正体についてお聞きしたい。出来るだけ詳しく」

「はい。毒の名は通称で『甘美なる誘惑』、キネレイという薬草から取れる砂糖に似た物質です。そのまま口に入れれば毒にはなりません。ある条件を満たすことで猛毒に変化します」

「ほう、ある条件ですか」

「はい。熱が加わることが条件です。花茶に砂糖として使用した為に、花茶の熱で猛毒に変化したのでしょう。通常、毒味の場合はお茶と砂糖は別々にしますから、盲点を突かれた、ということですわ」

「ほう、盲点、ということはその毒は我が国では使われた試しが無いという事ですな?」

「そうですわね。使われたことがあったとしても、毒の正体が特定できなかったのかもしれません。少なくとも、キネレイの毒が使われたという記録は無いのでしょう。あればお茶に砂糖を入れた状態のものも毒味されるようになっているでしょうから」

「つまり、珍しい毒であると」

「その通りです」

「では、キネレイの毒の入手経路は推察できますか?」

「そうですわね、キネレイの乾燥させた葉は湿布の原料となりますから、薬問屋には在庫があるかと思いますわ。

 ただ、毒の原料となる部分は通常流通していない根ですので、手に入れるとしたら自生している地まで行かねばなりません。キネレイは南方の植物ですが生育環境の条件が厳しく、自生している地域が限定的です。多年草で人の背丈程にもなる為、葉の部分はそれなりに流通量がありますし、湿布の原料としては南では知名度がありますが、地元の人間でなければ根が毒になるとは知らないでしょう。その精製方法もです。

 私が知っている限りでは、アテンムール国の海岸沿いに広がる密林、マゼン海王国のバトゥガ島くらいでしょうか」

「マゼン海王国! なるほど、皆様お聞きになられたか? 地元の人間しか作れない毒ということです。キヨ尼僧見習いの出身地なのは果たして偶然と言えますでしょうか?」

 セットワース侯爵は“マゼン海王国”の名がセリーヌの口から出るのを待ちわびていたのだろう、大げさな仕草で周囲に主張してみせた。


 何ですって、キヨの出身はマゼン海王国なの? 


 セリーヌは思わずキヨを見た。確かに南の民の特徴がある。しかし、セリーヌはずっとキヨをゼッタセルドの人間だと思っていた。キヨは言葉に南方の訛りが全くないのだ。それどころか、他国人からすればゼッタセルド訛りとも言うべき独特の抑揚で話す。だから自分の証言がキヨにとって不利になるとは夢にも思わなかったのだ。

 セリーヌは焦った。雰囲気的にこのまま有罪となりそうな嫌な感じが周囲から察せられた。このままではまずい。


 あの侍従、遅いわ!

 何をやっているの?


 苛立ながらもセリーヌは努めて穏やかな笑みを浮かべた。

 そして、冷静さを取り戻そうとことさらゆっくりと呼吸をしてから次の一手を打つ為に口を開いた。



お久しぶりです。長々とお待たせして申し訳ありませんでした。

再開後も更新速度は亀予定ですが、お付き合いよろしくお願いします。

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