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召還〜神子のお告げ〜

 きっぱりと神子の口から伝えられた事実に一同は呆気にとられた。それはそうだ。神子とはその絶大な力で民を助ける者というのがこの世界の常識であるし、そういう者であるから神子と尊ばれるのだ。


「私はね、キア神からの伝言を伝える為に来たの」


 そんな一同の驚愕を何故か満足げに見渡すと、おもむろに口を開いた。


「人間で解決出来ることは自分たちでどうにかしなさい。くだらない理由で召還をするならば、召還そのものを出来なくする。そうなれば本当に神の力でしか解決出来ない様な災厄が起きた時、そなた達に未来は無い。以上がキア神からの伝言です」


 神子の口から出た言葉に心当たりがあり過ぎるだろう神官長は、畏れ入ったとばかりに再び頭を下げて平伏した。国王も己が当初抱いた憤りを思い出して微妙な顔になる。いつの間にやら自分も神頼みに期待していたと気付いた居心地悪さに、溜め息が出た。


「それで、あなたは誰?」


「……ゼッタセルド国王、エルドシール・ドラクロム・ゼッタセルドだ」


 不意に己に向けられた黒く輝く眼差しに、エルドシールはにわかに緊張する。グラスロー相手にあれだけ高飛車に出た相手だ、平伏しなかった自分にどんな皮肉を言ってくるかと身構えた。


「そう。あなた独身?」


 またしても神子の口から出たのは予想外の問いで、エルドシールは絶句した。そんなふうに国王に対してあからさまに聞いて来る者はまずいないということもある。が、それ以上に真意が全く分からなかった。女性にそう聞かれたなら相手が己に気があるのだと分かる程度にエルドシールは世慣れしていたし、己の容姿の良さもそれなりに自覚があった。しかし神子にはそういった時に女性が発する色気が皆無だったのだ。


「もしあなたが既婚で、そもそもその気が無かったら申し訳ないんだけど、一応言っておくわ。私は結婚は一生しない。特に権力者とは絶対に無い」


 答えないエルドシールに焦れたのか、これまた予想外の断言がその口から放たれた。その断言に言われた本人以上に激しく反応した者がいた。


「神子様……!!」


グラスローはまだ当初の計画を捨てきれないのか、老体とは思えない素早さで立ち上がって神子に駆け寄り、その足下に縋った。


「神子様、どうかこの国のために王妃として……」

「キア神はこうもおっしゃっていたわ。神官は本来の神官の職務を忘れている。近頃は私の声が聞こえる程の信仰心を持たぬ者ばかりで困ったものだ、と」


 哀れな老人の声を装って懇願される内容をすっぱり遮って言い放たれた言葉は随分と辛辣だった。さすがのグラスローも最後まで言う事が出来ず黙り込むしかなかった。慈悲の塊だと言われる神子の情に訴える方法も失敗に終わったのである。


「くく…っ、ははははははっっ!! グラスロー、そなたの負けだ。そもそも神子様を利用しようというのが無礼極まりない話ではないか」


 突然笑い出したエルドシールに神官達がぎょっとして振り返る。エルドシールにしてみれば何時も自分を丸め込んでしまうグラスローが翻弄されている様子が愉快でならなかった。そしてまた、やはりこの国を立て直す事に神を頼るのは間違っていたと改めて思った。神子の真意は未だ掴めないものの、神の御心を知る事が難しいのと同じ事だろうと納得した。


「して、神子様はこれからどのようになさるつもりか?」

「私は京子。鈴木京子よ」

「キオーコ?」

「キョウコ」

「キ、ヨ−コ?」


 エルドシールは聞いた事の無い名前と音に戸惑いながらも、慎重に神子の声をなぞる。自分では上手く出来た様に思えるのだがどうも違うらしく、神子は首を傾げた。


「こっちの人には発音難しいのかしら。キヨで良いわ」

「キヨ様」

「……なんだか本当に神子様になった気がして来たわ……」


 ぼそりと呟かれた言葉の意味が分からずエルドシールが怪訝な顔をすると、神子は軽く首を振って苦笑した。


「何でも無い。それでこれからの事なんだけど、女性でも神官になれる?」

「なれるが、それにはまず尼僧として修行を積まねばならん」

「では見習い尼僧の身分を用意してくれれば良いわ。額の宝石は隠して一般人として後は適当にやるから」


 そう神子が告げた瞬間、それまで大人しくしていた神官達が色を失って騒ぎ始めた。


「見習い尼僧など、とんでもない!!」

「私はあなた達に話して良いと許可してないわ」


 鬱陶しげに彼らを一瞥する眼差しにひるまず、神官長は無謀にも神子の手を握る。


「いいえ、神子様! これだけは! 御身がどれほど尊いかご存知ない! たとえその額を隠したとしても何処から真実が漏れるか分かりません。見習いでは警護もままなりません。せめて上級神官として……」

「あ〜、はいはい、その尊い御身を思惑通りに動かそうなんて思わないことね。尊きキア神も笑ってるわよ。たとえ私がどこぞの国に攫われようと、私がやるべき事は決まっているの。はっきり言えば別にこの国に固執する理由はないのよ。命の危険からならこの石が守ってくれるし」


 またしても最後まで神官長に言わせず、放たれた言葉はエルドシールから見ても暴言に思われた。少々神官達が可哀想になる。色々問題はあるものの、彼らの国を思う気持ちに偽りは無い。たとえその気持ちが純粋でなくとも。


「なんと……長くシーラ教を国教として大事にしてきたゼッタセルドを見捨てるとおっしゃるのか……!」


 案の定打ちひしがれた悲鳴を上げる神官長はじめ神官達。このままでは不味いな思ったとエルドシールは失礼、と一言声を掛けて神子を強引にマントごと抱き寄せた。そのまま神官達から十分距離を置けるところまで連れて行く。


「王様、あなたも神官達と同じ意見?」

「いや、我は最初から神子召還には乗り気ではなかった。そなたの言う通りくだらないと思ったし、神頼みはご免だと思っていた」


エルドシールの意図を悟ったのか小声で不機嫌そうに問い掛けた神子は、返答を聞くとほっとしたように笑みを見せた。


「良かったわ、やっぱりあなたとは気が合いそう」


神子からそんな評価を得ていたとはと、エルドシールは嬉しく思いながらも言う事は言わねばと気を引き締める。


「しかし、王としてはそなたが他国に攫われる事には賛成出来ぬ。今我が国は余り良い状況ではない。神に見放されたと侮られれば、我の命どころか国そのものが危うくなる」

「うーん……、まぁ王様としての言い分は理解出来るわ」


 気性が激しいようだが他人の意見に耳を貸す姿勢はあるらしいとエルドシールは安堵し、そのまま話を続けた。


「だが神子様の望みを無下にしてはいずれ本当に見放されるとも限らん。そこでだ、我が母のところへ行かぬか? 母上は修道院で修道院長を務めておられ、そこならば母上の警護官も常駐している。表向き希望通り尼僧見習いとして過ごすことは可能だ。それから……神子であるキヨ様にこんな事を言うのは無礼かも知れぬが、神官達の顔も少しは立ててやれ。彼らの有り様は神子にとっては腹立たしいものかも知れぬが、国を思う気持ちは王としては有り難い事なのだ。味方は多いに越した事は無い。味方にしないまでも、敵にする事はキヨ様のためにもならない」

 

 じっと見つめていると吸い込まれそうな漆黒の瞳を見据え、エルドシールは心を砕いて話した。伴侶にはなれずとも、この存在をこのまま手放すのは惜しい。


「……分かったわ」

 

 多少は怒りをぶつけられるかと覚悟していたが、エルドシールの予想に反して何故か恥ずかしげに目を逸らして居心地悪そうに一歩離れた。それから二人の様子を見守っていた神官達に向き直り、表情を先程の自信に満ちたものに変えて口を開いた。


「神官長。私は王のご生母である修道院長の元へ身を寄せます。陛下のご生母の警護官も常駐しているし、危険は少ないはず。心配なら独自に尼僧としてでも警護を任せられる者を寄越して構わないわ。ただし、私が神子だと拷問されても話さない様な口の堅い人間にしてね」


 かくして召還に関与した人間と秘密を知る事を許された少数の人間のみがその存在を知る神子は、一尼僧見習いとしてこの世界に居場所を得たのである。



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