波乱4
「私、メレデス・ガレ・ゼットワースは、ここにいるキヨなる尼僧見習いをアレシア慈母様毒殺未遂の犯人として告発し、合わせてそれに関わったと考えられる宰相レイゼン公爵、並びにグラスロー神官長を告発する」
春宮殿に集められた政治の中枢に関わる面々の前で、ゼットワース侯爵は言い放った。
「何と! 何を証拠にそのようなことを!」
激高するレイゼン公爵は、痩せた元々病的な青白い顔を更に青くして怒りにぶるぶると拳を震わせた。他の者達も、突然の侯爵の爆弾発言に騒然となった。近衛兵に両腕を取られたままのキヨも蒼白になって、唇を噛み締めている。
「静かに。左将軍ゼットワース侯爵、その根拠を聞こう」
一同を静かにさせ、エルドシールは固い表情で続きを促した。
「は。実は、上級神官の一人から相談を受けたのがそもそもの始まりでした。その者が申すには、慈母様付きの見習い尼僧キヨなる者の出自が怪しいということでありました。神殿が管理しているキヨなる者に関する書類をその者が証拠として私に渡してくれたのですが、この書類はグラスロー神官長が自ら書かれたものでした。こちらをご覧下さい」
ゼットワース侯爵は懐から折り畳んだ紙を取り出し、そのままそれを差し出した。侍従のラロースがそれを受け取り、王の元へと運ぶ。
エルドシールがその紙を開くと、そこにはキヨについて適当にねつ造した出自が書いてあった。
名前の欄にはキヨとだけあり、出身は南のマゼン海王国、備考には流民、黒髪黒目とだけ記されていた。
「それに記載されているキヨなる人物は、マゼン海王国出身の黒髪黒目の流民としか書かれておりません。勿論流民であれば、詳しい出自が分からないのも仕方無いことですが、このキヨなる者は尼僧見習いになってまだ日も浅い。書類の日付は先々月の二十八日となっています。二ヶ月にも満たない。その大半を王宮に上がる為に養女となったドールーズ伯爵家で過ごしている。お立場の重い慈母様の側仕えとするには、余りにも尼僧見習いとしての期間は短く、身元も怪し過ぎるとは思いませんか?」
一同を見回すゼットワース侯爵は不敵な笑みを浮かべた。
「日数的に考えれば、慈母様とキヨ尼僧見習いの関係は王宮に上がった時点でほぼ初対面のはず。キヨらしき人物がそれ以前に修道院に出入りしていたという話も、調べましたが一切ありませんでした。その様な者がなぜ、陛下と慈母様の信頼を得たのか。それは、神官長の強い推薦があった。違いますか、陛下?」
問いかけられたエルドシールは、相変わらず無表情を貫いて問いには答えず、先を促す。
「……それで、何故それが母上の毒殺に結びつくのだ?」
「勿論、怪しいと思い調べてはおりましたが、何も無ければ特にそのこと自体に罪はありません。ですが、警備も厳しく、内部での毒味の体制も整っている春宮殿内で毒を盛ることが出来た者で、怪しい者といえば、この尼僧見習いしかいません。聞けば、その者は毒味を担当していたと言うではありませんか」
そこで一旦話を切り、ゼットワース侯爵は懐から先ほどとは別の書状を取り出し、ラロースに渡す。
「そこにこの手紙です。どうぞ」
エルドシールの手に書状が渡ると、ゼットワース侯爵は自信満々の態度で恭しく頭を下げた。
そして、その手紙の内容を読んでエルドシールは顔色を変えた。名前は伏せてあるが、それは明らかにレイゼン公爵から神官長へ宛てたと思われる内容で、筆跡もレイゼン公爵のものに見えた。アレシアを殺害して王を精神的に追いつめ、最近活発に実権を取り戻そうとするかのような動きをする王に元の傀儡王戻って頂く。そしていずれは王も暗殺してレイゼン公爵家が王家に取って代わるという陰謀を暗示する内容だった。
エルドシールは読み終えると、それを傍に控えていた財務大臣であるガルニシア公爵に渡す。他の大臣達がその周りに集まり、その内容に驚愕し、ある者は強張った顔で、ある者は皮肉めいた笑みを押し隠してレイゼン公爵を見た。
暗殺された前々神官長がレイゼン公爵と繋がり、王家に取って代わろうとして次々と王子達を殺害したという疑惑があったことは、政治の中枢に関わるこの場にいる面々は誰も表立って言った事はないだけで、皆知っている。そして、キヨの養父となったドールーズ伯爵がレイゼン公爵の子飼いの部下であることも良く知られていた。
「しかし、それに何故神官長が関わるのだ? この手紙の内容が真実だとして、神官長に何の益がある?」
「神殿の政治への影響力を強める為でしょう。特にグラスロー神官長は聖職者でありながら権力欲が強く、強力な支配体制を神殿内に構築し、色々と黒い噂もあるのは周知の事。その上、最近は民の窮状を訴える名目で政治にまで口出しし始めていたことも、周知の事」
「違う!」
エルドシールに淀みなく答えるゼットワース侯爵の斜め向かいで、密書を読んだレイゼン公爵が叫んだ。そして、エルドシールの前に転がり出るように跪いた。
「違う! 私は断じてこのような手紙は書いてなどおりません! 陛下、私は罠に陥れられようとしております! そうだ、これはゼットワース侯爵の陰謀ですぞ! おのれ、軍人風情が! お前の三男が休暇願いを出して行方知れずなのを知っておるぞ! あの三男はかの偽物姫の侍女とこそこそ密会しておったのも知っているぞ! そうです、陛下! その侍女こそが犯人ですぞ! だいたい私は陛下からの手紙でその尼僧見習いの養父としてドールーズとの養子縁組に口添えしたのみ! 断じてその尼僧見習いなどとは関係無い! 全てゼットワース侯爵の陰謀です!」
目をぎらつかせ、悪鬼のごとき表情でゼットワース侯爵を口汚く罵るレイゼン公爵を見る皆の目は冷たい。沈みかかっているかに見える船に、権力に魅せられた者達は途端に冷たくなるものだ。
「落ち着け、宰相。改めてそなたには発言の機会を与えるゆえ、今は静かに」
エルドシールは取り乱すレイゼン公爵を叱咤するように声を掛け、ひたりとゼットワース侯爵の傲岸不遜な表情を見詰めた。
「さて、左将軍。そなたの言い分は良く分かった。宰相の他に、何か意見のある者はあるか?」
少しざわめいた後、代表という感じでガルニシア公爵が一歩前に出た。
「陛下」
「申してみよ」
「確かにそれなるキヨという尼僧見習いは、怪しいことこの上ない。しかし、それだけで犯人と断定するのもいかがなものかと思う次第でございます。こちらの密書には、暗殺の実行犯については特に人物を特定できるような情報は書いてありません。この上は、凶器である毒が何であるか、どのような状況で毒が盛られたのか、それらの医師からの報告と、春宮殿に本日出入りした者達の事情聴取を執り行ってから判断すべきかと存じます」
「うむ、正論だな。母上の容態も気になる。ラロース、直ちに医師に状況を聞き、可能ならここへ医師を呼べ」
ガルニシア公爵の言葉にエルドシールは深く頷き、他の者も異論はないようだった。ラロースが命を受けて急いで居間から退出する。ギリギリと歯軋りが聞こえそうに歯を食いしばったレイゼン公爵の恐ろしい形相にエルドシールは一瞬顔を顰め、そして青い顔で立っているキヨに目をやった。
南の毒は、明らかにキヨを犯人に仕立てる為に選ばれた。これで医師の話で毒の種類が知らされれば、状況としては完全に黒と判断されるだろう。しかし、キヨには切り札がある。
たとえそれがキヨにとって不本意でも、命にはかえられない。
その時は許せ。
その思いを強く持ってキヨを見詰めると、目を合わせたキヨがわずかに泣きそうな顔をして頭を振ったようにエルドシールには見えた。