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波乱3

 薬は取り扱いを間違えば猛毒になることがある。もともとキレネイ草は関節の炎症に効く湿布の原料として使われていて、口にする薬草ではないのだ。砂糖の代わりに根をすりつぶして使っているのは、その特性を良く知っている現地の人間くらいのもので、熱を加える料理には決して使わない。数も少なく、通常流通するのは湿布の原料になる葉の部分だけだ。その為、ほんの一握りの人間にしか、この毒は知られていなかった。

 そして、砂糖に誤摩化されてお茶の味の違和感を探しにくくなるため、砂糖とお茶は別々に毒味をするのが常識であった。それを逆手に取られたのだ。

 解毒用のキネレイが手に入ると分かったところで、エルドシールはベルタと医師にアレシアを任せ、動き始めた。

 まずは舞踏会の中止と王宮の封鎖、そして宰相はじめ主立ったもの全てを春宮殿の居間に招集せよとの命を下す。キヨとセリーヌ、そして侍女のメイミ以外のアレシアの部屋への入室を禁じるように指示を出し、頭を冷やす水を一杯飲み干して走り出した。

「オーランド、そなたを信用して頼む。神官長グラスローを密かに春宮殿に連れて来てくれ。大臣どもに気付かれてはならぬ」

「はっ」

 ぴたりと付き従うオーランドにエルドシールは耳打ちして密かに命じ、同時に護衛兵の一人にモリーツが寝ているはずのキヨの部屋を王命で封鎖させた。

 次は? 何か打っておく手は無いか?

 必死でエルドシールは次を考えながら自室に走る。アレシアに向けられた明確な殺意、珍しい毒の選択、これはレイゼン公爵ではない。こんな入手の難しい毒では足がつきやすいから、公爵の性格からして考えられない。身分の低い者を使い捨てと思うからか手の込んだ事はせず、ひとたび事が起ればそのずさんさを理由に己の関与を否定し、あっさりと切り捨てる。だとすれば今回の黒幕はゼットワース侯爵しか考えられないが、狙いは何なのか。入手困難な南方の毒、これに繋がる犯人、いや、犯人に仕立てられようとしている人物は誰なのか、陥れられようとしているのは、誰なのか。

 そこで、はたとエルドシールは今まで考え付かなかった可能性に気付いた。

「まさか……!」

 思わず声に出てしまった焦りに、エルドシールは顔色を変えた。きびすを返し、猛然と走り出す。邪魔なマントを引きちぎるようにして脱ぎ捨て、慌てて追いかけて来る護衛の近衛兵と侍従を引き連れ、エルドシールは元来た道を急いだ。階段を駆け下り、アレシアの部屋の前を通り過ぎ、春宮殿の中庭に出る。

 その途端に女性の悲鳴が響いた。近衛兵ではない、騎士の複数の姿が夜の闇の中に微かに浮かび上がる。

「やめよ!! 王命である!!」

 エルドシールは叫んだ。間に合ってくれと祈りながら。




 思わぬ邪魔に、ゼットワース侯爵は忌々し気に舌打ちした。あと一歩というところだったが、騎士達はともかくガルニシア公爵令嬢の前で王命を無視するわけにはいかない。目の前で腰を抜かしている尼僧姿の貧相な娘から、渋々剣を引いた。セリーヌ姫とその侍女を捕らえている騎士に合図して離させる。

「何をしているのだ!? 左軍の騎士を連れて王たる我の住居に許可無く立ち入るとは、どういうことか!?」

 いつもは淡々としている王の激高する怒鳴り声に、さすがに侯爵も少し顔を強張らせてその場に跪いた。騎士達もそれに続く。

「大丈夫ですかっ!?」

「私は、平気っ、それより、早くアレシア様に……!」

 駆け寄るメイミとセリーヌにキヨはぎこちなく頷き、早くそれを持って行ってくれとセリーヌが持つ薬草を目で示す。

「私が残りますから、お嬢様は早く行って差し上げて下さい!」

 メイミがキヨの手をぎゅっと握ってセリーヌに叫んだ。セリーヌも強張った顔のまま頷くとさっときびすを返して走り出す。

「セリーヌ嬢、護衛を連れて行けっ」

 すれ違い様にエルドシールはセリーヌに声をかけ、己に付いて来た近衛兵をセリーヌの後ろから追いかけさせる。セリーヌは王の言葉も無視する様に一心不乱に走った。今は一刻の猶予も無い事を、薬に詳しいセリーヌは良く分かっていた。


 セリーヌが駆け去った後、エルドシールは険しい表情で跪くゼットワース侯爵の前に立った。

「キヨ、大事無いか?」

「はい、陛下」

 震えながらもメイミの手を借りて立ち上がるキヨの姿を見て、エルドシールは間に合ったと心からほっとした。しかし、険しい表情は崩さずに続けてゼットワース侯爵を叱責する。

「左将軍、メレデス・ガレ・ゼットワース。そなた、何故このようなことをした? 申し開きしてみよ!」

「はっ! 恐れ多くもアレシア慈母様が倒れられたと聞き、犯人はこの者に違いないと確信したからです。逃してはならぬと許可を得ずに春宮殿に騎士を連れて参りましたのは、真に申し訳ございません」

「それが真実だとしても、詮議も無しに殺害せんとするとは呆れてものも言えぬ! 将軍職にある者とは思えぬ短慮、恥を知れ!」

 しかと見たわけではないが、尋常ならざるセリーヌとメイミの悲鳴からしてゼットワース侯爵がキヨを殺害しようとしていたのは明白だろう。短慮と責められても、キヨが犯人という証拠が出て抵抗したとかなんとか連れて来た騎士が証言すれば、罪にも問われないだろう。そのような思惑が透けて見えて、エルドシールは吐き捨てる様に怒鳴った。

 感情も露に怒鳴るなどという、初めて見る王の姿に近衛兵も侍従も、騎士達も唖然となり、ゼットワース侯爵に至っては自分の見通しの甘さにギリギリと奥歯を噛み締めた。まさか、これ程までに王に覇気があるとは、予想しなかったことだ。その上、解毒剤になる薬草があったらしい。このぶんではアレシア暗殺にも失敗しそうだった。しかし、そんなゼットワース侯爵をよそに、他の者達は別の感情に支配されていた。

「……獅子王様!」

 侍従の一人が、雄々しいエルドシールの姿に思わず呟きを漏らし、さざ波のようにその感動が広がる。王者たる者の持つ覇気と、名高い獅子王を彷彿とさせる姿にわらわらと付き従って来た者達も跪いた。

「皆の者、良く聞け。もう知っていると思うが、我が母アレシアが毒に倒れた。予断を許さない状況にある。王宮に出入りする者全てが容疑者であると心得よ。しかし、何人たりとも詮議無しに犯人として殺害する事は禁じる。もし、これを破る者あれば、口封じの為と見なしてその者も同罪とする。ラロース、速やかにこの事をこの場におらぬ皆にも伝えよ」

「はっ」

 付き従っていた者の中にいた王付き侍従のラロースは、素早く立ち上がって命令を遂行すべく走り出した。

「キヨ、そなたには嫌疑が掛かっているゆえ、一緒に来てもらう。近衛兵、キヨを連れて来い。ただし、粗略に扱う事も拘束することも許さぬ」

 命令を受けた近衛兵がメイミとキヨを取り囲む様にし、まだ足が震えている二人を支えた。それを見届けると最後に未だに跪いたままのゼットワース侯爵を見下ろし、常のような感情を抑えた淡々とした口調で告げた。

「左将軍。そなたも招集されていた筈だ。詮議の場でそなたの握っているキヨが犯人だという証拠について聞こう。良いな?」

「はっ」

 完全に王に場を支配され、主導権も握られた事を悟ったゼットワース侯爵は内心の憤怒を押し隠して従順を装った。しかし、まだ策は破られたわけではない。これからだと、その目に密かに研ぎすまされた野心の光を宿していた。


いつも読んで下さってありがとうございます。

次回の更新は水曜日を予定しています。

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