表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/78

波乱1

 軽やかに裾を翻して踊るフィリシティアの姿に、多くの者が目を奪われた。青い生地に透ける程に薄く織った白絹を重ねたドレスは、ダンスの動きに合わせて刻々とその色合いを微妙に変える。ふわりと重ねられた白絹が揺れる度に、その上に施された金と銀の蝶が空を舞う様に見えた。控え目に開いた胸元と美しく結い上げた銀髪にはラピスラズリの青い蝶が止まっている。ちりばめられた小振りの真珠が朝露の様な清冽な初々しさを思わせた。

 しかし、何より人々の目を奪ったのは、恋知り染めし乙女の微笑みだった。最高級の人形のようと称される薔薇の美少女は、良く言えば控え目な表情しか公の場でみせた事は無かった。それが今宵はどうだろう? 化粧ではなく頬を赤く染め、サファイアのような硬質な青の瞳ではなく、夢見るような海の青で王を見詰める。フィリシティアが王に恋をしているのは誰の目にも明らかで、その様はくすぐったいような微笑ましさを感じさせた。最初の曲が終わる時の寂しそうな表情の、可憐さには女性でも溜め息を零した程だ。

 続いて王に手を取られたのは、チェルネイアだ。流れる曲が、アップテンポの難度の高いステップを組み合わせた有名な妖精の悪戯という曲に変わる。すると一部の舞踏自慢達を除いて皆壁際に下がり、皆がチェルネイアに注目する。この踊り手を選ぶ難しい曲を踊らせたら、チェルネイアの右に出る者はいない。今宵のチェルネイアは、余計な飾りの一切無い胸元の大胆に開いた深紅のドレスを纏い、大輪の深紅の薔薇で豊かな栗色の髪に飾っている。うなじに零れ落ちる巻き髪も艶かしく、挑発的についと顎を上げてあでやかに微笑む美女に男は魅了され、女は嫉妬を燃やす。そして軽やかに一分の隙も無く裾を捌き、音楽に合わせてステップを踏み、余すところ無くその舞踏曲の素晴らしさを躍動する体で表現する。激しく、それでいて決して優雅さを損なわず、指の先まで、頭のてっぺんまで神経が行き届いていながら奔放さと官能的な揺らめきを感じさせる体の動き。

 ことここに至っては男も女も関係なくチェルネイアの舞踏に魅了され、舞踏自慢達も踊りを止めて二人に見入る。王も舞踏は得意な方だが、チェルネイアが相手では全く霞んでしまう程だった。しかし、深紅のマントを身に付けた王と深紅のドレスのチェルネイアは恐ろしく絵になり、そしてチェルネイアの肉感的で挑発的な仕草と、それに対する無表情な美貌の王の揺るぎない態度がまた人々を熱狂させた。凍った心の美貌の王を誘惑する情熱的な美女。娯楽的な芝居っけたっぷりに演出されたような二人の舞踏は、人々の大喝采で終焉を迎えた。

 そして、最後の王のお相手はセリーヌである。曲は再び伝統的なゆったりしたテンポのワルツに戻った。人々も再び広間に三々五々それぞれのパートナーと共に踊りの輪に戻って行く。

 セリーヌの装いは、柔らかな橙色の薄衣を重ねたもので、デザインにしても意匠にしても、特別凝ったものではなく、纏った本人同様に没個性的なものだった。唯一特筆すべきは地模様に歌う小鳥が織り込まれていて、芸術的な絵画のようなその織り模様が手を取り合う程に近付けば分かるというものだった。結い上げた髪を飾るものも、橙のリボンと白いレース、そして暖色系の宝石をちりばめた小鳥の髪飾りと白い羽飾りで、少し変わってはいるが決して奇抜なものではない。

「あれだけ派手な方の後というのは、ちょっと嫌になるくらい自分が埋もれるのが分かりますわ」

 苦笑混じりにセリーヌがエルドシールに囁いた。

「我は注目が逸れて助かったぞ。さすがにアレは疲れる。踊っている最中は楽しくもあるが、アレは舞踏と言うより果たし合いに近い。本当なら一休みしたいところだ」

「確かに、食うか食われるかというような緊張感がありましたわ。チェルネイア姫は当代一の踊り手でしょうね」

 そう思っているとは分からない無表情のエルドシールの言葉に、セリーヌはくすりと笑った。

 セリーヌもエルドシールも気付いていなかったが、エルドシールが前二人とは踊っている間に言葉を交わさなかったので、地味に注目を集め始めていた。もっともチェルネイアとあの難しい曲を踊っている時に言葉を交わすような余裕などあるわけが無いのだが。会話が漏れない様に少し顔を寄せて言葉を交わす二人の様子が非常に親密に見え、各方面に微妙な波紋を広げていた。まさかのダークホースである。

 そんな事はつゆ知らず、無難に一曲踊り終えた二人の元にオーランドが青い顔をしてやって来た。つい最近も見た筆頭侍従の青い顔にエルドシールは眉間に皺を寄せた。耳打ちされた内容に顔色を変えたエルドシールに、すぐ傍にいたセリーヌは何か重大な事が起きたのだと直感した。実際にはエルドシールの表情は殆ど変わっていない。しかし、唇が僅かに震えたのをセリーヌは見逃さなかった。

「何かあったのですわね? 陛下はここから離れることをお望みですか?」

 セリーヌの問いに、エルドシールは沈黙で答えた。

「お望みですのね。では、私をお連れ下さい。色々憶測はされましょうが、女性と連れ立ってこっそり場を離れたとなれば無粋にすぐどうこう動く者はいないでしょう」

「すまぬ」

 エルドシールは僅かに苦し気な顔をして、絞り出す様に謝罪し、セリーヌの手を取って大広間を後にした。

 オーランドがもたらしたのは、慈母アレシアが倒れたという知らせだった。


いつも読んで下さってありがとうございます。

次回の更新は水曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ