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嵐の始まり1

 いよいよ明日、正妃候補達の大々的なお披露目である、大舞踏会が開かれる。

 王宮侍女を筆頭に、王宮に携わる人間全てがその準備に追われていた。主役の一人でもある王、エルドシールもまた、明日の準備の為に早めに執務を切り上げ、まだ夕日が空にある内に春宮殿に戻った。

 真っ先にエルドシールを出迎えたのは、昼過ぎから姿が見えなかったオーランドだった。

「陛下」

「何かあったのか?」

 足早に近付くオーランドの顔色は、心なし悪い気がしてエルドシールは顔を顰めた。

「はい、実はモリーツが」

 軽く一礼して、オーランドが耳打ちして来た内容に、エルドシールは厳しい目をして頷いた。



 春宮殿の地下には、貯蔵庫と使用人達の部屋がある。ただ、この使用人達の部屋は今は物置になっていて普段は全く人気が無い。

 その埃っぽい一室に、鳶色の髪をした若者がうつ伏せに横たわっていた。背中には痛々しい程に白い包帯が幾重にも巻かれ、目に痛い深紅がその白に滲んでいた。処置の途中で現れた王に侍女は慌ててひれ伏し、オーランドに促されて逃げるように退室していった。

 エルドシールは意識の無い若者を厳しい顔で見下ろし、そっと上掛けを傷付いた体に掛けてやった。

「説明を聞こう」

「昼過ぎ、門番が私に使いを寄越して来ました。陛下の一大事だから、どうしても内密に私に連絡を取ってくれと門番にモリーツが頼んだようですが、私が駆けつけた時には既に意識を失っておりました。傷はそれ程深くはないようですが、失血多量で余り良くない状況です」

「では、其方はモリーツから何も聞いていないのだな」

「はい」

「他言は?」

「一切しておりません。知っているのは門番とその妻、手当をした御典医見習い、それに先ほどの侍女です。後者二人は口が堅いので心配ありません。しかし門番夫妻については口止めはしておりますが、そう長くは保たないかも知れません」

 そつの無いオーランドの対応にエルドシールは一つ頷いて、びっしりと汗をかいたモリーツの額を粗末なテーブルに置かれていた濡れタオルで拭った。そんな事は私が、とエルドシールを止めるオーランドにその濡れタオルをひょいと手渡して、微かに笑みを浮かべた。生真面目な性格は、モリーツが一番オーランドに似ており、王付き侍従の中でオーランドが一番目を掛けているのは実はモリーツだとエルドシールは感じていた。そして、モリーツがオーランドを尊敬していることは、その行動の端々に現れていた。

「モリーツの事は其方に任せた。後で心強い助っ人を付けてやる。意識が戻り次第我に知らせよ。見習いの医師には、絶対にモリーツを死なせるなと言っておけ」

「御意」

 深々と頭を下げるオーランドを、しばし見詰めてからエルドシールは再び口を開いた。

「それから……。オーランド」

「はい」

「其方が、其方ゆえにモリーツは其方を頼ったと思う。筆頭侍従ゆえに、ではなく。我もモリーツその判断は正しいと信じる。其方は我を歯がゆく思っているのは知っているが、その忠誠心には二心無いと信じている。では、頼んだぞ」

 一気に言い切って、唖然としているオーランドを残し、足早にエルドシールはその部屋から出て母の部屋に向かった。

 少々過激なところがあるものの、オーランドの生真面目な仕事ぶりをエルドシールは評価していた。ドールーズなどは、そういう融通の利かない過激な正義感の持ち主が一番危険で厄介なのだと言うが、エルドシールはオーランドがそうだとは思えなかった。確かに真面目で正義感が強いから穏健派の父、レイゼン公爵とは折り合いが悪いし、エルドシールの煮え切らない政務に対する態度に苛立っている印象を受けることもある。しかしそれは、仕える主を一度失ったゆえの激しい後悔が背後にあるとエルドシールは感じていた。

 前王太子で、エルドシールの異母兄、優美で知に秀でていたというシェーンセレスト王子。オーランドはいつもエルドシールの背後にその人を見ている。最初こそ比べられているような気がして少なからず反発を感じたものだが、そういうわけではないらしいと彼の態度を見ていて思うようになった。しかし、最初の印象というのはなかなか頑固で、どうも最後の最後で信じきる事ができないまま来てしまった。

 それも、キヨが来てからすっかり消えた。消えたと言うよりは、自分の直感と相手を信じる勇気を取り戻したと言うべきか。

「しかし、ありのままの自分の気持ちを言うのは、恥ずかしいものだな……」

 最初反発を感じていたからか、ガッシュに告げた時の数十倍は恥ずかしく感じた。自分の直感が間違っていたら、その時はその時だ。今はモリーツの為にも、出来る事をする。

 そう心に決めて、エルドシールは母、アレシアの部屋の扉を叩いた。

 「母上、失礼する」

 先触れも無く現れた息子に、アレシアは驚いて刺繍の手を止めて立ち上がった。部屋に控えていた、見慣れぬ侍女も慌てて壁際に下がって深々と頭を下げた。その横を通り抜けてエルドシールは型通りにアレシアの前に軽く膝を折り、礼をすると急いでその手を取って椅子に座るように促す。そのまま身を屈めてアレシアに耳打ちした。

「キヨは?」

「今、フィリシティア姫付きの侍女のところです」

「では、戻ったら私の部屋に寄越して下さい」

 何かあったのだとアレシアは察して囁きで素早く会話を交わし、会話が済むとすぐに体を起こしたエルドシールを見上げて、アレシアはゆったりと微笑んだ。

「では、後ほどキヨに緊張を解す効果のあるお茶を運ばせましょう。そういえばあなたは結構な上がり症でしたね」

 からかうような響きのアレシアの言葉に、エルドシールは軽く眉間に皺を寄せて頷いた。

「面目無い。お心遣い有り難うございます。では、明日の準備があるのでこれで失礼させて頂きます」

見慣れぬ侍女を僅かに気にしつつ、軽く会釈をしてエルドシールは来た時と同じように足早に部屋を去っていった。残されたアレシアは、微笑みの影でゆっくりと震える吐息を吐いた。



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