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つかの間の平和2


 獅子王に似ていると噂されていらっしゃるけれど、本当に赤い髪がたてがみの様だわ。

 何て美しいのかしら。

 金に炎の色が映っている様だわ。

 そう、金の燭台が踊る炎の色に煌めいているのに似ている。

 それにしてもアレシア様に似ていらっしゃるのに、柔和と言うよりも凛々しくていらっしゃるのはその眼差しのせいでかしら。

 真っ直ぐに心の底まで見通してしまわれるような、強い眼差しに見つめられると、呼吸を忘れてしまうわ……。


「フィリシティア様?」


 あぁ、どうしよう、心臓が壊れてしまいそう……。


「フィリシティア」


「え? あ、はい、慈母様。何でしょう?」


 実は、気が付かない内に視線に気付いた王と無言で見つめ合う様な状態であったのだが、夢中で見蕩れていたフィリシティアはそれにすら気付かず、アレシアの呼びかけに突然現実に引き戻されて慌ててそちらを向く。

 そんなフィリシティアにアレシアは苦笑して王に何やら目配せをする。

 困惑するフィリシティアに王は徐に口を開いた。


「私の顔に何か付いているか?」


「い、いいえ……」


 そこで初めて自分が王に見蕩れ、周りの言葉が入っていなかったのだと気付いて消え入りたい様な羞恥に俯いた。公爵令嬢としては、到底相応しからぬ失敗だ。


「陛下、それは野暮と言うものですわ。フィリシティア様は陛下に見蕩れいらっしゃっただけです」


 そんなフィリシティアの様子に楽しそうにセリーヌが口を挟む。

 図星を突かれてフィリシティアは増々羞恥に身を縮ませた。

 実際、透ける様に白い肌をほんのり染めて夢見る様な青い瞳で王を見つめる可憐な美少女の姿は、いつまでも眺めていたい程に美しかった。

 セリーヌはいち早くそんなフィリシティアの様子に気付いて観察していたのだが、王が視線に気付いて見つめ合うような事態になると、不味いと判断して声を掛けたのだ。何が不味いかといえば、チェルネイア姫の機嫌が、である。視線に気付くまでは、王はチェルネイア姫と剣の話題でそこそこ盛り上がっていたからだ。

 セリーヌの呼びかけに気付かないフィリシティアに、今度はアレシアが声を掛けたという次第だ。

 アレシアは、隠す事も知らないまま幼い恋をしているフィリシティアに慈しみを込めた眼差しを注いでいた。


「そうか。ではフィリシティア姫、そなたは私の何処が気に入ったのか?」


 王は相変わらずの無表情さで淡々と問うが、声は穏やかで冷たくは無い。

 だが、フィリシティアは王の問い掛けに混乱していた。まさかこんな問いをされると思わなかったので、つい本音がぽろりと転がり出た。


「……陛下の、御髪が、炎を……」


 そこまで言って、本来王の髪を褒めるなら、偉大な獅子王を引き合いに出すのが一般的であり、最上である事に気付く。しかし、炎まで言ってしまったのと、混乱していた為に上手く誤魔化す事が出来ず、結局思った通りに述べた。


「御髪が、炎を映して踊る様に煌めく金の燭台の様だと……」


 またしても失敗してしまった。そう思うと語尾が消え入る様に小さくなり、華奢な身体を微かに震わせた。


「その様に褒められたのは、初めてだ。そなたの髪も、月の光を受けた湖面の様に美しいと思う」


 しかし、王は意外にもフィリシティアの返答を喜び、思わぬ賛辞を貰う事になった。

 驚いてフィリシティアが顔を上げると、鋭く凛々しい紅の瞳が優しく笑っている様に思えて、頬が熱くなった。褒められた事も嬉しいが、王に喜んで貰えた事が嬉しくてフィリシティアは胸が一杯になった。


「まぁ、陛下は思いの外詩人でいらっしゃるのですね。私の髪はどうお思いになられまして?」


 そんな二人の間に割り込むのは、先程まで陛下との会話を独り占めしていたチェルネイアだ。甘ったるい視線で自慢の美しい栗色の巻き毛を軽く揺らし、賛辞を強請る。男からの賛辞を聞き慣れている女ならではの傲慢さが滲む笑みを浮かべ、賞賛される事を疑いもしない態度にセリーヌは密かに感心した。

 ただし、折角王とフィリシティア姫がいい雰囲気だったのを邪魔した事に関しては全く感心出来ない。


「チェルネイア姫の髪は……上質の鹿の毛皮の様だな。思わず触れてみたくなる」


「まぁ……どうぞお触れになって?」


 女性の髪を褒める言葉としては鹿の毛皮は首を傾げてしまうが、その後の言葉がチェルネイアの矜持を満足させたようだ。王の母の前であるにもかかわらず、図々しく身体を傾ける様にして王に身を寄せた。


「あら、狡いですわ、陛下。平等に私の髪も褒めて下さいませ」


 王が困惑しながらも触った方が良いのだろうか、というような躊躇いを見せて指を動かしかけた、その絶妙なタイミングで今度はセリーヌが邪魔をした。

 王は僅かにほっとした様な様子でセリーヌの方を向き、チェルネイアは肩すかしを食って悔しげに顔を強張らせた。


「そうだな……。そなたの髪は豊かな大地の色だ。懐かしい思いを抱かせる」


「あぁ、陛下。嬉しいお言葉を有り難う存じます」

 これもまた、女性の褒め言葉としてはいかがなものかという内容だったが、魔女の森をこよなく愛するセリーヌにとっては本当に嬉しい言葉だった。

 それが恋心に結びつかないのがセリーヌのセリーヌたるゆえんなのだが、確実に王に対する好感度は上がった。





 そんなこんなで、王が設定した王妃候補達との交流会第一回目は終わった。

 明日からは順番に一人ずつ庭園で交流することになるのだが、そうなると順番で揉めた。主に候補達を取り巻く人間の思惑が原因だ。しかし、その順番もアレシアの鶴の一声で年齢順という事になった。

 つまりトップバッターはセリーヌだ。

 ここは一つ、フィリシティアの為に一肌脱いで彼女を王に売り込み、更にチェルネイアを邪魔する仕掛けを考えなければ、と、セリーヌはメイミとの密談に花を咲かせた。


「というわけで、結構陛下とフィリシティア姫はいい雰囲気だったと思うの。ただ、本当にお姫様育ち過ぎて大人しいのよね。割とぼんやりっぽい陛下は下手したらチェルネイア姫に押し倒されて押し切られかねないし、私も援護するけれど、もう少しフィリシティア姫にも積極的になって頂かないと話が進展しないわ。今日だって陛下と言葉を交わせたのは、その髪の毛の話だけだし」


「そうですね。聞く限りではチェルネイア姫は本当に積極的でいらっしゃる様ですし」


「そうよ。いつ野獣になって陛下に襲いかかってもおかしく無いわ」


「お嬢様、女性の場合は女豹って言うんです。野獣は男性です」


 真面目な顔で間違いを指摘するメイミにきょとりとセリーヌは目を瞬かせる。


「あら、そうなの? まぁ、女豹でも野獣でも危険な事には変りはないでしょ。今まで陛下は女性を傍に寄せなかったから、女性の扱いに慣れていらっしゃるとも思えないし、うっかりチェルネイア姫の流れに引き込まれたら危ない気がするのよ」


「本当に。陛下も若い殿方には変りはありませんものね」


「やはりアレシア様を引き合いに出して、陛下にそれとなくご忠告申し上げるのが良いかしら?」


「私もお嬢様に賛成です。陛下ってアレですわよね、母親依存症……」


「えぇ、私もそう思っていたの」


 ふふ、と意味深に笑みを交わす主従の中では、エルドシールはマザコンという図式が出来上がっていた。


「後はフィリシティア姫の方ですわね。お嬢様も気に入っていらっしゃるなら普通にお友達になられて、色々助言さし上げたら如何ですか?」


 メイミの提案にセリーヌは頷くものの少しばかり浮かない顔をする。セリーヌの侍女ではあるが、まだ若く政治の事も全く知らないメイミは、王宮という場所では物事を単純に考え過ぎるのだ。

 そういう素直な所がセリーヌは気に入っているのだが、フィリシティア姫と友人になるにはメイミが予想しない高い壁がそびえ立っているのだ。それぞれの実家に居る時よりはだいぶ低くなっているとはいえ、彼女の父であるレイゼン公爵が良い顔をするわけが無いし、その意を受けた侍女も良い顔をしないのは当然だ。見知らぬ場所に一人放り込まれたあの頼りなげな姫君が、実家から連れて来たお気に入りの侍女の言葉を無視出来るとは思えない。


「それは私も考えたわ。でも、素直に受け入れて下さるかしら。勿論フィリシティア姫じゃなくて周りの人間がよ? メイミ、あなたフィリシティア姫付きの侍女とは……?」


「勿論挨拶と一通りの自己紹介などはしましたけれど、個人的にはまだ全然……。でも、頑張って探りを入れてみます!」


 申し訳無さそうに言ってから決意を新たに息巻くメイミににこりとセリーヌは微笑む。

 侍女は侍女同士、だ。


「ええ、そっちはあなたに任せるわ。くれぐれもチェルネイア姫の侍女には知られない様、慎重にね。私が親しくしたいと思っていることが知れれば、色々と相手も勘ぐるでしょうし。一番避けなければならないのは、フィリシティア姫にチェルネイア姫の悪意が向くことよ」


 あの箱入り姫では、人食い花の様なチェルネイア姫に悪意を向けられたらあっという間に潰れてしまいかねない。そう思って注意すると、メイミがうっとりした顔で溜め息を吐いた。


「お嬢様、素敵ですわ。可憐な姫君を影から守る騎士の様です……」


「……メイミ、暫く恋愛小説は禁止よ」


「えぇ!?」


「今は、小説よりも大事な現実でしょ?」


「そ、そうですね。孤独な凍れる炎の王と可憐な白薔薇の姫君の小説よりもロマンチックな恋愛を成就させるべく、不肖メイミ、頑張ります!」


「……」


 とてもやる気になってくれているのは嬉しいが、その言動には不安を感じずにはいられない。

 これさえ無ければ、と思うセリーヌだった。




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