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つかの間の平和1

 

 王は正妃選びについては当初の予想を裏切る積極性を見せていた。

 それは既に周知のことだったが、更に予想を超えた事態に周りは仰天した。傀儡の王として甘んじながらも会議には必ず出席し、全ての話を聞くという姿勢を崩さなかった真面目な王が、限定された期間とはいえ、それを放棄するというのだ。

 正妃選びを理由に。

 元々傀儡の王であるエルドシールに関しては会議にいてもいなくても同じと言えないこともないのだが、そこは示しがつかないというか、何事にも体裁を重んじる大臣達からすればとんでもない事態である。


「我は今まで王という立場を重視する余り、正妃候補となったどの娘とも親しく話した事が無い。そのような状況で、どの娘を正妃に選ぶかなどどうして決められようか?」


「しかし、陛下。陛下は正妃選びに関しては慈母様に一任するとおっしゃられたではありませんか?」


「その慈母様に言われたのだ、お互いを知ることこそが肝要だと。よって我はこれから暫くの間、会議の時間を正妃候補達と過ごす事にする。無論、王としての責務は果たす。執務は今まで通り行うから、会議の内容はその間にでも報告を受ければ問題無かろう」


 大臣達は顔を見合わせる。最近の王は今までと別人の様に不意打ちが多過ぎて、周りは振り回されているのだ。

 種を明かせば対策を練られない様にわざと王は突然の提案をしているのだが。

 もし前もってこの提案をしていれば、正妃候補達と過ごす時間について色々と煩い注文を付けられるだろうし、正妃候補達に色々と吹き込む者も多いだろう。

 具体的に言えば、自分の推す正妃候補と親密になる為の二人っきりの時間を持たせようと画策したり、その為に他の正妃候補を妨害する様な企みを計画したり、そういう事である。


「陛下、恐れながら申し上げます。陛下の御行動は様々な場所に影響を及ぼします。その様に突然申されましても、すぐには対応出来ませぬ」


 髪の薄くなった頭を下げて諌める典礼大臣に、エルドシールはふむ、と一応頷いた。


「確かにそなたの言う事も尤もだが、王である我の結婚はこの国にとって最も重要な事柄の一つだとそなたは申した。それに相違ないか?」


「それは、相違ございません」


「では、最重要に位置する正妃選びを優先して考えるのは妥当であろう。対応出来ぬと申すが、ならば急な病で我が会議に出られぬことになったと思えば良い。候補達と面会する場は春宮殿に限定すれば、警護に関してもそれほど問題は無いだろう。どうしてもという重要な会議には出席する。執務は今まで通りなのだから政務が滞ることも無いと思うが、何か問題があるか?」


 普段それほど喋らない王に理路整然と反論されると、屁理屈の達人である大臣達も動揺の為か上手い言葉が出て来ない。


「……ございません」


 結局の所、不都合な点と言えば体裁においてだけであり、それも正妃選びこそ国の一大事とすれば大義名分になるのだから、政務に支障が無いなら反対する強い理由など見当たらないのだ。


「宰相は?」


「仕方ありませんな。では、明日からで宜しいでしょうか?」


「そのように取りはからえ」


 宰相はあっさりと認めた。自分の愛娘が関わる事でもあるし、最初から強硬に反対するつもりは無かった様だった。宰相は触れ合う時間が多ければ多い程、王は我が娘に夢中になると信じて疑わなかった。



 御前会議を終え、執務室に向かうエルドシールに声をかける者が居た。

 ガルニシア公爵だ。


「陛下、少し宜しいですか?」


「何だ?」


 今までエルドシールに積極的に近付こうとはしなかった、その男が話しかけて来た事に少し驚く。付き従う侍従と護衛の四人を少し遠ざけてやると、躊躇いがちに話し始めた。


「娘、セリーヌの事ですが……陛下はどうお思いですか?」


「……どう、とは?」


 その質問は、エルドシールには予想外なものだった。

 もしや、実はガルニシア公爵は本心では娘を正妃にしたいと望んでいたのだろうかと訝しく思った。

 だが、それは見当違いな心配だった。


「いえ、我が娘ながらセリーヌは到底正妃には向きませぬ。ですからもし、陛下が少しでもその可能性をお考えなら……」


 人の良い老爺といった風貌の老紳士を、まじまじとエルドシールは見つめる。まさか選ぶなと直接言って来るとは。一歩間違えば不敬罪に問われる様な内容だ。


「そなたが乗り気でないのは知っていたが、我に直接言うとはな」


「申し訳ありません」


「良い。しかしそなたは一つ誤解をしている。例え我がそなたの娘を正妃に望んでもそなたの娘が否と言えば、全ては公になることは無い。だだし、我が望んでそなたの娘が是と応えれば、そなたが反対しても貰い受ける」


「なんと……。では、正妃候補として王宮入りしている者達に拒否する権利をお与えなのですか?」


 驚く老紳士にエルドシールは表情を改め、真摯に相手に頷いた。

 嫁に出すことになるかも知れない娘を心配するのは、父親ならば当然の感情だ。


「そういう事になる。ただ、その事については公爵の胸の中に留めておいてくれ」


「……陛下は、どのようなお方なのか……分からなくなって参りましたな」


「そうか?」


「はい。ここのところの陛下は別人の様です」


 感慨深げにヒゲを撫でながら言う老紳士に少しだけエルドシールは考え込み、 一瞬だけ身を寄せてある事を耳打ちしてから侍従と護衛を呼び戻し、執務室に戻った。








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