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王の言葉

「国王陛下、お成りでございます!」


 扉の向こうから侍従の声が響く。アレシアを除く一同に緊張が走り、皆一斉に立ち上がって深く頭を下げ、王の来訪に備えた。


「キヨ、扉を」


「はい、慈母様」


 胸の前で手を交差させて軽く膝を折って頭を下げると、キヨは扉を開けに向かう。


 先程の正装を解かぬまま、柔らかな色彩の溢れる部屋には不似合いな青と黒と金を纏う王の登場はこの場の雰囲気を一変させた。先程までの会話で和んでいた空気も吹き飛び、息を詰めるような正妃候補達の緊張感が支配する。

 それを見てとって、王は一瞬立ち止まった。


「良い、皆顔を上げよ」


 言われて正妃候補達は顔を上げるが、先程まで赤面していたフィリシティアはすっかり顔を白くして頑な表情になっているし、セリーヌはすっかり大人しやかな雰囲気に自己を押し隠して目を伏せている。チェルネイアだけが瞳を輝かせて王に媚びる様な笑みを向けた。

 その様子にアレシアは内心苦笑して残念なことだと溜め息を吐き、立ち上がった。


「殿方をお招きした覚えは無いのですが?」


 からかう様なアレシアの声に、表情を変えぬまま王は軽く頭を下げた。


「慈母様、突然お邪魔して申し訳ない」


「構いません。ここはあなたの家です。何一つあなたを拒む理由はありません。どうぞお掛けなさいな」


「では」


「皆さんもどうぞ席に着いて」


 微笑むアレシアに促されて、王はキヨがアレシアの隣りに用意した椅子に座る。

いくら生母とはいっても、アレシアに軽くとはいえ頭を下げた王に戸惑いを隠せない正妃候補達にもアレシアは微笑んで着席を促した。


「皆それぞれに面識はあるが、こうして近く個人的に言葉を交わすのは初めてになると思う。そなた達のいずれも我が正妃になる可能性があるのだから、まずは気を楽にして欲しい。

 人の目があると我はどうしても私人として振る舞えぬし、そなた達もそうであろうからこのような不躾なことと相成った。どうか許して欲しい。

 さて、早速だが本題に入ろうと思うが、慈母様、宜しいか?」


 王の最後の言葉に、この突然の来訪は予定されていた事だと正妃候補達も気付き、重大な事柄を予感させられてそれぞれが表情を引き締めた。

 だが、高まる緊張感に逆らう穏やかな声が優しく響いた。


「その前にお茶を。キヨ」


「はい」


 いつの間に用意したのか既に王の分のお茶を用意していたキヨが、すぐに王前へと供す。

 ふわりと香る芳香に王の顔が心なしが弛んだ。


「セツカの花茶か」


「えぇ、あなたもセツカの花茶がお気に入りでしたね。娘達も皆気に入った様ですわ」


「それは良かった。この香りは心が落ち着くので最近では寝る前に欠かせないのです」


 ことさらゆっくりと穏やかに話すアレシアにつられてか、王の声音も表情も幾分柔らかいものに変わる。その変化は些細なものだったが、その僅かな変化すらも驚く程普段が無表情であったので、王妃候補達は目を奪われた。

 そして一息ついた王は、そのままの穏やかさを感じさせる声で話し始めた。


「……我がここに来た理由は、正妃選びについて我の本音をそなた達だけに打ち明けたいと思ったからだ。慈母様には選定を一任するとしてあるが、実際は微妙に違う。

 そなた達には、ある答えを探して欲しい。その答えを導く為の助けを慈母様にはお願いしてあるのだ。今から我が言う事を、心して聞いて欲しい」


 王もまた緊張しているのかゆっくりと息を吸った後、はっきりとこう言った。


「我は傀儡の王である」


 正妃候補達は一斉に息を飲んだ。

 それは周知の事実ではあったが、王自身がそのようにはっきりと宣言するなど前代未聞、驚きに皆一様に瞬きも忘れた様に固まった。


 そんな一同を見回して、王はゆっくりと続きを話し始める。


「我がそなた達に正妃として望む事は、我が傀儡の王であることを理解した上で共に人生を歩み、伴侶としてお互いを慈しみ合う事、それに尽きる。

 そなた達は我に夫として何を望むだろうか?

 我がそなた達に夫として与えられるものは、誠実であること。それだけだ。

 ここは我の城であるが、我の物であって、真実我の物ではない。我が妻になる者に与えられる衣装、宝石も、我の物であって真実我の物でない財によって購われる。

 我自身がそなた達に真実与える事の出来るものは殆ど無い。真実我自身によってそなた達に与える事が出来るのは、ただ、我が心のみなり。

 我が妻になる者は、生涯を通して唯一人となるであろう。側室も妾妃も生涯持たぬ。

 伴侶たる妻の心の声を聞き、魂に寄り添う様に共にあることを望むだろう。

 その証しとして、そなた達と我が母、そして創造神キアに誓う。

 我が妻となる者は我と肩を並べるものなり。よって我はその者に対し、『我』という言葉を使わず『私』とする」


『我』という一人称は並び無き比類無き我という意味で、王にのみ許されたものである。それを正妃の前では使わぬということは、王妃を己と対等と扱うということだ。敬語文化の発達したこの世界では、この決断は相当に重い。


「これがそなた達に示してやれる私の夫としての誠意の精一杯だ。私の示した誠意に対して、そなた達は何を誓ってくれるだろうか?

 そなた達のいずれも血筋正しく美しい姫君だが、それらを基準に伴侶を選ぼうとは思わぬ。

 また、そなた達が心底望んでこの場にいるかどうかも分からぬ。

 私は心の内をそなた達に隠そうとはせぬから、そなた達も隠すことなく思うところを述べて欲しい。求めがあり、私に答えられることならば全て答えよう。そなた達も見極めるのだ、私がそなた達の夫に相応しいかどうかを。

 そして王妃選定期間の最終日、改めてそなた達に問おう。傀儡の王の王妃として何を成すかを。妻として私に対し何を誓うかを。その答えをもって、最終的に正妃を選ぶこととする」


 話し切った王は、一仕事終えた安堵感からか笑みが浮かんだ。その笑みはその母によく似た優しい笑みであった。

 それからすぐに侍従の呼ぶ声に慌ただしく王は去って行った。

 正妃候補達の心に衝撃を残して。


「陛下が……微笑まれていらっしゃったわ……」


 呆然と呟くフィリシティアに、アレシアは堪らず噴き出した。


「あの子も普通に人の子ですから、勿論笑うくらいしますよ」


 これにてお茶会はお開きとなった。正妃候補達は王の言葉を胸に、それぞれの部屋へと帰った。







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