副宰相の授業1
時は少し遡る。
キヨはかりそめの父であるドールーズから、その屋敷に滞在中にエルドシールの正妃候補となっている三人の姫君達について詳しい説明を聞いていた。
長く俗世を離れていたアレシアの為の情報収集であったが、ドールーズは当然そうは思っていなかった。いずれ正妃になるのだからと、なかなか突っ込んだ政治の裏的な情報も教えてくれたので、それも含めてアレシアに話し、今後の計画に役立てる方向で進んでいる。
一番厄介とエルドシールが言っていた敬語の勉強をせずに済んだので、ドールーズ家に滞在中はすぐに宮廷で役立つ情報を得る事に終始した。
昼間は王宮で侍女の経験のあるドールーズ家の執事夫人から行儀作法、王宮の決まり事などの侍女業に関して必要な事を学んだ。
ドールーズは毎日きっちり夕刻には帰って来てキヨの教師役を努めた。キヨが副宰相って意外と暇なのかと思う程、きっちりと。キヨが屋敷滞在中は宰相のレイゼン公爵の口添えでかなり仕事を軽減してもらっていると知ったのは、一週間程経ったころである。
「レイゼン公爵からアレシア様によろしく、とのことです。それから、間もなく王宮に上がるご令嬢フィリシティア様もお年も近いことですし、よろしくと」
(ははーん、つまりアレか。義父上を通して私にレイゼン公爵に世話になったとアレシア様に言えと。そして娘をよろしくと。いやー、表向き取るに足らない尼僧見習いにまでマメだね公爵!)
胡散臭い微笑みを浮かべる義父上にキヨも胡散臭い微笑みで応酬する。
見た目だけで言うなら、キヨの目から見たドールーズはなかなかのナイスミドルだ。
キヨは個人的にモヤシ体型よりも頼りがいありそうなドールーズのようなガッチリ体型の方が好きだった。こちらの人間は基本西洋人的彫りの深さで、ドールーズは造作も整っている。綺麗にオールバックに撫で付けた銀髪は白髪混じりだがその入り具合がメッシュの様で格好良い。
キヨにとって惜しむらくは、同種の人間の匂いがすることか。
そこには同族嫌悪という言葉がある。
ドールーズは、はっきり言葉に出して言わないがキヨを正妃にする気満々で、自ら歴史、政治等自分の得意分野の教師を買って出ていた。
「大まかな我が国の歴史と政治の仕組みは説明し終わりましたので、今日からはもう少し踏み込んで参りましょう。貴族の誇り、というといささか胡散臭いですが、貴族にとって何が重要か分かりますか?」
貴族の誇りを胡散臭いとキヨ本人に言ってしまう辺り、ドールーズもまたキヨを同類だと認識していることが明白だ。
「やはり血筋でしょうか」
「それも一つですが、あと二つあります」
「名誉、や、忠誠心、ですか?」
キヨはとぼけて無難な答えを言うと、ドールーズはその点には微笑みでぬかり無く応えた。
「神子様らしいお答えですが、違います。現実の政治の世界では名誉や忠誠心は紙くず並みの価値しかありません。血筋、家柄、そして権力です」
「血筋と家柄は、同じではないのですか?」
「違いますな。血筋というならば、最も尊い血筋は王家の血筋です。
血筋で大事なのは血筋による特殊性です。王家の血筋以外ならば、例えば代々優れた武人を輩出する、代々音楽の才能に優れている、医術に秀でた者が多く生まれる、などです。
家柄というのは、その家の由緒、つまり位を授かった理由が大切なのです。貴族も最初から貴族だったわけではない。大きな功績があって貴族となったわけですから、その功績がどのようなもので、どれくらい評価されたかが大事なのです。
例えば位だけで言えばフォルス公爵家というのがありますが、この公爵家は家柄という意味ではさほど重要視されていません。フォルス公爵家は元は伯爵家でしたけれども、約四百年前に公爵位を授かりました。その理由は世にも珍しい青い薔薇を献上したからです」
「そんな理由で、ですか?」
「えぇ。ナイアード王を覚えていますか? 芸術院の復興とゼッタセルド王国史を編纂させた王です。かの王は別名薔薇狂いの王と呼ばれる程の熱狂的な薔薇愛好家だったのですよ」
キヨはちょっとびっくりしたが、記憶を掘り返してみればまぁ、ままあることかと納得する。恋人の坊主を天皇にしようとした女帝とかいたし、それに比べれば可愛いものかな、という結論に落ち着いた。
「でも、そんなに簡単に王の気分で爵位を上げたりして混乱したりしないのですか?」
「一時的にはそういうこともあるでしょうが、長い目で見れば実際にはそれほど問題ありません。王個人の寵愛で頂いた爵位は王が代替わりすれば実質的な力を失いますから」
そりゃそうだな、とキヨは思う。
薔薇を献上したから貰った公爵位と、誰もが認める功績で貰った公爵位の価値には歴然とした差があるし、そんな理由で権力なんか実質与えられなかっただろうから、放置されて今でも家が残っているんだろう。
そんな理由で権力でも付与された日には、暗殺されて三日天下の可能性が高い。不名誉な事実、例えば謀反とかの証拠をねつ造されて、御家取り潰しの上に全財産の没収、処刑による一族の血筋の断絶、公爵位を貰った事も永遠に表の歴史から抹殺、という憂き目にあってもおかしくない。
「つまり、爵位の上下がそのまま家柄の善し悪しや、力があるかどうかの目安にならないという事ですか?」
「そうです。逆の例でいえばゼットワース侯爵家がそうですね。
位で言えば公爵より下ですが、ゼットワース家は代々剣で王家に仕え、功績という意味では相当華々しい家柄です」
「確か、暗黒時代を救った英雄の一人が初代でしたか?」
詳細不明の二代目神子に付き従った三人の英雄の内の一人がゼットワース家の初代当主で、他二人は当時の国王と神官長だったはずだ、とキヨは記憶を引っ張り出す。
「そうです。近い時代では獅子王の時代に王の片腕として戦場を駆け、一度ならず王の危機を救ったとか。
獅子王は褒美としてご自身と同腹の妹姫をゼットワース家に降嫁させました。この褒美は公爵という位に相当する程のものと解釈されています。そして内戦を経て現在全ての軍事力の約半分を握っているという意味では相当の実力を持っています。」
「今のお話からすると、家柄というのはどちらかというと名誉に近い気がしますが」
「そう解釈する事も出来ます」
じゃあ普通はどう解釈するんだとキヨは内心ツッコミを入れたが、聞くとちょっと面倒くさそうだったので微笑みで終わらせた。所詮はその名誉も実質的な権力に結びつくのは言わずと知れたことだ。