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暗躍する神子4

「は〜、それにしても疲れた。こっちの世界の敬語ってホント、疲れる」


 花茶を飲み干したキヨは、伸びをしながらそう言った。こちらの敬語が疲れるということは、あちらの敬語は疲れないらしい。


「確かに王宮での敬語は複雑で面倒だが、異世界の敬語は違うのか?」


「うーん、どうもこっちの世界の敬語と、私が慣れ親しんだ敬語は根本的に質が違うみたいなんだよね。自動翻訳機能で意識としてはあっちにいたときと同じ様に敬語を使ってるんだけど……なんか、こう、頭をむりやり押さえつけられる様な圧迫感を感じるんだよね。身分とかに慣れてないからなのかなぁ」


 キヨは肩をとんとんと拳で叩きながら首を傾げた。


「そういえばキヨのいた異世界の国は、王はいても貴族はいないのだったな。相手の地位や立場によって使う敬語がいちいち変るし、確かに慣れない者には辛いだろう。王宮に来たばかりの頃は我も慣れるまで苦労した。我は制度上一番地位が上だから、しきたりまで絡んだ複雑怪奇な敬語を習得せずに済んで本当に助かったと思ったものだ」


「え……そうなの?」


 驚いた顔をするキヨに我も驚く。礼儀作法の中で一番厄介なのが敬語である。それを習得させる為にドールーズは驚く程迅速に動いたのではないのか?

 一体一ヶ月の間何をしていたんだ。


「ドールーズに教わらなかったのか?」


「全然。敬語は完璧だとやたら褒められた。社会人なめんなよとか思ってたけど、実はそんな単純な問題じゃなさそう……。私全部同じ様な感覚で誰にでも敬語使ってたんだけど、完璧って言われたってことは……自動翻訳効果でその場に相応しい敬語に自動変換されてる、ってことかな。便利だけど……ちゃんと理解するには不便だわ。敬語の用途別系統を簡潔に説明とかできる?」


 求めに従ってエルドシールはなるべく分かりやすく説明しようと試みた。

 ドラゴニア大陸では全土で通用する大陸共通語がある。地方によって訛りや独特な言い回しはあれど意思疎通に問題は無く、特有の言語がある国や地方もあるが、一般的ではない。通常庶民が使う言葉はこの大陸共通語である。その元になった言語は正確な記録の残っていない神話の時代、キア神から神官達に授けられたという古代神聖語だ。その古代神聖語の形をより多く残したものが宮廷典雅言語、より簡略化したものが大陸共通語である。


 この宮廷典雅言語は正式な国家間の外交でも使用され、庶民からは貴族語と呼ばれている。何事も格式と体裁を重んじる宮廷の言葉だけあって、敬語に関しては非常に細かな分類がある。

 大きく分けて系統には二つあり、一つは血筋で上下関係を示す血統敬語、もう一つは仕事上役職上の上下関係を示す秩序敬語だ。

 この二種類の敬語を時と場合によって使い分けるのだが、一方だけでは使うのではなく、混合して使う。たとえば仕事中ならば秩序言語優先の混合敬語となり、社交の場では血統敬語優先の混合敬語となる。

 更に性別、既婚か未婚か、年齢の上下なども事細かに敬語と連動しており、使われる敬語を聞いただけで両者の力関係や立場、家格が分かってしまう。

 一通り説明を聞き終えると、キヨはぐったりした顔で深い溜め息を吐いた。


「ごめん、説明してもらったけど難解過ぎて途中から理解努力を放棄してた。潔く負けを認める。便利な自動翻訳機能に全面的に依存する」


「気持ちは分かる。説明しながら考えていたのだが、貴族がいないのならキヨの世界には秩序敬語しかなかったということか?」


「いやぁ……まぁ仕事上で敬語使うのは当然なんだけど、それはちょっと違う。私はあっちじゃバリバリ庶民だし仕事も下っ端だったけど、敬語使うだけじゃなくて使われることにも慣れてるの。ん〜、例えば私の家族名は鈴木だけど、鈴木様って『様』付けで呼ばれることは結構普通に馴染んでる。名前に『様』付けはあんまり無いけどね」


「身分が上でも立場が上でもないのに、『様』付けで呼ばれるのか? それはどういう時だ?」


「お店にお客として行ったときには店員に、診療所に行ったときは受付や会計時に、あと役所でも申請した書類が出来上がって呼ばれる時とか」


「店員はともかく、役所の役人が庶民を『様』付けで呼ぶのか!?」


 衝撃だ。こちらでは役人は貴族か貴族ではなくともそれに仕える家柄の出であることが多いし、身分という制度が無い国では事情も違うのだろうが、それにしても信じがたい。


「うん。あ、様じゃないとこもあるかな。もうちょっと砕けて、『さん』付けとか。役人の給料は庶民の税金から出ている、つまり役人の生活は庶民が支えているという理屈でお役人は表面上庶民に頭が上がりません。内心はどうだか知らないけどね」


「うむ……」


 成る程、そういう理屈なら納得出来ないこともない。しかし、そんな考え方を発想出来るのは身分が無い国だからこそだ。そんな考え方が一般的に認識されていたら、現行の政治形態は崩壊するしかない。


「ちなみにお店で買い物の時、私がお客でも店員さんに対して敬語で話すよ。流石に店員さんを『様』付けでは呼ばないけれど、素晴らしい接客をしてくれたら『有り難うございます』って丁寧にお礼を言って感謝を態度に示すのは、まぁ普通かな? 外食して満足な美味しい食事が出来たら会計終わりに『ご馳走さまでした、美味しかったです』くらいは言うし。

 そういう場合じゃなくても、たとえば初対面の二人はお互いに敬語で話すのが普通。仲良くなれば態度が砕けて敬語を使わなくなったりするけどね。

 何て言うかな……もちろんこっちの秩序敬語みたいな使われ方もするけれど、どっちかっていうと私の知っている敬語は感謝の気持ちを表すとか、人間関係を円滑にする為の潤滑剤だったり、あるいは単純に尊敬の気持ちを表す為に使ったり……上下関係を示す為に使われるんじゃないの」


 説明しながら考えを纏めるているのか迷いながら話しいたキヨが、突然腑に落ちた顔をしてポンと手を叩いた。


「うん。そうなんだよ、職場で使えば結果的に上下関係を示すけど、もともと他人に対する尊敬だったり感謝だったり思いやりだったりを示すもので、身分とか立場で強制されるものじゃない」


 キヨの話を聞き、エルドシールは自分たちの使う敬語が味気ないものに感じた。仕事の場で、社交の場で、それぞれの身分や立場が周りにも一目瞭然になる事は機能としては高性能かもしれないが、情緒的な機能が余りない。だからキヨは無理矢理頭を押さえつけられる様な圧迫感を感じたのかもしれない。

 店の店員が客に対して尽くすのは当然だし、料理人が美味しい料理を作るのは当然だ。よっぽどの事が無い限り、特に言葉を掛けることもない。


「気持ちがあってこその敬語、ということか。そなたの世界の敬語は素晴らしいものに思える」


「私もそう思う。というか今気が付いたかも。あまりにも当たり前に使ってたから改めて考えた事無かったけど、私の国の敬語って素敵だ。でも元々古代神聖言語が根幹にあるなら、こっちの敬語だって本当は気持ちがあってこそ、だったと思うよ。敬意を示す相手がキア神なら、そこには畏敬と感謝があるはずだもの」


 キヨは珍しく外見に相応しい無邪気な笑顔で嬉しそうに語った。他を知る事で己を知る、という事を目の前で実践してみせたキヨにエルドシールは尊敬の念を抱いた。そしてその気遣いにも。


「そう、だな。キヨの言う通りかもしれない」


「いや〜、そういう顔ヤメてよ。恥ずかしいから。良い事言っちゃったっぽい自分がキモイ……」


 どういう顔か知らぬが、本気で嫌がっているらしいキヨに話題を変えてやることにした。


「ところで、キヨ。話を元に戻すが、良い方向に期待を裏切るには具体的にどうすればいいのだ?」


「簡単よ。前から言ってるじゃない。エディの場合下手に色々計算めいた事を考えないで、直球勝負。本来の馬鹿が付く程のお人好しさ加減と真面目さを最大限に発揮して正妃候補の皆さんに接すれば良いのよ。私に対して裏表無く接してくれた様に、ね。間抜けを晒すなって言ったのは、権謀術数の渦中で身に染み付いた本来のエディらしくない計算高さと慎重さが出ない様に気を付けろってこと」


 エルドシールが無謀だと反対していたのは、このキヨの発言ゆえである。キヨはエルドシールにありとあらゆる武器と策謀を持って襲って来る敵に、防具も武器も持たない無防備状態で迎え撃て、と言っているようなものだ。

 キヨの策とは、『策を弄さないこと』なのだ。もっとも、その『策を弄さないこと』が最大の成果を上げる為のお膳立てや舞台を整えるという計画は周到に用意しているらしい。その詳細はエルドシールには知らされていない。計画を知ると気持ちに余計な不純物が混ざるというのが理由だ。

 キヨ曰く、女の勘を侮るなかれ、誠意で勝負なら不純物は徹底排除、だそうだ。


「……やはりそれだけなのか……」


「それだけっていうけどね、やってみたら結構難しいんじゃないかな。ま、ある意味エディが生き残る為に身につけた技術なんだし、それを封印するのって簡単じゃないと思うよ」


「分かっている。とにかく我も腹をくくらねばな。どうしたら正妃候補達に我の誠意と熱意を知ってもらえるか、そして相手に応えてもらえるか、必ず結果の出せるであろう行動と言動について真剣に検討してみる」


「……政策を考えるんじゃあるまいし。正妃候補の皆さんは食うか食われるかの政敵じゃないんだから、もうちょっと言葉を選びなさいよ。全く固いんだから。ま、でもそれがエディのエディらしさだから仕方ないか」


 言われた通りに真剣にやっているのに何故注意されねばならんのだ。固い、というが、どんな言葉を選べというのだ。言葉に固いも柔らかいもあるものか。しかもこの場で選んだところでキヨの印象が多少良くなるだけではないか。我にそんな事をする必要がどこにあるというのだ。

 エルドシールはキヨが知ったら笑顔で容赦ない言葉の暴力を行使しそうな反論を胸の内に留め、深々と溜め息を吐いた。


「ねぇ」


「何だ」


「ちょっと気になってて、聞こうか聞くまいか迷ってたんだけど、聞いて良い?」


 このキヨが聞くことを遠慮して迷うとは、一体どんな質問なのかと興味を惹かれる。


「我に答えられる事なら何なりと」


「エディって、やっぱり童貞?」


 好奇心はキヨ相手に持つものではないと、痛感した。


「……回答を断固拒否する」


「やっぱりそうなのか〜。それでこそ私の見込んだ男!」


 既に侍女達から乱れた宮廷内のセックス事情を聞き及んでいたキヨは、エルドシールを内心で天然記念物指定した。



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