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汝、恐れることなかれ5

「王様向きじゃないあなたが普通の王様目指してどうすんの。お人好しのあなたにしかなれない普通じゃない王様目指すべきでしょうが。こういう時こそ逆転の発想でしょ。弱点を長所に変えるのよ。周囲の固定観念に付き合ってたら、あなた自身が傀儡の王から抜け出せないことになるわよ?」


 少しショック状態から立ち直ると、エルドシールは自分なりにキヨの言う事を理解しようと試みた。先程まで頭の中で繰り広げられていた剣の稽古を思い浮かべる。

 武器を長所と仮定してみよう。王が持つべき武器は剣だと信じて来たが、実は自分には剣よりも槍の才能があるのに剣に固執してその才能を見過ごしている、ということか?

 うむ、多少は違うかも知れんが当たらずとも遠からずだろう。なかなか良い例えを思いついた。だが、お人好しが武器になるとはどういうことか、具体的な事例が全く思いつかない。


「………そなたのいう事は、理論上は理解出来る。だが、実際にそれをどうするのか、見当もつかん」


「やっぱり素直。良いわ、じゃあ参謀役やってあげる。まず、目下のところの大問題はお妃選びだっけ? グラスローもしつこく正妃がどうのって言ってたけど、面倒だからちゃんと聞いてなかったんだよね」


 ちゃんと聞いていなかったと悪びれず言うキヨを彼女らしいな、と思ったが、この事でグラスローがした勘違いとそのグラスローを見ていつの間にか打ち解けたと思ったエルドシールの勘違いは、キヨ本人も知らない。


 正式に決定した正妃候補三人についてだが、エルドシールには勿論面識がある。しかし個人的に知り合い、とまで言って差し支えない程の関係は無い。

 慎重なエルドシールは、紹介されるご令嬢達に通り一遍の社交辞令以上の会話を交わしたことは無かった。下手な事を言えば、これ幸いと百倍拡大解釈によりどんな噂と思い込みを引き起こすか分からない。

 しかし、このおかげで臣下の誰もエルドシールの女性の好みを正確に把握する者はいなかった。加えてエルドシールが侍女に手をつけたという噂も事実もどこからも出てこない。

 ひょっとして女性に興味が無いのではと誤解され、一時期見目麗しい少年ばかりが侍従として揃えられたこともあったが、当然エルドシールはその辺の思惑には全く気付いていない。エルドシールはといえば、女性を紹介される機会が多少減って不思議に思いながらも気が楽だと暢気に喜んでいただけだった。


「現在、宮廷での勢力図は大まかに三つに分かれているのは知っているか?」


「血統至上主義一派、武力至上主義新興勢力一派、官僚事なかれ主義一派、だっけ?」


多分グラスローから聞いたのだろうキヨの中々的確にその性質を表す表現に、エルドシールは感心して頷く。

「それぞれの一派が推す三人の正式な正妃候補がいる。よっぽどのことが無い限りその中の一人が正妃になるだろう。そなたの言う血統至上主義一派の筆頭は宰相、レイゼン公爵十六歳の娘、武力至上主義新興勢力一派の筆頭は左将軍、ゼットワーズ侯爵の十九歳の姪、官僚事なかれ主義一派の筆頭は財務大臣、ガルニシア公爵の二十歳の娘、以上三人が正妃候補だ」


「ん。で、傀儡脱出にはどの候補を正妃にしても都合が悪い、と」


 説明するまでもなく、悩み所を言い当てられた。が、それは大して驚く事ではない。傀儡脱出を狙っているなどと、エルドシールは一言たりとも誰にも言った事が無い。ドールーズには悟られたし、グラスローは暗に我にそうせよとせっついて来たが。


「……一つ聞くが、傀儡の王を脱したいとそなたに言ったか?」


「グラスローに聞いた。でも別に聞いてなくても話聞いてりゃ分かるわよ」


 エルドシールは今までの会話を思い出す。成る程、確かに賢いキヨならそれくらい悟るのは容易い。


「そうか。確かにそなたには全て包み隠さず話しているからな」


「良いの? 結構危うい立場なのにこんなふうに全面的に信頼しちゃって」


「そなたが我を裏切る理由が無い。ただの尼僧見習いには政治的な力は無いし……あぁ、そう考えるとそなたはやはり素晴らしいな。キヨ、そなたが神子として我の味方になると言っていたら、きっと我は包み隠さず全て話すのは無理だったろう」


「……さらっと嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも正直殴り掛かりたいくらい恥ずかしいからそれ以上は無し。で、話戻すわよ」


 顔を奇妙に歪ませてキヨは言った。照れているらしいが、赤くなったわけでも無くどちらかというと強張ったような表情に、エルドシールは珍しい照れ方をするな、と内心不思議に思った。


「うむ、今は三つの勢力が拮抗しているので表面上は平和なのだ。そっちの睨み合いに気を取られて、我のことは忘れがちになっている辺りは結構自由度が増えて楽だし、それほど重要ではないことは割と我の意見も通り易くなっていたりするし、このままの状況が一番望ましいのだが」


「……エディ、あんた一応結婚の当事者なんだから忘れがちになられて楽とか言うな」


「あ、あんた……」


 突然あなたからあんたに変った二人称にエルドシールは顔を青くする。使う言葉で相手との身分の上下関係を明確に示してしまうこの国では、あんた、という二人称は平民が目下の者や、社会的に蔑まれている相手に対して使う言葉である。どうしてそれほどの蔑称を使われてしまったのかと呆然と相手を見ると、不機嫌そうに睨まれた。


「何か文句ある? あんたなんかあんたで十分よ」


 だめ押しに連続で言われてエルドシールははぁ、と天を仰ぎ、キヨの怒りを買ったらしい先程の己の言動を検証する。


「……確かに、結婚するのは我自身だし、不謹慎だった。反省する」


「素直で宜しい。で、何か考えてる策はあるの?」


 とりあえず怒りの原因と思われるものを特定して反省を述べると、あれほど怒っていた筈のキヨはあっさり機嫌を直した。キヨの気性は激しいが、赦しの心は寛大らしい。さすが神子を自覚するだけある。


「うむ。我の策ではないが、策を立てて進言して来た者はいる。その男はレイゼン公爵の一派に属しているが、我に直接己を売り込んで来た自称我の味方だ。才能があって野心がある分、中々に巧妙な策を立てる」


 気が進まないものの、他に良い策があるわけでもないので昨日ドールーズに提案された策を正直に話した。


「でも、その策は嫌なんでしょ? 顔に出てるわよ」


 キヨ相手に隠す必要は無いので、エルドシールは渋い顔で頷いた。


「じゃあ別の方向から考えてみようか。政略結婚そのものには別に抵抗無いの?」


「あぁ。恋愛結婚に憧れを感じないわけでは無いが、共に時間を過ごす事で育てられる愛情もあるし、我には向いていると思う」


「そうね。エディって外見派手なくせに、恋愛とかだと退屈って思われそうな地味ないい人系キャラだし」


「た、退屈……地味……」


「うん。それで男で苦労した女が最後に行き着く安住の地」


「………」


 この衝撃を何と言い表したら良いのだろうか。エルドシールの頭に浮かんだのは剣の師匠である王立騎士院の教師だった。元親衛隊の隊員である男は、ローレッセン王を狙った刺客と戦って左腿に深い傷を負った。すっかり傷は塞がった今でも寒い夜はズキズキと痛むという。俗にいう古傷が痛むという奴だ。今回の攻撃は、きっとそういう傷になる。

 別に恋愛に対して積極的な興味があるわけでもないのだが、馬鹿と言われた以上の破壊力に何をどうやって立ち直る切っ掛けにしたら良いのか分からなかった。遊戯のように女達との恋愛を渡り歩いて自慢する貴族達は理解出来ないが、必要があれば出来ないこともないと思っていたのだ。

 キヨは素晴らしいと思う。思うが、我の方も側室は無理だ。何と言うか、男という生き物は繊細な生き物なのだ。きっとキヨ相手では勃たない。

 昨日キヨが側室になったら愉快だと思った自分を全力で否定したい。


「そういえばエディって何歳なの?」


「十九だ」


「十九!? その性格と枯れかけたっぽい言動で!? まぁ、外見は若いと思ってたけどっ」


 大袈裟だろうと思う程の反応を見せるキヨとその台詞に、流石にエルドシールもむっとした表情になる。


「……そういうキヨは幾つなのだ?」


「二十三よ」


「二十三か」


 事によったらもっと上かとも思ったが、意外にも想像の範囲内だった。キヨに限っては常識は通用しない、というのが既にエルドシールの常識になっていた。


「驚かないのね。グラスローなんか十五くらいって思ってたみたいだけど」


 外見の印象をそのまま年に換算すればそれくらいだろう。が、狸のグラスローがそう思っていたとは意外だ。


「そなたの言動で十五という方が頭痛を覚える」


「言うわね。とにかく話戻すわよ。で、その策の一番嫌っていうか引っかかっている事は何?」


「甘い……と言われるかも知れんが、利用する事になる側室の女性と正妃になる者の苦悩を思うとな……そんな非情な事はしたくないと思ってしまうのだ」


「ふーむ。じゃあ面倒な派閥とか調和とかそういうことを一旦棚上げにして聞くけど、どういう結婚をしたいと思ってる?」


 そんな事を聞かれたのは初めてだ。結婚は常にエルドシールにとって臣下の思惑と欲望が渦巻く、済ませなければならない政治の一段階であった。どういう結婚がしたいかぼんやり願望めいたことは思うことはあるが、事情を棚上げして純粋に結婚そのものを考えた事はない。試しに考えてみると意外にも割とすぐに考えが纏まった。もしかしたら無意識に考えていたのかもしれない。


「我は政略だろうと結んだ縁を大事にして出来る限り正妃を大事にしたいと思う。跡継ぎが出来ねば側室を迎えるのも仕方ないだろうが、出来ればそのような事をしたくない。勿論妾妃も迎えるつもりはない」


「えっと…ちなみに側室と妾妃って違うの?」


「側室は正式な妻だ。神殿で結婚式も挙げる。妾妃は私的なもので、子供は正式に認知されるが妾妃には正式な地位は何も無い」


 妾妃の子供の地位は横一線である。父が側室を決めていれば側室との間に生まれた王子が第一王子の死後、繰り上がって王太子になったはずだ。側室は単純に迎えられた順番で地位の上下も決まるから、側室が複数いてもおそらく内戦は避けられた筈だ。避けられなかったとしても、これ程泥沼にはならなかったに違いないし、自分の息子に殺されることも無かったのではないだろうか。何故そうしなかったのか我が父ながら全く理解に苦しむところである。


「ふむふむ。で、この国では妾を持ったり、政略結婚には愛が無いというのがわりと通常認識だったりする?」


「そうだな。父がああだったからか、今も多く妾を抱える事を自慢する事はあっても恥に思う者はいないな」


「使えるわね」


「何がだ?」


「あなたの誠実さが、よ。それを餌にして正妃を釣り上げようじゃないの」


「正妃を、釣り上げる?」


 相変わらずキヨの言う事は突拍子も無い。先程結婚を真剣に考えない我を不謹慎だと怒っていたのに、釣り上げるという言葉はどうなのか。大事な花嫁を魚に喩えるなど、不謹慎ではないのか?


「そう。どの正妃候補でも良いけど、そのうちの一人でもその餌に食いついてくれたら、正妃はあなた自身の味方になって自分から実家派閥の専横を戒める様に動いてくれるわ。心強い相棒が出来てまさに万々歳じゃない?」


「つまりどの正妃候補でも良いが、そのうちの一人で良いから我自身に夢中にさせろということか? だが先程そなた、我は退屈で恋愛には向かぬと申したではないか」


「私の世界では、ね。でもきっと貴族のご令嬢達は飢えてるはずよ。誠実さと一途な愛に」


 さっき地底に我を沈めておきながら、今度は持ち上げるキヨの精神構造が分からない。あまり持ち上げられた気はしないし、気分は全く浮上しないが。


「……そうだとしても、どうやって釣り上げるというのだ?」


「だからその作戦を立てるのよ」


 やたらと黒い瞳を輝かせ、キヨが立てた計画はやはり突拍子も無いものだった。その計画は無茶過ぎると主張したが、全く相手にされなかった。


「大丈夫、私がついてるわ。私、腐っても神子様なのよ?」


 確かにキヨは計り知れない何かがあると思うが、実行するのは普通の人間の我なのだ。


「都合の良いときだけ神子になるな」


「良いじゃない、そう思った方が心強いでしょ」


 そう言って笑ったキヨは召還の夜に見せた神子様然とした雰囲気を纏い、平凡な顔立ちが何故か神々しく見える様な、不思議な微笑みを浮かべて告げた。


「全ては神の御心のまま。汝、恐れることなかれ」



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