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汝、恐れることなかれ4


 昼食後、再び馬車での旅が始まると、キヨは世話になる予定の母について教えて欲しいと言ったので、母の人物像から始まって妾妃になった経緯、そして現在の状況などを問われるままに答えた。妹レンカに関しても問われたが、実のところ兄であるエルドシール自身もその所在や現在の状況を把握していなかった。


 第一王子が不虜の事故で亡くなった翌年、三歳のエルドシールと二歳になったばかりのレンカは神殿に預けられた。一年後、ローレッセン王が討たれたのを契機に再び尼僧に戻った母と再会し、母は修道院、兄妹は併設の孤児院に別れて育った。当時内戦で焼け出されて母子共に修道院に身を寄せる難民は多かったので、エルドシールは自分たち親子も同じ様な境遇だろうと思っていた。

 王宮の記憶はうっすらとあるものの自分が王子という認識は無かったし、レンカにいたっては全く覚えていないようだった。その上アレシアは母として幼い兄妹に接してくれたが、同時に俗世と別れを告げた尼僧として父の事は一切話すことはなかった。エルドシールは孤児院で庶民の子供達と共に、分け隔てなく育ったのである。

 唯一エルドシールが他の子供達と違う待遇だった事はといえば、当時ラダトリア地方の司祭長だったグラスローに毎日二時間程度の特別授業を受けていたことくらいである。孤児院の暮らしは貧しく辛い事も多かったが、心穏やかな尼僧達に囲まれて精神的には恵まれた環境だったとエルドシールは懐かしく振り返る。


 そして貴族達がエルドシールを王として迎えるためにやって来た十四歳の秋、その生活は突然終わりを告げたのだ。母は兄の知らぬうちにレンカを何処かに隠し、不在に気付いた兄は当然妹の所在を聞いた。

 しかし母は何も知らない事があの子を守る一番の盾になる、お前もあの子は死んだ者と思って忘れなさいと厳しい口調で告げ、その後妹に関しては一切口を閉ざしてしまった。母は貴族達には妹はとっくに流行病で死んだと伝えていた。

 当時は母の思いも意図する事も理解出来なかったが、今は良く分かる。現王の実の妹となれば、その存在が知られれば否応無しに政治に巻き込まれてしまうだろう。妹の他に七人いた王女も内戦に巻き込まれて死ぬなどして今は四人にまで減っているし、政治の道具として有効な未婚の王女は既にいない。

 挨拶一つ出来ずに生き別れてしまった妹の事は、抜けない棘の様にエルドシールの胸を時折ちくりと痛ませた。


「守ってやれるだけの力が無いから探す事も出来ぬ」


 おそらくグラスローに聞けば渋っても最後は答えてくれる気がするが、知ってしまえば遠くから姿を見るだけでもと思うだろううし、それを我慢するのは難しい気がする。自分が動けばレンカの存在を知られてしまう可能性は高かった。だからエルドシールはあえて聞かないことに決めていた。


「逢いたい、わよね……」


 意外な事にキヨは少し涙ぐんでいた。何か痛みを耐える様な表情に、もしかしたらキヨにも兄弟がいるのかもしれないと思った。


「逢いたい。だが思うだけだ。叶ってはならぬ願いだ」


「……決めたわ。神子としてはむりだけど、ただの尼僧見習いキヨとしてあなたの全面的な味方になるわ。孤児院育ちで、お人好しで、素直で、全然王様に向いてないと思うけど、すごく気に入ったから」


 何がどうしてそういう結論に達したのか、エルドシールには全く分からなかったが、味方になると言ってくれた嬉しさよりも殴りつけられたような衝撃が勝った。

 エルドシールは、決意を決めた清々しいキヨの笑顔を呆然と凝視したのだった。


「……お人好しと言われたのは初めてだし、王に向いていないとそんなにはっきり言われたのも初めてだ」


 王に向いているとは自分でも思わない。だが他人にはっきり言われるとこれほど衝撃を受けるものなのか。キヨには攻撃しているつもりは毛頭無いだろうが、物理的な攻撃に換算するとみぞおちを思い切り殴られたくらいの威力があるな、とエルドシールはショックを受けている割りに冷静に分析していた。

 同時にそんな自分に少し驚いたりもしていた。


「お人好しでしょ? だって結構悲惨な目に遭ってると思う。孤児院の生活だって生易しいものじゃないだろうし、身分とか、傀儡の王とか、妹と生き別れとか、捻くれる原因要素満載じゃない。その割りには、誰も恨んでないでしょ? ロクデナシの父上に対してでさえ、全然嫌悪感ないみたいだし。なんだかエディってどんな人間でも、“そういうもの”としてすんなり善も悪もなく受け入れちゃう感じがする。私の事も、異世界の存在も、割とあっさり納得しちゃうし」


 恨んで当然と言わんばかりの口調に、エルドシールははて、と首を傾げた。恨むとしても誰を恨むものなのだろうか?

 父は確かに国王としても夫としてもあまり褒められたものでは無い。しかし父がいなければ当然自分もいないわけで、慕ってはいないが嫌悪する理由が見付からなかった。顔も覚えていない思い出一つない相手なので、父という感覚が薄いせいもあるかもしれない。エルドシールにしてみれば、父という存在は客観的な記録上のものでしかなかった。


「そう言われれば……そうなのか……? 確かに恨む気持ちは、誰にも抱いていないし、そなたの話も疑ってはいないな。しかしあっさり納得したわけではないのだが……」


「勿論額に物証はあるし、召還の場にいたからっていうのを差し引いてもっていうことよ。自分の常識を越える事に遭遇すると普通は都合の良い様に曲解したり、拒絶するものじゃない? だから素晴らしいとは思うけど、不測の事態に対して柔軟性があるっていうよりエディの場合素直過ぎるっていうか。鈍いだけなのかもしれないけど、そういうのって普通王様向きじゃないでしょ。傀儡の王様向きかもしれないけれど」

 

「耳が痛いな。だが、信じやすいわけでは無いぞ。逆に慎重過ぎているかもしれんと思う。そのせいで王宮に四年も居ながら未だに確固たる味方がいない。お人好しという評価は、甘んじて受けよう。傀儡の王を脱したところで自分に務まるのかと不安に思って二の足を踏んでいる部分もある。非情にならざるを得ない場面があるのは分かっているのだが、いざその時になってみたら出来るかどうか……」


 二度目の攻撃は耐性が出来たのか、思ったより衝撃は少なくて済んだ。よし、反撃は出来なかったが一応受け身はとれた。何故かエルドシールの頭の中では剣術の稽古が繰り広げられていたが、キヨには勿論知るよしもない。

 しかし、次のナイフ投げの様な短く鋭い攻撃に対応出来なかった。


「そういうところは普通に馬鹿ね」


「……馬鹿……」


 馬鹿。

 それはどういう意味だったか思い出すことを全力で拒否しているのか、エルドシールは頭が真っ白になった。自分は天才だとは思ったことはないが、選りすぐりの教師達が及第点を出す程度には出来が良かったはずだ。

 冷静に考えれば勉学の上での馬鹿では無いということは簡単に分かりそうなものだったが、傀儡と思われようとも馬鹿とは思われない様に努力を重ねて来たエルドシールには強烈なカウンターパンチだった。



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