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第1話「俺の日常は何故こんなにうるさいのか」

新連載です!ぜひ最後まで読んで欲しいです。この話は個人的に旨味があります。

ブクマ・ご感想もお待ちしております(*^-^*)

朝のホームルームが始まる五分前。

悠馬が席に座ってイヤホンを片耳に突っ込み、昨日買ったラノベの続きを読もうとした。まさにその瞬間だった。


「ゆーまっ♡」


ガタンッと隣の椅子が音を立てる。

振り向く前から分かる。この世界で自分の名前をそんなにも甘い声で呼ぶ人間は一人しかいない。


桐島明日香(きりしまあすか)


ピンクベージュのロングヘアがふわりと揺れて、悠馬の机の上に白い腕が乗せられる。

近すぎる距離、鼻をくすぐる甘い香り。

校則ギリギリまで折り曲げたスカートから伸びる足が教室の光を反射してつるつると光っている。どこからどう見てもギャルだ。絵に描いたような、教科書に載せてもいいくらいのギャルが、今日も悠馬の隣に座っている。


(何故、俺なんだ……。)


この疑問は悠馬に物心がついた頃から現在に至るまで一度も解決されていない。

誰もが認める美少女明日香は、確かに悠馬の幼馴染ではあるが、昔からずっと悠馬にべったりだった。


「おはよ」と悠馬はラノベから目を離さずに言う。


「やだ、そっけな。あたしのこと見て?」

「見てる」

「見てない。ねえ、ゆーまってば」


明日香の指が悠馬のほっぺをつんつんと突いてくる。

悠馬はため息をついてラノベを閉じた。向き直ると、くりくりとした目が三十センチ先から覗いていた。まつげが長い。人工的なくらい長い。


「なに」

「あ、やっと見た。今日もかっこいーね。あたし、ゆうまのことだーい好き♡」


教室の何人かがちらりとこちらを見た気配がして、悠馬は目を伏せた。


「……知ってる」

「えへ」


それだけ言って、明日香は満足そうに自分の鞄からスマホを取り出した。

悠馬はもう一度ため息をつく。


桐島明日香。幼馴染。十七歳。ギャル。

そして、なぜか悠馬に毎日のように『好き』だと伝えてくる女。


最初に言われたのは確か小学三年生の時で、あの時は純粋に照れた。

中学に上がって明日香がギャルになってからも告白は続いた。

悠馬がどれだけオタクくさい格好をしていても、どれだけアニメの話しかしなくても、どれだけ塩対応をしても、明日香の『好き』は止まらない。


クラスメイトは最初こそ騒いでいたが、今では日常の一部として処理されている。毎朝の天気予報と同じカテゴリに入っているようだ。

それは、悠馬にとっても同じはずだった。――同じはず、なのだが。


(……なんで今日は少し声が違うような気がするんだ。)


いつもより少しだけ柔らかく感じる声。気のせいかもしれない。というか気のせいに決まっている。

悠馬はイヤホンを両耳に差し直してラノベを開いた。


そうやって今日も始まるはずだった。

いつも通りの、うるさくて平凡な一日が。





その日の放課後のことだ。


「ゆーまゆーまゆーま」

「なに」

「明日ってひまー?」


悠馬は歩きながら固まった。

明日香は隣でスマホを弄りながら何でもない調子で言ったが、悠馬の心臓は一瞬変な音を立てる。


「……なんで」

「えへへ、ひみつ♡でも暇だったら一緒におでかけしたいなって」


デートという単語は使わなかった。

でも、悠馬は顔に熱が集まるのを感じた。


(……馬鹿馬鹿しい。幼馴染に誘われるくらいで何を動揺しているんだ、俺は。)


「……まあ、空いてるけど」

「ほんと!?やったあ!」


明日香がぱあっと顔を輝かせた。その笑顔が眩しくて、悠馬はそっぽを向いた。


「べつに大したことじゃないだろ」

「大したことだよ。ゆーまといられるじゃん」


またそういうことを言う。

悠馬はポケットに手を突っ込んで、歩くペースを少し上げた。

早く帰りたかった。というか早く落ち着きたかった。


明日香が笑いながら隣に並ぶ。

夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。




その夜、悠馬はベッドの上で天井を見つめながらずっと考えていた。明日香のことだ。


好きかもしれない、と気づいたのは最近のことだ。いや、もっと前から気づいていたのかもしれない。ただ――認めたくなかっただけで。

あんなにギャルで、あんなに明るくて、誰とでも仲良くなれる明日香が、なんで自分みたいなオタクのことを――。


(……明日、言ってみようか。)


“告白”


その単語が頭に浮かんで、悠馬はすぐに打ち消した。でもまたすぐに浮かぶ。


明日香はいつも『好き』だと言ってくれる。だったら悠馬が言っても、悪くはないんじゃないか。


(馬鹿か、俺は。)


ぐるぐると考えながら、悠馬はいつの間にか眠っていた。




翌朝、悠馬が待ち合わせ場所の公園に着いた時、既に明日香はその場所にいた。

一瞬どこにいるか分からずキョロキョロ探してしまったのは、明日香が珍しく白いワンピースを身に着けていたからだ。


(うわ……なんか、めちゃくちゃ緊張してきた……。何で今日に限ってそんな可愛い感じの恰好してるんだよ……。)


ピンクベージュの髪が風に揺れている。

スマホを弄りながら悠馬を待っていた明日香は足音に気づいて顔を上げた。


「あ、ゆーま!おはよ」

「……おはよ」


明日香が駆け寄ってくるのを見て、悠馬はなんとなく目をそらした。

今日は言おうと思っていた。でもいざ目の前に立つと言葉が引っかかる。


「ねえゆーま」

「なに」

「あたし、ゆーまに言いたいことあって」


悠馬の心臓が跳ねた。

明日香がスマホをポケットにしまって、まっすぐ悠馬を見た。その目がいつもより少しだけ真剣で――。


(待て、ダメだ、ここで言わないと俺は……っ。)


口を開こうとしたその時。

突然足元が光り、眩しいという感覚の次に浮遊感に襲われる。

公園の地面が消えて、空の色が変わって、悠馬と明日香の体が光の柱に包まれた。


「な……っ!?これっ、どうなって――!?」

「きゃああ!?」


そこから先のことは、あまり覚えていない。




気がついたとき、悠馬は石造りの床の上にいた。


(……っ、冷たい。なんか硬いし、頭が痛い……。)


ゆっくりと上体を起こすと目の前に巨大な玉座があった。

赤い絨毯、高い天井、甲冑を着た兵士たち。どこかで見た光景だと思ったら、悠馬が読んでいたラノベの挿絵にそっくりだった。


(…………あれ、これ、もしかして異世界転移とかいうやつ……?)


そんな非現実的なことが起きるとは思えなかったけど、現実として感覚がある。


「よく来た、勇者よ」


玉座に座った王様がもったいぶった声で言った。

髭が長くて、金ぴかの王冠を乗せているだ。絵に描いたような王様だ。


「え、あの」

「我が国は今、魔王の脅威にさらされておる。勇者よ、そなたに魔王討伐を――」

「ちょっと待って」


隣から声が割り込んだ。明日香だ。

転がり込んだはずなのに髪は乱れておらず、床についた手をパンパンと払ってすたりと立ち上がった明日香は、玉座を見上げて目をまんまるにしていた。


「これどういう状況?」

「おい、明日香……」

「わぁ、すっごい……お城じゃん!本物のお城!ゆーまこれ、もしかして異世界転移?ってやつ?」

「……お前、怖くないのかよ」

「怖くなんてないよー!むしろ超テンション上がってる!」


明日香が悠馬の腕をぎゅっと掴んだ。顔がきらきらしている。

王様も兵士たちも、突然立ち上がってはしゃぎだした少女に若干引いていた。


王様が咳払いをする。


「……勇者よ。そなたの連れの者は何者か」

「あ、あの、俺の幼馴染で……」

「不要だな」


王様はあっさりと言った。


「は?」

「勇者一人おれば十分。我が国も財政は悪化するばかり、余計な者の食い扶持は出せぬ。――死刑にせよ」

「ちょ、は!?死刑!?」

「ちょっとちょっとちょっと!」


青ざめる悠馬の前に明日香が出て、王様を真正面からにらみつける。腰に手を当てて一切臆した様子を見せないところはまさに勇者然としていた。


「勇者とか魔王討伐とかよく分かんないけど、ゆーまもあたしもニコイチだから!」

「にこ、いち……?」

「一心同体ってこと!てことで、ゆーまとあたしは一生一緒なんだから引き離すとかナシナシ!ナシよりのナーシ!」

「しかし魔力もない者は戦力にならぬし、そんな者を連れては――」

「戦力にならないってどっちが?あたし?」

「いや、そなたではなく……」

「ゆーま?魔力とか言っている意味ホントに分かんないけど、でも、ゆーまは頭いいから!」


明日香の勢いに圧される王様を横目に、悠馬はぽつりと「俺そんなに頭よくない……」と小さく呟いた。


王様は長い髭をさすりながら唸る。

そしてしばらくの沈黙の後、諦めたようにため息をついた。


「……よかろう。ただし、その者を足手まといだと判断した際はその時点で切り捨てろ。それでよいか、勇者よ」

「足手まといとかぜーったいないけど、おけまる水産です!」


明日香はにっこり笑っているが、その横で悠馬はへなへなとその場に崩れ落ちた。


「死ぬかと思った……」

「大丈夫だよゆーま、あたしがいるじゃん」


明日香がしゃがんで悠馬の目線に合わせた。

きらきらした目が真正面からぶつかってくる。


「ね?」


悠馬は返事ができなかった。




城を出て、支給された地図と最低限の荷物を抱えて、二人は石畳の街道に立った。

空は高く、青くて、見たことのない形の雲が流れていた。遠くの山脈が紫がかっている。どこもかしこも現実離れしていて夢みたいだ。


「どこから行く?」と明日香がスキップしながら言った。

もう完全に遠足気分だ。


「……お前、本当に怖くないのか?」

「えーぜんぜん。悠馬と一緒だし?ちょっとした旅行だよ、旅行」

「旅行って……異世界に飛ばされたんだぞ?戻り方も分からないのに、普通怖いだろ。魔王とか討伐とか……知らない世界に飛ばされて、いきなり死刑とか言われるし」


悠馬の言葉に先を歩く明日香が立ち止まった。

振り返った明日香は、夕焼けみたいな色の空を背景にして笑っている。


「でも、宝くじに当たるよりすごいじゃん、これ」

「は?」

「だってさ、異世界転移だよ?魔王討伐だよ?ホントにすごくない?あり得ないって。あたしさ、こういうの読んでる時のゆーま、好きなんだよね。なんか、ちょっとキラキラしてるっていうか、楽しそーっていうか」


悠馬は黙った。

明日香がくるりと前を向いて、また歩き出す。


「だから怖くないよ。むしろやったじゃん、って感じ。一緒にいるのゆーまだし」

「……お前、ほんとよく分からん」

「じゃあさ、せっかくだしこの旅であたしのことちゃんと分かってよ」


明日香が笑いながら振り返って手を伸ばしてくる。


「行こ、ゆーま」


悠馬は少しの間、その手を見た。

真っ白で、滑らかで、自分よりずっと小さな女の子の手だ。


(……情けないな、俺。明日香に守られて引っ張られて……。)


少し躊躇いがちに、その指先を握った。


「……行くけど、一個言っておく」

「なに?」

「さっき城で俺が頭いいとか言ったの、撤回しろ」


明日香が声を上げて笑い、すれ違う人々が妙なものを見るような目で二人のことを見る。

明日香の明るい笑い声が、知らない世界の空に響いていった。


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