表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

エンジェル

作者: 昼月キオリ
掲載日:2025/12/24


♦︎

灰が舞っていた。

煤けた木材、崩れた建物、まだ微かに燃える炎。

世界は終わったように見えたけれど、終わりきれずに燻っていた。


私は、その真ん中に一人で立っていた。


黒ずんだパーカーの袖で、何度も涙を拭う。

拭っても拭っても、胸の奥から溢れてくるものは止まらなかった。


「やっぱり、独りぼっちだ」


猫月ねむ。31歳はぽつりと呟く。


現実が確定してしまう気がして、

小さく呟いただけだった。


誰にも届かない想い。

選ばれなかった気持ち。


焼け焦げた地面に、私の影だけが伸びている。


そのときだった。


ふわりと白い羽が舞った。

灰色の世界に見えた唯一の白い光。


顔を上げると、

そこには青年が浮かんでいた。


白い翼を広げ、灰色の空を裂くように現れた青年。

金色の光に包まれているのに、不思議と眩しすぎない。

その瞳は、まっすぐに私だけを見ていた。


彼は、何も言わずに手を伸ばしてきた。


「どうして」


声が震える。


「私、何も救われるようなことしてないのに・・・

誰かに愛されたり報われたりしたわけでもないのに」


世界から取り残された私に、

光が差し出される理由なんてどこにもない。


それでも、彼は微笑んだ。


その笑顔は、

誰かを選ばなかった優しさじゃない。

“私を見つけた”という確信のある表情だった。


「君は、ずっと独りで耐えてきたんだ」


初めて聞く声なのに、

ずっと前から知っているような気がしてホッとする。


「誰にも届かない想いを、

それでも大切に抱えてここまで来た」


胸が大きくきしんだ。


「それだけで充分なんだよ」


彼の手は、触れそうで触れない距離にある。


「君の片想いも、涙も、

この世界で確かに存在してる。」


私は、唇を噛みしめた。


救われたいわけじゃなかった。

奇跡が欲しかったわけでもない。


ただ、幻じゃなかったと誰かに言って欲しかっただけだった。


「本当にいたのね」


そう言うと、彼は静かに頷いた。


灰の降る世界で、

私は初めて、独りじゃないと知った。


その光と眼差しは、

私の人生の中にあった。


私は、二度と自分の想いをなかったことにはしないと決めた。


エンジェルはいた。

エンジェルは本当にいた。


彼が手を伸ばした。

まだ触れていないのに胸の奥が熱くなる。


それは懐かしさだった。

初めて会ったはずなのに。


「不思議」


私がそう言って胸に手を当てると、

彼は少しだけ困ったように笑った。


「君は、いつもそう言うね」


胸が、跳ねた。


「いつもって?」


「自分が誰かに大切にされることをそう言うんだ。

幸せになることを不思議だって。」


その言い方は、

私を知っている人の言葉だった。


私の心の癖を知っている。

私の心の叫びを知っている。


「私たち会ったことあるの?」


気付けば声が震えていた。


焼けた地面に映る影は二つ重なっていた。


「今はまだ」


そう前置きしてから、

彼はまっすぐに言った。


「でも君が歩き続けた先で、

僕は君の隣に立つよ。」


息が止まる。


「君が自分の想いを

なかったことにしなかった未来で」


その言葉だけで分かった。

この人は、私がこれから出会う人なんだ。


傷を抱えたままでもいいと、

泣いた過去ごと抱きしめてくれる人。


「だから、ここにいる」


彼は言った。


「君が独りだと思い込んで立ち止まりそうになる度に

未来から迎えに来るから。」


胸がいっぱいになる。

言葉が出てこない。


「じゃあ」


やっとか細い声を絞り出す。


「あなたにとって私は・・・」


彼は、少しだけ照れたように、

それでもはっきり答えた。


「恋人になる人だ」


彼は、最後にもう一度手を伸ばす。

私も手を伸ばし、手を重ねた。


「また会おう」


彼の姿は光に溶けていった。



灰は、まだ降っている。

世界は、まだ壊れている。


それでも私は、

未来に行けると知った。


エンジェルはいた。

エンジェルは本当にいた。



♦︎

朝。

カーテンの隙間から光が差し込む。


私は目を覚まして、

無意識に手を伸ばした。


空を掴むはずだった。


あの夢と同じように。

触れそうで触れなかったあの距離。


けれど。


ぎゅっ。


「え!?」


「今の、無意識?」


彼が小さく笑った。


「・・・う、うん」


恥ずかしさの中で答えた。


その手の体温に、

孤独。疑い。幻だったらどうしようという不安が消えていく。


光も、翼も、灰もない。

でも、確かにあの時の手だった。


瞼の裏に残る灰色の世界。

煤けた燃えかすの匂い。


でも、今は違う匂いがする。

甘くて優しいこの匂いは・・・。


「いい匂い」


「あ、そうだ。はい、ココア」


彼が机に置いていたココアを私に差し出す。

それがいつもの日課だった。


「ありがとう」


現実だ。

如月ると。7つ歳下の私の大切な人。


瓦礫の上で手を伸ばしてきたあの青年にそっくりだ。

じっと彼の顔を見つめると

彼は一瞬キョトンとした後、少し照れたように頬を赤くしながら質問をする。


「どうかした?」


「昔、不思議な夢を見たの。それを今思い出した。」


「不思議な夢?」


私は昔見た夢の記憶を彼に話した。


「世界が燃えてて、私一人で立ってた。

その時ね、青年の姿をしたエンジェルが空から降ってきたの。

・・・るとに似てた。」


笑われるかな。

そう思ったけれど、

彼は一切茶化すことなく静かに私の方を向いた。


「この手の体温、思い出した?」


「うん。私、るとに会ってたんだね」


心臓がドキドキする。


「うん、僕は君が辛い時、何度も会いに行った。

触れられなかったけど、君が立ち上がるのをずっと待ってた。

そしたらやっと会えたんだ。」


喉が詰まる。


「どうして・・・」


「好きだったから」


「まだ会ってもいないのに?」


そう聞くと彼は少し笑った。


「会ってたよ。君が泣いた夜も、

大丈夫って自分に言い聞かせた朝も。全部、全部知ってる」


私は、彼の胸に顔を埋めた。

確かめるように強く息を吸う。


ここには、灰の匂いはない。

あるのは、彼とココアの匂いだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ