第9話「白刃との死闘」
月が薄く雲に覆われ、
ビル屋上に冷たい光が降りていた。
白いコートの男──《白刃》は、
まるで氷室たちがそこに来ることを
“予知していた”かのように、
絶妙な距離に立っていた。
その手には、
細身の刀のような武器。
だが刀身は金属ではなく──
白い霧のように揺らぎ、
光を吸い込んでいる。
城ヶ崎が低く呟く。
「……あれは“霊断刀”。
影を斬り、王の権能さえ分断する……
影狩りの象徴です」
氷室は唾を飲み込む。
男は静かに、一歩踏み出した。
「氷室亮介。
あなたは影の王の力を継承した。
よって──人類にとっての脅威と認定する」
その声音には怒りも憎しみもない。
ただ静かで、容赦がない。
氷室は前へ出る。
「……俺は脅威なんかじゃない。
誰も傷つける気はねぇよ」
白刃は淡々と答えた。
「“誰も傷つけない力”など存在しない。
王の影は必ず墜ちる。
それは歴史に刻まれた絶対法則だ」
城ヶ崎が氷室の横で構える。
「氷室……
話が通じる相手じゃありません。
影狩りは“影の王を殺すための存在”です」
白刃の白い影が動いた。
次の瞬間──
影が風を裂き、一直線に伸びた。
氷室は反射的に後ろへ跳ぶ。
“音”が遅れて聞こえた。
シュパァンッ!
氷室のいた床が、
紙のように斬り裂かれていた。
氷室「……っ!」
彩花「お兄ちゃん!!」
城ヶ崎が叫ぶ。
「下がって! あれは通常の影じゃない!!
“影そのものを殺す”白の影!!」
白刃は淡々と告げる。
「抵抗するなら……ここで斬る」
白刃が再び踏み込む。
◆
氷室の中で、黒い衝動が息を吹き返す。
(影……
来い……!
こいつを止める力を──俺に寄越せ……!!)
黒い影が、氷室の足元から溢れた。
まるで地獄の底から蒸気が噴き出すように。
影が城ヶ崎の影と絡み合い、
一気に巨大化する。
城ヶ崎が息を呑む。
「……これが……
“王の覚醒”……!」
しかし──
白刃はその巨大な影を見ても
表情ひとつ変えなかった。
「無駄だ」
白い影がすっと伸びた。
次の瞬間。
ドッッッ!!
地面が爆発したような衝撃。
氷室の影が一部、
“消滅”していた。
氷室「……なっ……!?」
城ヶ崎が叫ぶ。
「影が……斬られた!?
氷室、下がって!
白の影は黒影の天敵!
触れれば“存在ごと削られる”!!」
白刃の姿がふっと消え──
背後に現れた。
「遅い」
“霊断刀”が氷室の首元へ振り下ろされる。
彩花「お兄ちゃん!!」
氷室は本能で影を防壁に変える。
ガッッ!!!
衝撃が屋上全体を震わせた。
だが、刹那。
影が砕けた。
腕に焼けるような痛み。
氷室は吹き飛ばされ、
鉄柵に叩きつけられる。
「……ぐ……っ!」
白刃は氷室を見下ろし、
静かに言う。
「あなたには覚悟がない。
王に相応しくない」
氷室は歯を食いしばる。
「覚悟なんて……
そんな簡単にできるか……!」
白刃「だから王はすぐ墜ちる。
影は弱さを食う。
あなたの影は、あなたを喰い始めている」
氷室は目を見開く。
見ると、足元の影が波打ち、
黒い牙のようなものを形作っていた。
城ヶ崎が声を張り上げる。
「氷室!!
抑えて!!
影は王の感情に呼応する!
恐怖や怒りを強く持つと……
あなた自身を食い破る!!」
氷室は息を荒げながら叫ぶ。
「そんな器用なこと……
できるかぁぁぁ!!!」
白刃はため息をついた。
「やはり救えない。
ここで斬る」
霊断刀が振り上げられた。
その瞬間──
彩花が氷室に飛びついた。
「お兄ちゃんを……
傷つけるなぁぁぁああ!!!」
氷室「彩花、来るな!!」
白刃の目がわずかに動き、
霊断刀の軌道がずれた。
しかしそれでも──
白い影は止まらない。
氷室は咄嗟に彩花を抱き寄せ、
背中を向ける。
(来いや白刃……
俺の命なんてどうでもいい……
だが……
彩花だけは……絶対に……!!)
その瞬間。
黒い影が爆発した。
城ヶ崎が悲鳴を上げる。
「氷室!!
だめ!!
“怒り”で影を解放したら──!!」
◆
黒い衝撃が屋上を貫き、
白刃の白い影を押し返した。
白刃の足がわずかに滑り、
初めて体勢が崩れる。
霊断刀が空気を切り裂く。
白刃「……この反応……
“王の完全解放”……!」
氷室の目が赤く染まる。
声音が低く落ち、
別の存在のように響く。
「──俺の家族に手ぇ出すなよ」
白刃がはじめて口元を歪めた。
「……面白い。
では“王の本性”、見せてみろ」
二つの影がぶつかり合う。
黒と白、王と狩人。
夜の街を揺らす戦いが、
ついに幕を開けた。




