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第8話「逃亡者と影の王」

夜の街に、影がふっと解けるように浮かび上がった。


氷室、彩花、城ヶ崎の三人が姿を現したのは、

都心から少し離れた廃ビルの屋上だった。


都会の喧騒はここまで届かず、

吹き抜ける風が遠くのネオンを揺らすだけ。


氷室はひざに手をつき、荒い呼吸を整える。


「……これが……影の転移……

 胃が裏返るかと思ったぞ……」


城ヶ崎は淡く笑った。


「慣れれば何ともありません。

 影に飲まれる感覚にもいずれ慣れますよ」


氷室は顔をしかめる。


「慣れたくねぇよそんな感覚……」


彩花は兄に寄り添いながら、不安げに城ヶ崎を見る。


「城ヶ崎さん……

 私たち……これからどうなるの……?」


城ヶ崎は一度夜空を見上げてから、

静かに答えた。


「氷室と彩花さんは、

 “行方不明扱い”になるはずです。

 今日の現場ではあなたたちの足跡が急に途切れた。

 警察は“神隠し”か“誘拐”として捜査を始める」


氷室は舌打ちした。


「梶原には悪いが……

 戻るわけにもいかねぇ」


「戻れば拘束されます。

 そしてあなたの“影の力”は、

 国に管理されるでしょう」


氷室は苦笑を漏らす。


「俺が……国の兵器になるってか」


「そうなります。

 影の継承者は、

 国家レベルでは“脅威”でしかありません」


風が強く吹き、

三人の影が揺れた。



氷室はポケットからスマホを取り出そうとした。


しかし──

画面は完全に黒く染まり、

触れても何も反応しない。


城ヶ崎が少し申し訳なさそうに言った。


「影の領域に入ったせいで、

 あなたが持っていた電子機器はすべて……

 “死にました”。

 影の波形と現代電波は相性が悪いんです」


「……最悪だな」


「最悪ではありません。

 あなたの位置情報が追跡されないのですから。

 逃亡者としては利点ですよ」


氷室は頭を抱える。


(なんだこの理不尽……

 一般市民から見れば俺は行方不明、

 警察から見れば逃亡者……

 しかも影の力のせいで電子機器が全部破壊……

 笑えねぇ……)


そのとき。


城ヶ崎の影が氷室に触れた。


氷室はビクリと肩を揺らす。


「おい、近づけるなって言ったろ!」


城ヶ崎は首を振った。


「あなたの影が、私に接触しろと要求しているだけです。

 私はもうあなたの“従属影”。

 私の影はあなたの影の命令で動く」


氷室の顔が引きつった。


「従属って……

 それ、言い換えれば……

 お前が俺の……部下?」


城ヶ崎「……はい」


氷室「……いやそれは無理があるだろ」


城ヶ崎「事実ですので」


氷室は頭を抱える。


彩花はくすっと笑った。


「お兄ちゃん、なんか……

 城ヶ崎さんと夫婦喧嘩みたい」


氷室「やめろ! 変なこと言うな!」


城ヶ崎「…………」


氷室「黙って頬を赤くするな!!」


彩花「図星なんだね」


氷室「余計なこと言うな!!」



そんな小さな安堵の空気が流れた後──

城ヶ崎の影が急に硬直した。


氷室は瞬時に表情を引き締める。


「来たか?」


城ヶ崎が頷く。


「警察の“特殊追跡班”が動きました。

 あなたの失踪は重大案件。

 捜査一課だけでなく、公安、内調も動いています」


彩花が震える。


「お兄ちゃん……そんな……」


氷室は彩花の頭を撫でた。


「大丈夫だ。俺は捕まらない。

 お前は俺が守る」


彩花の瞳が潤む。


城ヶ崎が静かに告げる。


「そして……

 警察より厄介な存在も動き出しました」


氷室は城ヶ崎の表情から“ただ事ではない”と察する。


「厄介って……影の追跡者のことか」


城ヶ崎は頷いた。


「はい。

 あなたが“影の王の力”を完全継承したことで、

 世界の“向こう側”が気付きました。

 捕食者以外にも……

 こちらに侵入しようとしてくる“異形”がいます」


氷室の眉間に皺が刻まれる。


「つまり……

 俺たちは警察から追われ、

 異形にも追われるってわけか」


城ヶ崎「そうなります」


氷室「……なんだよそれ

 バランス悪すぎんだろ」


城ヶ崎「世界のバランスなど、元から幻想です」


氷室「さらに言い切るな!」


彩花が不安げに尋ねる。


「じゃあ……

 お兄ちゃん……

 どこに行けばいいの……?」


城ヶ崎は静かに答えた。


「氷室が影を制御できるようになるまで、

 “隠れ家”が必要です」


氷室は聞き返す。


「隠れ家?」


城ヶ崎は頷いた。


「影の継承者が歴代利用したと言われる場所。

 日本に三つだけ存在します。

 その一つが──」


言葉が切れる。


影がざわめき、

空気が震えた。


城ヶ崎が即座に氷室の前へ出る。


「まずい……!

 “影狩り(シャドウハンター)”が来る!!」


氷室は息を呑む。


「影狩り……?」


城ヶ崎は振り返った。


瞳が緊張で鋭く光る。


「あれは……

 影の力に対抗するために生まれた

 “人間側の異能者部隊”。

 氷室、おそらく狙いはあなた……!」


ビルの縁に、人影が立っていた。


月明かりの下、

白いコートが風になびく。


人影はゆっくりとこちらを見た。


氷室の胸が一瞬止まる。


(……あいつ……どこかで……)


風が吹いた。


白いコートの男が低く呟く。


「氷室亮介──

 影の王、拘束する」


そして──

男の背後に“白い影”が伸びた。


城ヶ崎が叫んだ。


「氷室、後ろへ!!

 あれは影を“斬る者”!!

 影狩りの精鋭──

 《白刃ハクジン》!!」


氷室の戦いは、

まだ始まったばかりだった。


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