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第2話 「揺らぐ証言」

翌日の朝、裁判所の廊下には、

昨日の事件が“なかったこと”のように

いつも通りの空気が流れていた。

職員たちは資料を抱えて移動し、

弁護士たちは携帯で依頼人と話しながら足早に歩く。


城ヶ崎悠は、

その喧騒のすべてを“別の世界の音”として聞いていた。

周囲と同じ速度で歩きながらも、

彼の思考だけは静かに沈んでいた。


(昨日の……感覚)


倉庫の奥で、男が最後に見せた表情。

恐怖でも、後悔でもない。

もっと別の何か──

自分が理解できない種類の色。


悠は歩みを止めかけた。

だが、次の瞬間にはいつもの冷静さを取り戻していた。


「裁判長、おはようございます」


若い書記官の声が近づいてくる。

悠は軽く会釈を返した。


「昨日の件、少し気になることがありまして……」

「昨日?」

「はい。被告側の証人が、出廷予定でしたが……連絡がつかなくなっていると」


悠の指先がわずかに止まった。

書記官は続ける。


「失踪というわけではなさそうですが。

 単に“行方不明扱いにするには早い”という判断みたいです」


悠は静かに頷いた。

(またか……)


だが彼の表情に変化はない。

書記官が気づくことはない。


「予定通り進めましょう。

 証人がいなければ、記録を基に判断するだけです」


悠は淡々と言った。

その声は、波が凪いだ水面のように揺らぎがない。


書記官は少し不安そうに眉を寄せたが、

最終的に頷いた。



開廷すると、昨日の弁護士が

さらに顔色を悪くして立っていた。

証言者の不在を埋めるように

必死に弁護を続けているが、

言葉はどこか上滑りしていた。


(彼の焦りは……“罪悪感”か?)


悠は訴状を読みながら考える。

昨日感じた“ざわつき”は、

どうやら彼の側にあるらしい。


弁護士の声が震えていた。

まるで彼自身が有罪を認めているかのように。


「……以上が、被告の無実を示す証言……に……なります」


言葉は途中で途切れ、

彼の目が揺れた。


その瞬間、悠は悟った。


(彼は……知っている)


証人が“どうなった”のか。

それだけではない。

もっと深い、抜け出せない闇を。


悠の胸の奥で

昨日と同じざわつきが、

より大きく、重たく響き出した。


「裁判長、質問を──」

検察側の言葉に遮られ、法廷は一気に緊張する。


悠は裁判官席から静かに告げた。


「……弁護人。

 あなたは本当に、証人の所在を知らないのですね?」


法廷の空気が凍りついた。


弁護士が短く息を呑む音が、

傍聴席にも届いた。


「し……知りません」

「そうですか。では続けましょう」


それだけで済む話のはずだった。

しかし──

弁護士は目を逸らした。


小さく、震えるように。


(やはり……)


悠は内心で確信を強めた。

だが表情は微動だにしない。



夕方。

裁判が終わり、悠は書類の整理を終えて帰路についた。

裁判所を出ると、

秋の風が頬を撫でる。


夜が近い。

その気配を感じた瞬間、

悠の背の奥に、かすかな重さが落ちてきた。


(今日は行かない)

そう決めていたはずだった。


昨日の“ざわつき”を鎮める必要がある。

無闇に夜を歩くべきではない。

理性はそう告げている。


……にもかかわらず、

足はまた、裁判所とは別の方向へと向かっていく。


(……なぜだ?)


自分でも理由がわからなかった。

しかし、胸の奥で

“微かな声”のようなものが響く。


──まだ終わっていない。


夕陽が沈み、街灯が灯る。

風が吹き抜けるたび、

どこか遠くの音が静かに揺れる。


悠は歩みを止めず、

路地へと消えていった。



そのころ、警察署では

刑事・氷室が机に資料を広げていた。

疲れを隠そうともせず、

目の下には深いクマがある。


「今回も、足跡ひとつ残っていませんでした」

部下が肩をすくめる。


「……そんなこと、あるかよ」


氷室は低く呟き、資料に目を走らせる。

やはり、奇妙なほど同じ特徴を持つ。

消えた人間、消えた痕跡、

そして──

どの事件にも“静寂”がある。


「次は、必ず捕まえるぞ」


氷室は資料を握りしめた。


整然とした捜査資料の中に混ざる、

一枚の写真に視線が落ちる。


そこには、昨日姿を消した証人の名前があった。


氷室の眉が動く。


「……裁判関係者か。

 また妙な一致だな」


彼は深く息を吸った。


(この街で、何が起きている……?)


氷室の疑念はまだ弱く、

しかし確実に芽生え始めていた。


夜の始まりを告げるサイレンが

遠くで鳴り響いていた。


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