第7話「帰還と代償」
白い光が消え、
氷室が次に目を開いたとき──
そこは“現実の”自宅リビングだった。
だが、その光景は異常だった。
部屋の壁は部分的に抉れ、
床は黒い焦げ跡のような模様に覆われ、
空気にはまだ薄く闇が残っている。
彩花が倒れ込むように氷室へ駆け寄り、
抱きしめた。
「お兄ちゃん!!
よかった……本当に……よかった……!」
氷室は妹の背中に腕を回す。
(生きてる……
彩花は……無事だ……)
胸の奥が熱くなる。
そのすぐ後ろで──
城ヶ崎が静かに立っていた。
しかしその姿は、
以前とまったく違っていた。
◆
氷室は彩花を離し、
城ヶ崎へ歩み寄る。
「城ヶ崎……
お前……大丈夫なのか?」
城ヶ崎は曖昧に微笑んだ。
「大丈夫……と言えば大丈夫。
でも……“前とは違う”。」
氷室は眉をしかめる。
「違う……?」
城ヶ崎は静かに告げた。
「影の核をあなたに渡した瞬間……
私は“完全な人間”ではなくなった」
氷室は息を呑む。
城ヶ崎の影が、
城ヶ崎本人とは独立して動いている。
まるで“意思を持つ別の生物”のように。
氷室の不安を察して、城ヶ崎が説明する。
「私は影の“主”の座をあなたに譲った。
今の私は……
影にとっては“従属存在”。
言うなれば……
影に寄生された人間です」
彩花が震えた声で言う。
「そんな……
城ヶ崎さん……それって……」
城ヶ崎は穏やかに微笑む。
「平気ですよ。
むしろ、あなたたちが生きていて……
それが一番の救いです」
氷室は胸が締め付けられる。
(俺を守るために……
影の核を渡した代わりに……
城ヶ崎は……“人間性”を一部失った……)
拳を握り締める。
(絶対に……
取り戻してやる……
城ヶ崎が失ったもの……全部)
その決意を遮るように、
部屋の外からサイレンの音が近づいてきた。
彩花が怯える。
「お兄ちゃん……警察が……!」
城ヶ崎は氷室に目を向ける。
「当然です。
“家一軒が異常崩壊した”んですから。
このままだと……
あなたは事件の“主犯”とされかねない」
氷室は顔をしかめる。
「俺は刑事なんだぞ……
事情を説明すれば……」
城ヶ崎は首を横に振る。
「説明できるんですか?
“影の捕食者”に家を襲われて
異界に飲み込まれました……なんて」
氷室「…………無理だな」
城ヶ崎「でしょうね」
彩花の顔が青ざめる。
「じゃあ……私たち、このまま捕まる……?」
そのとき。
城ヶ崎の影が動いた。
すっと伸び、壁や床を滑るように走り、
部屋や廊下の痕跡を“溶かして消して”いく。
氷室が驚く。
「おい城ヶ崎!?
何してるんだ!」
「“あなたにとって不利な証拠”を消しています。
影の能力……
今の私はあなたの影の“従属者”。
使える範囲が広がっている」
確かに、城ヶ崎の影は、以前よりも濃く、
活動領域が広がっていた。
城ヶ崎は静かに続ける。
「氷室。
あなたは今日から“影の王”です。
影を使いこなすまでは、
あなたの身元は絶対に守らないといけない」
氷室は苦笑した。
「なんか……
人生の難易度が急にインフレしたな」
城ヶ崎は小さな笑みを浮かべた。
「それでも、あなたならできます。
力で選ばれたんじゃない。
“意志で”選ばれたんです」
氷室は目を伏せた。
(意志……守りたいもの……
彩花……
城ヶ崎……
そして俺自身の正義……)
胸の奥が熱くなる。
サイレンの音が家の前で止まり、
誰かが玄関を叩く音が響く。
「氷室!
中にいるのは分かってる!
開けろ!!」
それは氷室の同僚、
捜査一課の梶原の声だった。
彩花が怯える。
「どうするの……お兄ちゃん……!」
氷室は静かに息を吐き、
城ヶ崎を見る。
城ヶ崎が頷く。
「逃げるべきです。
今のあなたは“影の影響を受けた人物”。
国家は必ず利用しようとします。
捕まれば、もう戻れません」
氷室は決断した。
「……分かった。
彩花、行くぞ」
彩花は氷室の手を強く握る。
城ヶ崎が影を広げる。
「外では影の追跡者も動き始めています。
捕食者の動きも読めない……
戦いはこれからです」
影が三人を包み込み、
黒い霧となって消えていく。
梶原の怒声が背後で響く。
「氷室!!
逃げるな!!
氷室!!」
氷室は振り返らない。
(悪いな梶原……
でも今の俺は……
“警察官”ではいられない)
影が完全に視界を覆い──
氷室たちは夜の街へ姿を消した。




