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第2章 沈黙の影 ■第1話「予兆」

氷室は城ヶ崎を睨みつけたまま、

廊下の空気が冷たく収縮していくのを感じた。


「……妹を狙っている“敵”とはなんだ?」


城ヶ崎は、まるで感情を排したように答えた。


「あなたの家に向かったのは、

 私ではなく──“別の何か”です」


「別の……何か?」


氷室は息を呑む。


その瞬間、城ヶ崎の瞳が微かに揺れた。


「今から話すことは、

 あなたには信じがたいかもしれません。

 ですが──

 あなたはもう巻き込まれた。

 聞くしかない」


氷室の背中を寒気が走る。


「……言ってみろ」


城ヶ崎は静かに言った。


「最近、消失事件が連続して起きているでしょう。

 建物ごと“音もなく”消えるあれです」


「……ああ。お前が犯人なんじゃないのか?」


「違います。

 あれは“私ではなく”、

 “私と同じ領域にいる存在”の仕業です」


氷室は肩を強張らせた。


「同じ…領域……?

 なんの話だ。超常現象か?」


城ヶ崎は氷室の目を真っ直ぐに見た。


「私は、普通の人間ではありません」


短く、静かに──

あまりに淡々とした真実。


氷室の心臓が大きく脈打った。


「……何者だ、お前は」


城ヶ崎は答えず、

代わりに歩き出した。


「説明は、あなたの家でします。

 彩花さんの安全を確保するほうが先です」


氷室は迷った。


(こいつを信用していいのか?

 妹の安全を守るために……

 本当に頼っていいのか?)


しかし、迷いは長く続かなかった。


妹の声。

沈みゆく静寂。

あの不吉な電話の終わり。


氷室は決断した。


「……行く。

 だが、何もかも話してもらうぞ」


「もちろんです」


城ヶ崎は軽く頷き、

無音の歩みで廊下を進む。


その背中は、

まるで“影が形をとった”ような佇まいだった。



二人は警視庁を出て、車に乗り込む。


夜の街を走る車内で、

氷室は城ヶ崎の横顔を盗み見る。


(どうしてこいつは、

 こんなにも“静か”なんだ……)


城ヶ崎は窓の外を眺めながら口を開いた。


「……あなたは、こう思っているでしょう?

 私が異常の中心にいる、と」


氷室は言い返さなかった。


城ヶ崎は淡々と続ける。


「的確です。

 私は“外側から来たもの”ですから」


「外側……?」


「あなたたちの世界とは別の『層』の存在。

 そして今、そこから“別の何か”が漏れ始めている」


氷室は言葉を失った。


理解が追いつかない。

しかし、今までの異常現象を思えば──

“普通の説明”では到底足りなかったのも事実だ。


城ヶ崎は微かに表情を曇らせた。


「本来なら、あなたはこの戦いに巻き込まれるべきではなかった。

 ですが……

 あなたの妹さんが狙われた時点で、

 もう後戻りはできません。」


氷室の拳が震える。


「くそ……どこまで知ってるんだ、お前は……!」


城ヶ崎は氷室の方を向き、

低く囁いた。


「彩花さんを狙っている存在は──

 “私の影”です」


氷室の呼吸が止まった。


「……影?」


城ヶ崎は首を縦に振った。


「私の力の“もう一つの側面”。

 私がこちらへ来た際、切り離されたもの。

 理性も目的もなく、ただ消し去るだけの存在」


「じゃあ……妹は……」


「その影は、

 私に“関係した者”から消そうとする」


氷室は城ヶ崎を掴み上げた。


「ふざけるな!

 なら最初から来るな!

 お前が関わったせいで彩花が──!」


城ヶ崎は抵抗しなかった。

ただ静かに言う。


「あなたが妹さんを愛しているように、

 私もこの世界を守りたいと思っている。

 そのためには、

 “影を倒さなければならない”」


氷室は拳を震わせていた。


だが──

城ヶ崎の瞳を見た瞬間、

掴んだ手が緩む。


その瞳は嘘をつく目ではなかった。


そして氷室は悟る。


(……城ヶ崎を倒せば妹は助かる、

 そんな単純な話じゃない)


もし“影”が本当に存在するなら、

城ヶ崎はむしろ唯一の手がかりだ。


氷室は深く息を吸い、吐いた。


「……分かった。

 まずは彩花を──助ける。それが先だ」


城ヶ崎は穏やかに頷いた。


「ええ。そのために私は来ました」


車は氷室の自宅の近くに到着する。


その瞬間──

城ヶ崎が表情を固くした。


「……間に合わなかったかもしれない」


氷室の心臓が跳ね上がる。


「どういう意味だ!?」


城ヶ崎は一点を見据えて呟いた。


「“静寂”がもう始まっている」


家の周囲。

街灯の下。


音がない。


風音も。

車の走る音も。

虫の声も。


何も、ない。


世界が──

“止まっている”。


氷室はドアを開け、走り出した。


「彩花ァァァァァァ!!!」


城ヶ崎は呟いた。


「来たな……“影”が」


夜の街に、

音のない黒い波が広がっていった。


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