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虫愛づる姫君

作者: 俺野兎

次の時間は移動教室だ。

私は2人の友達と一緒に教室を出た。

別の棟の美術教室に向かう。


私は小川凛。

高校2年生の16歳。

何もかも平均的な平均女子。

勉強もスポーツもほぼ平均。

できる方でもなく、できない方でもない。

身長、体重も全国の高2女子の平均の数字と小数点以下で少し違うくらい。

バストの平均はわからないけど、もう少し欲しいところ。

容姿はどうだろう。

こればかりは数字で測れないので、平均に達しているかどうかはわからない。

趣味は、小説を書くこと。

文芸部に所属している。


こんな平均女子の私が廊下を歩いていた時のこと。

窓ガラスの内側に1羽のベニシジミがとまっていた。

「出たいよ、外に出たいよ。」

そう聞こえる。

もちろん虫の声など聞こえるはずはないけど、私にはそう聞こえる。

窓を開けて出してあげたい。

でも、そんなことをしたら友達に引かれるかも。

女子の虫嫌いの子は本当に嫌いだから。

怖いという子さえいるのを知っている。


何もできないまま、通り過ぎる。

胸が痛い。


「どうした、前島?」

後ろから男子の声がした。

前島君は同じクラスの男子。

私と同じ美術を選択しているから、美術教室に向かうところだろう。

「あー、チョウチョがな。」

チラッと振り返ると、前島君が窓を開けているところだった。

「お前、優しいんだな。」

「いや、そんなんじゃねーんだ。」

「あっ、出た。」


私はほっと安心しながら、自分の弱さを憎んだ。

もし前島君がいなかったら、あの子は何もわからないままどこかへ飛んで行って、どこまで飛んでも外にでられないまま、どこかで死んでいたに違いない。


前島君とは、全く接点もなく、席も近くになったことがないので話をしたことがない。

正直、私の名前を知っているかどうかさえ疑わしい。

私も、彼のことは前島君ということを知っているだけ。

でも、あの一件から、彼のことが気になっている。

もちろん恋愛感情などではなく、どんな人なんだろうという関心を持っただけ。

私が突然、話掛けたら驚くだろうし、そもそも私にそんな勇気はない。

そんなまま、月日だけが流れていった。


そんな私に、突然の転機が訪れた。

なんと、席替えで前島君の隣の席になったのだ。

その日の放課後、クラスも人がまばらで、私たちの周りには誰もいなかった。

チラッと横を見たら、前島君と目が合ってしまった。

ニコッとして、私の方を向く。

「小川さん、俺、前島。よろしく。」

私のこと知ってくれていた、よかった。

あのときのことを聞かないと。

唐突なのはわかっているけど、こんなチャンスは滅多にない。

周りに人がいたらできない話だから。

「よろしく。あのね、前島君、ずっと聞きたかったことがあるの。」

「何?俺に彼女がいるかとか?」

ふざけているのがわかる。

こんな人だったの、知らなかった。

もちろん悪い意味じゃない。

でも、そんなことを突然言われて、ちょっとびっくりした。

「いや、そうじゃなくて。」

「冗談だよ。小川さんって、真面目なんだね。で、何?」

「だいぶ前、廊下でチョウを外に出してあげたでしょ。」

「チョウ?・・・あー、ベニシジミの。」

ベニシジミ。

誰もが見たことがあると言えるほど一般的なチョウ。

だけど、その名前を知っている人はそういない。

「あれかー。何で知ってるの?」

「私も知ってたの。ベニシジミが出られないでいたところを。でも、私、友達の目が気になって、何もできなくて。」

「そういうことか。俺、思うんだよな。よく廊下にトンボとかチョウの死骸が落ちてるだろ。ああゆうのを見るたびに、かわいそうと言うよりも、こんなことあっちゃいけないと思うんだよな。」

「私もそう思う。人が勝手に作った建物の中に、普通に飛んでて入ってしまって、出られずに死んでいくなんて。ぜったいに間違ってる。」

「だけど、俺にできることって、見かけたら助けることだけなんだよな。」

「私は、それさえできなかった。」

「しょうがないよ。特に女子は、友達の目があるから。虫が嫌いな子って多いからな。」

優しい微笑みで慰めてくれる。

「さっきベニシジミって普通に言ってたけど、ひょっとして小川さんって昆虫が好きなの?」

今まで虫と言っていたのに、急に昆虫になった。


そう、私は昆虫が好き。

物心ついたときから、ワクワクしながら昆虫の図鑑ばかり見ていた。

何冊もボロボロにした。

子ども向けの図鑑と言えど、かなり分厚い図鑑だったが、やがては全ての昆虫を、姿を見ると名前を言えるようになっていた。

小学校の低学年までは、男の子に交じって虫捕りばかりしていた。

チョウの幼虫を育てて羽化させたこともある。

やがては、昆虫の生態や体の特徴、しくみなどに興味が移り、そういった本ばかり読むようになって今に至る。

でも、昆虫に興味があるなんて、中学校に入ってからは誰にも言ったことはない。

最悪、気味悪がられるから。


でも、前島君には私と同じ匂いがする。

質問に質問で返すのはいけないことと知っているけど、やはり先に聞きたい。

でないと、返事ができない。

「前島君も昆虫が好き?」

「も」と言ってしまった時点で答えてしまったようなものだった。

「うん。好きなんだ、小さいころから。詳しくはないけどね。」

「私もなの。言ったら引かれるから、誰にも言えないけど。」

「そうかな?」

「男子ならともかく、女子で昆虫が好きなんて言ったら、友達なくすよ。それこそ、虫を見る目で見られるよ。」

「ハハハ、虫を見る目か。敵意に満ちてるんだろうな。」

私の複雑な心境を笑い飛ばしてくれちゃって。

でも、昆虫好きに悪い人はいない。

「これからも昆虫の話しようよ。小川さん、詳しそう。」

「学校じゃできないよ。昆虫が好きなのバレちゃう。」

「じゃあ、どこで?」

考え込んでしまう。

前島君がためらいがちに

「学校の外で話すのはダメ?」

「う~ん。でもどこで誰が見てるかわからないから。」

「そうだな。二人で話しているのを見られたら、付き合ってるのかって思われるよな。それは小川さんに悪いわな。」

それは反対だ。

私なんかが前島君の彼女だと思われる方がおこがましい。

でも。

「そんなことはないけど、やっぱりね、面倒なことになるから。」

それが正直な気持ち。

前島君が、そうだと小さくつぶやいて

「LINEでなんかどう?俺、ケータイは掛け放題じゃないから、LINE電話もありで。」

「うん。それいいね。それなら安心。でも私、話し出したら長くなるかもよ。」

ちょっと頑張ってしまった。

「そう?でも話が長いのは俺の方って自信あるから。小川さんの昆虫愛、じっくり聞かせて。」


こうして、私と前島君の秘密が始まった。

私と前島君が昆虫が好きなことは誰も知らない。

そして、私と前島君がLINEの世界でだけ大好きな昆虫の話で繋がってることも。


前島君は、自分のことを詳しくないと言ってたけど、やっぱり詳しかった。

私の知らないことをいっぱい教えてくれた。


色々話していると、昆虫以外の話でも盛り上がる。

前島君のことがどんどんわかってくるし、私のことも少しずつ知ってもらえていると思う。

いつのまにか、前島君は私を凛と呼ぶようになり、私は真ちゃんと呼ぶようになっていた。

もちろん、LINEの中だけのことで、学校では今まで通りの前島君と小川さん。


少し前に真ちゃんに誘われた。

「俺、前々から行ってみたいと思ってた博物館があるんだ。凜に一緒に行って欲しいんだけど、どうかな。」

初めてのデートが博物館なんて、私たちらしい。

あらかじめネットで調べて行ったけど、昆虫の標本の数と種類は予想をはるかに越えていて、ほんとすごかった。

真ちゃんったら、展示室に入るなり、すごいすごいってはしゃいじゃって、先にいた小さい女の子を連れたお母さんに笑われてしまった。

恥ずかしかったけど、男の子っていつまでも子どもなんだなって思えてかわいかった。

楽しかった。

また、一緒にどこかに行きたい。


文化祭までに、今書いている小説を完結させないと。

そして、みんなの作品と一緒に部誌に載せないと。

部の展示を見に来てくれたお客さんに部誌を渡して、一人でも多くの人に読んでもらいたい。

真ちゃんにもそのことは話してある。

友達と文芸部の展示を見に来てくれる約束を取り付けてある。

今年の文芸部の展示のテーマは「与謝野晶子」。

私は個人的に彼女に思い入れがあるので、見に来てくれた人に感動してもらえるような展示にしたくて、みんなと一緒に精一杯頑張っている。

お客の入りは、わからない。

でも

「ご覧いただきまして、ありがとうございました。」

出口前でそう言って、真ちゃんに部誌を渡すのは、絶対に私。

だから、今年は、私がずっと出口前の係をしてもいい。

渡された部誌の、私のを後で読んで、真ちゃん、どんな顔をするだろう。


その作品は、昆虫が好きな女子高校生が主人公。

そして、とあることで昆虫が好きな男子と出会い、二人は互いに惹かれ合い、やがて不器用な交際が始まる。

本当は現実世界の話だけど、読む人皆にとっては全くのフィクション。

その女子と男子がここにいることを、誰も知らないから。

その小説のタイトルは・・・「虫愛づる姫君」

初めて、短編を書いてみました。励みになりますので、感想などをいただければ、幸いです。

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