第9話:スライムとの帰還
スライムをテイムした興奮も冷めやらぬまま、俺は慎重にダンジョンの入口へと引き返していた。
無理をして奥に行く理由もないし、なによりこのスライムを無事に連れて帰るのが先決だ。
「よし、ついてこい」
足元に跳ねる青い球体が、俺の声に反応するようにぴょんと跳ねる。
端末の画面には、テイム済みモンスターとして『スライム(名前未設定)』と表示され、現在のHPや状態も確認できるようになっていた。
ふと、その画面の隅に表示された「現在のMP:6/7」の数字に気づく。
(あ、テイムで1消費したのか)
講習で聞いた通り、スキル発動にはMPを消費する。MPが尽きれば当然スキルも使えなくなるし、MPが少ないとモンスターの維持も不安定になると説明を受けた。
(……これ、複数同時にテイムとか絶対無理だな)
この数字を見て、初めて職業補正の意味を実感する。俺のMPは初期値で7。テイマー補正で若干高いとはいえ、他職ならもっと低いこともあるはずだ。
それでもせめてスライム一匹なら十分維持できるらしい。
そして、ダンジョンの出口付近に近づいたところで、注意喚起のプレートが目に入る。
【※注意※ テイムモンスターはダンジョン外では顕現できません。必ずモンスターストレージへ収納してください】
(あ、そうだった)
講習のときにも説明を受けたことを思い出す。ダンジョン内は特殊な魔力空間で、モンスターの顕現が許可されているが、地上に出た瞬間にその力は遮断される。
無理に連れたまま出ようとすれば、強制的に消滅するか、契約が破棄される可能性もあるという。
「じゃあな、また後でな」
俺は端末のストレージ機能を呼び出し、スライムのアイコンをタップする。
すると、スライムは一瞬青白い光に包まれ、すうっと姿を消した。
【スライムをモンスターストレージに収納しました】
画面にそう表示され、足元が静かになる。
(これでOK、と)
ダンジョンを出ると、受付嬢がにこやかに声をかけてくる。
「お疲れさまでした」
俺は軽く会釈し、手続きを進める。
「初回なら、こちらのアイテムはいかがですか? 最近は自宅でスキルを使いたい人も増えていますし、こういったアイテムも人気なんですよ」
彼女が勧めてきたのは、魔石を使って室内でスキルが使えるようにする専用の装置だった。
講習のときに説明は受けていたが、まさか本当に手に入れるとは思っていなかった。
「これ、ひとつください」
少し悩んだ末、俺は小型の装置と、小さめの魔石を購入する。
(ああ、なんか……ゲームの世界みたいだな)
そう思いながら、俺は端末に表示された現在の所持金と、ストレージ内のスライムの情報を眺める。
【ストレージ内モンスター】
【名前】名称未設定 (スライム)
【レベル】1
【HP】6
【MP】3
【攻撃】2
【防御】2
【魔力】1
【魔法防御】2
【器用】3
【幸運】3
【速度】2
(かわいいし、思ったよりもステも悪くない……のか?)
初心者の俺には、その良し悪しはまだ分からない。だが、このスライムがどこか癒しになる存在であることは確かだった。
「さて、帰るか」
そうつぶやいて、俺はストレージのスライムを連れて、ダンジョン施設をあとにする。
明日からはまた仕事だ。だけど、今日はちょっとだけ気分が軽い。そんなことを思いながら、俺は帰路についた。