第3話:きっかけ
翌朝も、当然のように寝不足だった。
ギリギリまで布団で粘ったせいで、朝食を取る暇もなく、慌てて家を飛び出す。駅までの道を早足で歩きながら、スマホの画面をちらりと見ると、同僚の岡島からメッセージが届いていた。
『おい篠原、お前カード作ったか?』
カード? 一瞬なんのことかと思ったが、すぐにダンジョンのステータスカードのことだと気づく。
以前、会社の飲み会で話題になったのを思い出す。冒険者じゃなくても、身分証代わりになるから、持っておけって話だった。
(そういえば、まだ作ってなかったな……)
正直、興味なんてなかった。どうせ自分には縁のない世界だと思っていたし、講習を受けるのも面倒に感じていた。
駅に着き、ホームで岡島に返信する。
『いや、まだだ。そっちはもう取ったのか?』
すぐに返事が来る。
『もちろんだわ。最近、いざって時用に持っとくのが常識だぞ。なんなら職場の非常用ID代わりに登録してるやつもいるし』
非常用ID。確かに最近、会社の社内システムにもカード登録の項目が増えたって総務が言っていた。
スマホを閉じて、ふと周囲を見ると、スーツ姿のサラリーマンがダンジョン受付のカウンターに並んでいるのが目に入る。
特に装備もせず、カードをかざしてダンジョンに入っていく光景。これが今の世の中の当たり前。
(……まあ、カードぐらい持っておくか)
ふと、そう思った。冒険する気なんてない。ただ、身分証として。岡島の言う通り、いざって時のために。
そんな他愛もない理由が、この後の俺の人生を大きく変えることになるなんて、そのときの俺は、もちろん知る由もなかった。