第1話:ダンジョンが日常になった世界
数年前のある日、突如としてこの世界に“ダンジョン”と呼ばれる異空間が現れた。
最初はニュースで頻繁に取り上げられ、「異世界への扉か」「未知の空間」「危険区域」などと騒がれたが、いつの間にかそれも日常の一部となっている。
現在、ダンジョンは政府の管理下に置かれ、出入りには講習の受講とステータスカードの取得が義務付けられている。特に一般市民も身分証代わりにカードを取得することが推奨されるようになり、いまや会社員から主婦、学生にいたるまで、カードを持つのが当たり前になった。
その影響で、朝の通勤時間帯にはスーツ姿のビジネスマンが、駅前のダンジョン入口に立ち寄る光景も珍しくなくなった。
ダンジョン帰りに出社する猛者や、昼休みに軽く潜ってストレス発散するOL、週末に家族でレジャー感覚で挑む親子連れまでいる。
俺——篠原悠斗もそんな世界に生きる一人だ。
もっとも、俺にはダンジョンに潜る趣味もなければ、冒険者志望の夢もない。ただ、日々の仕事に追われ、疲れ果てた社畜生活を送っているだけだった。
スマホを片手に、朝の駅前を歩きながらふと横を見ると、スーツ姿の男がダンジョン入口の受付カウンターに立っていた。
装備と呼べるものはビジネスバッグとスニーカーくらい。だがそのまま淡々とダンジョンのゲートへと吸い込まれていく。
(本当に、いまはダンジョンも日常の一部なんだな……)
そう思いながらも、俺には縁のない世界だと、目をそらして通り過ぎた。