第1章 第3話「違和感」
車両が大きく揺れ、がくりと前につんのめったところでついに停車した。
扉が外から開け放たれると、冷たい空気と一緒に土と草の匂いが一気に流れ込む。
「降車!」
マディガンの低い声が響き、兵たちは小銃を抱えて車外へでた。
そこは想像以上に小さな村だった。
木造の家々が寄り添うように並び、割れた鉢や網が軒先にぶら下がっている。
道は細く、雨が降れば泥濘になることがすぐに分かる。
小さな子供が家の陰からこちらを覗き、目が合うと弾かれたように隠れた。
(探知局の監視網が正常なら、ただの村だが。)
そう自分に言い聞かせる。
だが俺は、その言葉が心の奥に落ちていかないのをはっきり感じていた。
「軍の方が、まさかこんな大勢で・・・。」
村警の一人が帽子を脱ぎ、汗を滲ませて立っていた。
どこか所在なく視線が泳ぎ、手が帽子のつばを無意味に弄っている。
「州警からの要請に基づき、規定通り調査を行います。公会堂を拠点にしますので、ご案内願います。」
ローデルが短く言うと、村警は「は、はい・・・。」と小さく頭を下げた。
公会堂は思った以上に古びていた。
木の扉は角が削れ、床板は僅かに沈む。
壁には誰かが打ち付けた釘の跡が残り、薄暗い室内には古い紙と埃の匂いが漂っていた。
「ここを使ってください・・・狭いですが。」
案内した村警はそう言うと、帽子をいじりながら視線を避けた。
「・・・・・・余計なことは言わないよう、特に村の者には。」
その呟きは、聞かなくてもよかったものかもしれない。
だがマディガンはそれを聞き取り、無言で村警をじっと見つめた。
村警は居心地悪そうに視線を逸らすと、そのまま小走りに公会堂を後にした。
「よし、ここを拠点とする。」
ローデルが声を落としていい、マディガンが小隊員に指示を飛ばす。
兵たちは慣れた手つきで荷物を降ろし、小銃を壁際に立てかけ、床にロールマットを敷き始めた。
窓の外には村人の影がちらほら見える。
何かを運んでいる者、洗濯物を取り込む女、子供を抱き上げる母親・・・。
その動きのすべてがどこか緩慢で、声が出ていないのが妙に気になる。
(探知局が正常なら、恐れる理由はない・・・本来ならば。)
俺は自分に言い聞かせた。
だが、訓練場にいた時よりも胸の奥が冷たく、息が浅いのを感じる。
「少尉。」
マディガンが近づき、小声で言う。
「何かあればすぐ言ってください、あんたの勘は、結構当たりそうだ。」
「・・・・・・根拠は?」
「この仕事、根拠があったらもっと死人は減りますよ。」
そういうと、苦く笑った。
公会堂の一角に腰を下ろすと、板の隙間に黒ずんだ染みがあった。
血か、古い油かはわからない。
この国には、まだそういう”忘れられた跡”が無数に残っている。
俺は深く息を吐き、小銃の遊底を軽く引いて確認した。
まだ、何も起きていない。
ただ、木々の向こうにある森が、やけに静かだった。
前置きが長くなりましたが、次回から展開が大きく変わります。