第3話「星降りのルール、宿題と最初の聖地」
前回までのあらすじ
消えた兄・陽斗の謎を追う晴斗は、花見ヶ丘神社で小さな神・祭丸と出会う。兄が「星降りの儀」の参加者だったこと、そして「弟を頼む」という言葉を残していたことを知る。晴斗は兄の真実を知るため、そして祭丸と共に戦うため、祭丸と契約を結ぶ。
朝食のテーブルで、母さんが新聞を読み上げる声が聞こえる。
「長野県で原因不明の地盤沈下…住民が奇妙な夢を見るという報告も…」
父さんが新聞を取り上げて眉をひそめる。「最近、こういう不可解な事件が増えているな。晴斗、夏休みの旅行先は気をつけて選ぶんだぞ」
僕は何気なく頷いたけれど、胸の奥で何かがざわめいていた。
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自分の部屋で、僕は祭丸に一昨夜の夢のことを話した。
「星降りの儀って、本当に大丈夫なのかな…王様を選ぶだけじゃなくて、何か…怖いことが隠されてたりしない?」
祭丸の表情が曇る。「…陽斗君も、儀式の華やかさの裏にある『何か』をずっと気にされていました」
そして、小さな声で続けた。
「晴斗君、昨日お約束した通り、『星降りの儀』について、少しずつお話しします。まず、基本的なこと…」
祭丸が説明してくれた星降りの儀の仕組みは、僕が想像していたよりもずっと複雑だった。
勝利条件は、全国12箇所の聖地に散らばる「星の欠片」を7つ以上集めること。僕たちのような参加者は、八百万の神を最大3体まで契約できる。
「神にはそれぞれ5つのステータスがあります。攻撃、防御、神技、絆、そして霊格。ランクはG→F→E→D→C→B→A→S→神級(SS)まで」
祭丸は自分のステータスを恥ずかしそうに見せてくれた。攻撃G・防御G・神技F・絆C・霊格C。
「僕のように力を失った神では、すぐに頭打ちになってしまうやもしれません…霊格が上がると、全体のステータス上限が解放されるのですが、今の私の霊格Cでは…陽斗君は、私の本来の力を取り戻させようと色々試みてくれましたが…その方法が、あまりにも…」
祭丸は言葉を濁し、深く俯いた。
僕は『辺境の唄と風の記憶』をもう一度開いた。陽斗兄さんの書き込みが集中しているページには、古代の村々で行われた「人身御供」や「神への捧げもの」の記述が、美しい詩の形で綴られている。
でも、その美しい言葉の裏に、どこか冷たい、容赦のない掟のようなものが潜んでいる気がした。
「『尊きもの捧げ、風は恵みをもたらす』…」
陽斗兄さんが赤線を引いた一節を読み上げると、首にかけた兄の勾玉がわずかに熱を帯びる。
そして、別のページに兄の走り書きを見つけた。
「鹿島…武の神…その力、何を守り、何を屠る? 祭祀の裏の『血』…」
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「鹿島神宮ですか」
祭丸は僕が見つけたメモを見て、複雑な表情を浮かべた。
「陽斗君は、そこで神の力の『本質』と、それが時に振るわれる『非情さ』を学ぼうとしていたようです。武甕槌大神…鹿島の神様は、武の神として崇められていますが、同時に『要石』で大鯰を封じ、地震を鎮める役割も担っておられます。守るための力、そして封じるための力…その両面を」
父さんに旅行の許可をもらいに行ったとき、父さんは僕の持つ勾玉を見て一瞬顔を曇らせた。
「それは陽斗が大切にしていたものだな…あいつは、それを手にしてから少し変わってしまったような気がする。お前は、あまり深入りしすぎるなよ」
父さんの言葉が、心配というより恐れに近い響きを持っていることに気づいて、僕は少し不安になった。
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出発の準備をしていると、祭丸が申し訳なさそうに言った。
「晴斗君、言い忘れておりましたが…星降りの儀には『宿題ペナルティ』というものがあります」
「宿題ペナルティ?」
「はい。夏休みの宿題を放置すると、神の力が一時的にワンランクダウンしてしまうのです。現実逃避への戒めとして…」
僕は自分のリュックを見た。まだ手をつけていない宿題の束が、重々しく詰まっている。
「ええええええっ!?」
その瞬間、祭丸のステータスが一瞬表示された。攻撃G・防御G・神技F…いや、神技がF-にダウンしている!
「あ、あれ?祭丸、君の神技の数値が…」
「あーあー、もう既に発動してしまっているようですね…」
祭丸は困ったような笑顔を浮かべた。
急いで宿題に取りかかる僕。でも、算数のドリルを解きながら、僕は兄のメモの言葉が頭から離れなかった。
「祭祀の裏の血」って何だろう。そして、陽斗兄さんは鹿島で何を知ろうとしていたんだろう。
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夕食を済ませ、明日の出発に向けて荷物の最終確認をしていると、僕はふと気になることがあった。
祭丸のステータス。攻撃G・防御G・神技F(現在はペナルティでF-)・絆C・霊格C。
数字として見れば低いことは分かっているけれど、実際にはどの程度の力なんだろう?
「祭丸」
机の上で小さくなっている祭丸に声をかける。
「はい、何でしょう?」
「明日から旅に出るんだし、君の力を少しでも知っておきたいんだ。近所の公園で、軽く練習してみない?」
祭丸の瞳が一瞬輝いた。それから少し不安そうな表情になる。
「私の今の力では、あまり期待に添えないかもしれませんが…それでもよろしければ」
「もちろんだよ!」
僕は祭丸を手のひらに乗せて、静かな夜の公園へ向かった。街灯の明かりがぽつりぽつりと道を照らしている。
兄さんは鹿島で何を知り、何を恐れたのか。『祭祀の裏の血』とは一体何を意味するのか。
宿題のペナルティで弱くなった祭丸と一緒でも、僕はその答えの欠片を必ず掴み取ってみせる。
兄の勾玉を握りしめると、今度は温かく、そして少しだけ悲しげに脈打った。まるで陽斗兄さんの不安と、それでも諦めない強い意志が、時を超えて僕に伝わってくるみたいに。
「よし、祭丸。まずは君の力を確かめてから、明日の旅に備えよう」
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