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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第二章
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第二章ep.2 盲目《もうもく》と妙《たえ》

助五郎達が街道から見えなくなり、水茶屋は急に騒がしくなる。


「今日はもう店終(みせじま)いにするわ、支度ができたら家に案内するわね」


と由が言ったので、陽は高く閉めるのは早い気がしたが、店の片付けは始まった。(つる)(よし)を手伝っている。


今日来なければ地の果てまで追うと言ったのは本気だろう、今日中に助五郎(スケゴロウ)を訪ねると約束した以上、子毛に行かなければならない石には、早く店終いしてもらうほうが都合が良い。


「悪いが、(つる)をあんたの家に一晩泊めてくれねえだろうか?」


とさっき石が頼んだところ、由は嫌な顔をせず(こころよ)く承諾してくれた。


「一人と言わず、二人とも来ればいいよ。狭い家だけど二人くらい寝泊まりできるから」


と言ってくれたのも有り難い。とりあえず弦が体を休めることさえ出来るなら、いまは充分だ。


人目を(はばか)る旅。険しい山を越え、野宿も覚悟しなくてはいけない事を弦も重々(じゅうじゅう)理解してただろうから、弱音を吐くことも出来なかっただろう。


自分が耐えれるからといって、女の身の弦が同じように出来るわけがないことを忘れていた。それに先程の騒動の後では、助五郎が居る子毛(こげ)の町で宿を取るわけにはいかなかった。


「とりあえず、今日の余り物は夕食にするから経木(きょうぎ)(薄い木の板の包装材)に包んで、荷車の棚の下に入れて」


「この下に?」


弦は取っ手があることに気付き、そこを開く。


「包丁やまな板は横に引っ掛けて置けるから、その前にあたしが洗ってくるわ」


「わかりました。この薬缶(やかん)はどこに?」


「あぁ、それは...」


二人はずっと昔からコンビだったかのように息が合っている。


...こりゃあ、邪魔しねぇほうが良さそうだ。


と静かに石が店から離れようとすると、弦が近寄ってきた。


煙草(たばこ)は吸わないで下さい」


小声で注意されたので、小声で返す。


「うるせえな、そんなこたぁ分かってるよ」


「わかってるなら良いんです」


そう言うとスッと弦は離れていった。


石は不機嫌そうに鼻を鳴らし、店から少し離れて、街道の端に腰を下ろす。


...面倒な事になったなあ...。


嫌なことは早速に片付けたいのが石の性分だ。


挨拶を済ませ助五郎の顔を立てれば、しばらく町に滞在してても放って置いてもらえるかもしれない。町であれば按摩(あんま)の客も見つかりそうだし、旅の路銀(ろぎん)(旅費)を稼いだら早々に此処(ここ)はオサラバだ。


普段は土地の有力者に取り入って仕事や寝床に有りつくのだが、今回はその有力者と揉めてしまったので、それが出来そうにない。


..失敗したなぁ、いつもならもっと上手くやれたんだがなぁ...。


もう相性が悪かったのか、前世からの因縁としか思えない、八九三(ヤクザ)など野っ原の(フン)のようなもので、石の人生では当たり前にその辺りにゴロゴロ居たもの。


嫌うとか憎むとかの感情は無い。勿論、八九三(ヤクザ)も人だから色んな奴がいて、人としての好き嫌いはあるが、最初から毛嫌いしたのは自分にとって珍しい事だった。


今からなら、由の家まで三人を送った後に子毛(こげ)の町に行っても、時間的にはそれほどは帰るのは遅くならないはずだ。遅くなろうが、夜道の歩き方には慣れてるから特に構いはしないが・・・


ずっと深い暗闇で足掻(あが)いてきた人生だ。弦と出会い、明るい道に強引に引っ張って貰ったおかげで、太陽の下を歩けるようになった。


こんなこと言えば、弦が哀しむかもしれないが、まだ暗闇のほうが息はしやすい。



話が決まればとやかく言わなくても、弦は自分で何をするべきか考えて行動する。 忙しく店の中で動いている大人の二人の女。 (たえ)も小さな体で自分にできることを手伝っているようだ。


道の端っこで、石は中座りをしてぼんやりと周りの音に耳を澄ましている。


風の()、虫が鳴く声、女達が話し合う声。煙草が吸いたくなったが、さっき注意されたばかり。


(よし)さん、荷車(これ)どうやって動かすのでしょうか?」


荷車を眺め、動かし方に迷っていた弦は、まな板や包丁などを洗った汚れた水の入った(オケ)を外に持って行き、棄てていた由に大声で尋ねた。


「ちょっと待ってね」


店の裏のほうから由の返事が返って来た。


段取りよく働く女性が二人居るおかげで、帰る準備がだいたい出来たようだ。後は荷車を外に出し、腰掛けを中に入れれば終わり。


..そろそろ出番か?


石がのそのそと動き出す。店に入ると、荷車を眺めてる弦の前に割り込んで、荷車に手を這わせ、ストッパーらしきものを触る。


ガクッと荷車が少し揺れた。


「動かすのは、荷台の横に...」


現れた由が、言いかけて立ち止まる。


石は車輪に手を伸ばし噛ませてあった輪留(わど)めを外すと、由に言った。


「姉さん、輪留め(こいつ)は持って帰るのかい?」


石が輪留めを由に見せる。


「...あ、いや....店に」


「そうかい、じゃあここに置いとくよ。弦、荷車(こいつ)を出すから、ちょいと案内(あない)してくれ」


輪留めを脇に置くと、石は荷車の取り手を持ち動かし始めた。


..え?


由が眺めていると、石は弦の指示を聞きながら荷車を外に出し、腰掛けを中に収めた。そして石は、街道に出した荷車の取り手囲(てかこ)いの中に入り、取り手を掴んで引き上げる。


そこまで黙って見ていた由だったが、慌てて石を制止しようして弦に止められた。


(たえ)ちゃんも働いてたのに、いっさんはずっと怠けてただけですから。 ほら、あのお腹を見て下さい」


弦の指さすほうに、石のぽっこりとした中年腹があった。 


「最近太り気味なんです。痩せるのに、これぐらいの力仕事が良いんですよ」


弦は微笑みながら辛辣(しんらつ)な事を言う。


...ひでぇ言いようだ..


石は心で愚痴をこぼす。由を説得するための方便ではあるとは思いたいが、本心かもしれない。


「でも、石さんは・・」


一瞬、目が見えないと言いそうになったが、口に出すことは由には(はばか)られた。まだそこまで話せるほどの仲ではない。


弦は、由の言いたいことを理解していた、その上で、


「大丈夫ですから、いっさんに任せてください」


と言った。


「行きましょうか、いっさん」


「ああ」


石は取り手を握りしめ荷車を引き始めた。




カラカラ回る車輪の音、そのまわりを子供と大人二人の3人の女性がとり囲み荷車は進む。


最初は荷車から荷物が落ちないか、石が怪我をしないかと心配していた(よし)だったが、今は沈む夕陽を見ながら弦と談笑して歩いてる。


(つる)ちゃん達が居てくれて助かったわ、一人だとこんなに早く店終いすることはできなかったから」


「そんな、(よし)さん。泊めて頂くのですから、お礼を言うのはこちらです」


二人の会話が石に聞こえてくる。


「荷車を一人で運んでいるんですか?」


弦が由に聞く。


「いつもは荷車を引きに誰か来てくれるの。大抵は定吉(さだよし)さんだけど」


うつむき加減でそう言いながら、照れたような由。


「お優しいんですね。定吉(さだよし)さん」


微笑(ほほえみ)ながら(つる)(よし)の顔を覗き込む。山向(やまむこ)うに陽が落ちかけて、あたりは赤く染まっていく。由の顔も、少し赤いようだ。


「途中で会えたらいいんだけど..もし会えなかったら、後で、定吉(さだよし)さんに謝っておかなきゃね」


と由が独り言のように言っていた。


弦は、なんとなく由が急いで店を閉めたことに思い当たる気がした。


橋梁(きょうりょう)工事の現場に行った助五郎(スケゴロウ)達は、子毛(こげ)に戻る時にまた水茶屋の前を通るはず。由と助五郎の雰囲気を見れば、由は助五郎と会いたくなかったのだろうと思う。


それは弦も同じ、また会いたいとは思わなかった。


「もし会えなかったらお詫びに、定吉(さだよし)さんになにか作りましょう。夕食(ゆうげ)の準備もあるでしょうから」


「そうね。手伝って」


「はい」


弦と由はお互い笑顔で顔を見合わせた。



..手伝ってもバチは当たんねぇと思うんだが、誰も手伝う気はねえか・・


重い荷車をひとりで引っ張る石の顔を、夕陽が赤く染めていく。荷車は、盲目の石に触って誘導しなくても、


「左に寄せて下さい」


弦がそう言うと、その通りに動く。


由は不思議な面持(おもも)ちでそれを見ていたが、妙は由よりも、もっと不思議に思ったようだ。駆け出すと荷車の前に出て、赤く染まった石の顔を見上げ本当に見えてないかを確かめようとした。


「嬢ちゃん、あしの顔になにかついてるかい?」


石には妙の姿は見えないはずなのに、顔を向けられて妙は心から驚いた。走って戻り、荷車の後ろを歩く由の足下に飛び込み、着物の(すそ)にしがみつく。


「ありゃ、どうしたかな?」


石は頭を掻いた。


「いっさんは、顔は(おっか)ないけど、ああ見えて心持(こころも)ちは優しい人なのよ」


由の隣を歩く弦は、(たえ)が石の顔に脅えたのかと思い、妙の髪を撫でながら(なだ)めた。


妙は、弦に頭を撫でられながら前を向いて、荷車を引く石の背中をじっと見つめている。 


..このおじさんは、目を閉じているだけで、本当は全部見えているのかもしれない..。


真実を言い当てているような、有り得ない思いを抱きながら。

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