表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/18

第二章ep.1 定吉《さだよし》と助五郎《スケゴロウ》

【橋梁工事‐きょうりょうこうじ】


ガチン!


川の水は引いてるが、地面は泥のようだった。


職人のひとりが、泥濘(ぬかる)んだ地面に木の(くい)を打ちこもうとしたら、固いものに当たりその衝撃で、大槌(おおづち)が手から離れその場にうずくまった。


(てつ)、大丈夫か?」


「デカい石があったみたいだ、かなり(しび)れた」


(てつ)は立ち上がって両手をぶらぶらさせながら、心配する定吉(さだよし)に、


「ちょいとやられたが、大丈夫だ」


と言って、大槌(おおづち)を持ち直した。


「待ってくれ一旦(いったん)、泥をかき出して大きさを確認しよう。このまま作業するより、矢穴(やあな)を開けて砕くほうが安全だ」


(てつ)は反対した。


「そんな事、いちいちやってたら作業が進まねえぞ? それに見ろよ。周りは泥だらけで、かき出してもすぐ()まっちまう」


そう言って、(てつ)泥濘(ぬかる)んだ地面を忌々(いまいま)しそうに蹴り上げた。


「かき出した泥は矢板(やいた)の外に捨てて、周囲を土留(どど)めしながら、大きさを確認していこう。やみくもに作業しても上手くいかないと思う」


話し合いの結果、定吉(さだよし)の意見にまとまり、職人達は準備を始めた。


「じゃあ、やろう」


役割を決め、泥を(おけ)ですくい上げ矢板の外に出しながら、石が泥で埋まらないように周りに土嚢(どのう)()()めていく。


此処(ここ)ソの()の橋造りの現場では、橋桁(はしげた)を川に渡していく前に、土台を造る作業を行っているところだった。


上流で川を()き止めて流れを変え、水量が少なくなった後、土台となる部分を矢板で囲み、橋脚(きょうきゃく)を建てるための基礎(きそ)を打ち込んでいく。


今はまだ雨が少なく仕事はやりやすいが、本格的な梅雨(つゆ)到来となれば増水した川の流れは堰き止められない。


そうなれば、作業はお手上げになってしまう。


定吉(さだよし)は、この橋梁工事(きょうりょうこうじ)の中心に居て、職人達に指示を出している。いわば、この工事の現場責任者だ。


その定吉(さだよし)には、気安く声をかける職人(なかま)が多い。


強いリーダーシップで、周囲をグイグイと引っ()っていくのではなく、相談しながら対話でまとめていく、聞く耳を持つタイプのリーダーだ。


...雨が降る前に、橋桁を掛けておきたい


定吉(さだよし)は誰にも言わないが、(あせ)っていた。


空を見上げると、今日も(くも)が多い。


雨でもないが晴れてもいない。子毛(こげ)のある地域が山間部(さんかんぶ)ということもあり、雨は何時(いつ)降ってくるか読めない。


梅雨までに橋脚(きょうきゃく)を建てておきたい、その思いで、定吉(さだよし)は職人仲間を()き立てていた。


「さだよしぃぃ!、 陣中見舞い(じんちゅうみまい)に来てやったぞ。わしからの土産(みやげ)だ、取りに来ぉい!!」


土手(どて)の上の丘から、甲高(かんだか)い声がしている。


矢板にかけた梯子(はしご)から、石割(いしわり)のための作業を覗いていた定吉(さだよし)は、その声の主に驚いた。


「多の屋の旦那!」


現場に来ることがない助五郎(スケゴロウ)が、なぜ現れたのだろう?  あわてて梯子(はしご)から降り、助五郎(スケゴロウ)のところへと走る。


職人たちも、何事かと定吉(さだよし)を見ていた。


「どうかしましたか? 旦那」


助五郎(スケゴロウ)は、笑顔で返した。


「お前らに精力(せい)を付けさせてやろうと思ってな、おい(わら)を取れ」


大八車に(かぶ)せていた藁が取り払われると、荷台には宴会が出来そうな量の料理や酒が()んであった。それらは一見(いっけん)、豪華な料理に見えたが、よく見ると夜まで持ちそうにない、日持(ひも)ちのしない(ナマ)モノばかりだ。


定吉(さだよし)の顔は、みるみる(くも)っていく。


橋造りの作業をしていた職人達は手を止めて、丘の定吉(さだよし)助五郎(スケゴロウ)達を(なが)めていた。


「おい、(てつ)。あれ、食いもんと酒みたいだぞ」


矢板の上に乗って丘を(なが)めていた職人のひとり、十助(とすけ)が、大八車の荷台に()ってるものを言い当てる。


「知らねえよ。おい、まだ作業中だぞ? こっちを見ろ。(おけ)を早く取れよ」


(てつ)が、()き出た泥をすくった(おけ)を高く持ち上げている。


「おお、なんだ? 機嫌きげんが悪いな」


と言いながら、矢板の上の他の職人が桶を受け取り外に捨てた。


「くそ! 定吉(さだよし)、早く戻って来い。作業が進まねえじゃねぇか」


ひとり懸命に作業を進める(てつ)を、冷めた目で十助(とすけ)が見下ろしていた。



「みんな集まって来い! 一息ついたらどうだ。飯だけじゃない、酒もあるぞ!」


助五郎(スケゴロウ)は土手まで進み出て、職人達に聞こえるように声を()り上げた。


戸惑(とまど)う職人たち。


定吉(さだよし)の指示が無いと、勝手に休むわけにはいかない。


職人達の反応が、思ったより(かんば)しくないので、助五郎(スケゴロウ)はつまらなそうに定吉(さだよし)を振り返った。


その定吉(さだよし)眉間(みけん)にしわ寄せ、睨むように、酒や(さかな)を積んだ大八車を見つめていた。


「どうした? なにかあったのか??」


不審(ふしん)な顔で、助五郎(スケゴロウ)(たず)ねる。定吉(さだよし)助五郎(スケゴロウ)に向き直った。


「旦那、・・・作業は今のところ順調ですが、進んでいるわけじゃありません。梅雨になれば、川の水嵩(みずかさ)が増して作業はできないかもしれません。ともかく、いまは橋桁(はしげた)()けてしまいたいところなんで、旦那のお気持ちには感謝しますが、仕事を続けさせてもらえれば・・・」


定吉(さだよし)助五郎(スケゴロウ)の間に、右馬(ウマ)が割って入った。


「わざわざ助五郎(おやっさん)が、お前らのために運んできてやったんや。ありがとうございますと、頭下げて取りに来るのが当然やないか? なあ定吉(さだよし)よ」


定吉(さだよし)の目に、ちらっと右馬(ウマ)の後ろにいる鬼造(オニゾウ)が見えた。


...普段、威勢(いせい)のいい男が、今日はやけに静かだ


不気味に思いながら定吉(さだよし)は、右馬(ウマ)に言葉を返した。


「酒を飲めば、今日は仕事にならない。旦那の心遣いには感謝してるが、俺たちは、さっき休憩を入れたばかりだ。何度も休んではいられない。旦那だって、早い橋の完成を(のぞ)んでらっしゃるだろう」


定吉(さだよし)は、大八車の料理に目を向けた。豪勢(ごうせい)だか、なにかおかしい。


よく見ると、しなびた(タイ)煮焼(にや)きがあったり、(フタ)をした釜から、(にご)った煮汁が(こぼ)れている。()山魚(ヤマメ)変色(へんしょく)していて、今日作ったものには見えない。


「せっかく助五郎(おやっさん)が、お前らが食えへんような祝い飯を分けてやろうってのに、有り難いという気持ちはお前らにないんか?」


その右馬(ウマ)の言葉に、怒りがふつふつと沸いてきた。


... お前たちの食い残しを、職人(おれたち)に食わせるつもりだったのか?


定吉(さだよし)は、右馬(うま)(にら)んだ。



「いまなにか言ったか? あの男」


「え?」


助五郎(スケゴロウ)が、川の中にいる職人を指差している。


定吉(さだよし)は、なんのことか分からなかった。


「あの男、文句があるようだな。あれでは、今後の仕事に支障が出るだろう・・・仕方ない。お前たち、あの男を連れて来てくれ」


助五郎(スケゴロウ)の言葉に右馬(ウマ)が、くいと(アゴ)で指図すると、数人の八九三(ヤクザ)たちが、ぞろぞろと動き出した。


その時、定吉(さだよし)助五郎(スケゴロウ)の言葉の意味を理解した。川へ降りようとする八九三(ヤクザ)達の前に立ち(ふさ)がる。


「待ってくれ。旦那、止めてください」


定吉(さだよし)は、助五郎(スケゴロウ)に深々と頭を下げた。


「旦那、俺が間違ってた。本当に申し訳ない・・・」


最後の言葉は、か細く消えてしまいそうだった。


助五郎(スケゴロウ)は手下に、誰でもいいから職人を連れて来いと命じた。そして理由をでっち上げ、以前(まえ)(てつ)にしたように制裁(リンチ)を加えるつもりなのだろう。 


助五郎(スケゴロウ)子毛(ここ)の支配者だという事を、定吉(さだよし)に思い知らせる為だけに。


...助五郎達(こいつら)は、なんの罪悪感も感じずに平然とやる


平気で、ソの郷の人々を踏みつけにできる。腹の底から腐った八九三(ヤクザ)なんだと定吉(さだよし)は思い出した。


青ざめた定吉(さだよし)とは対照的に、ニヤニヤと高(ワラ)いする助五郎(スケゴロウ)


「ひゃひゃは、・・・俺のやることが迷惑ならハッキリ言え! さぁだぁよしぃ!!」


「そんなことは、・・・ありません。旦那には感謝しか、・・・すべて俺の間違いでした」


定吉(さだよし)は、頭を下げたままだ。


助五郎(おやっさん)はなぁ。職人が文句があるように見えたから、ありがたくも直接話を聞いたろう思ただけやで。このボケは職人の(しつけ)もまともに出来へんくせに、何様のつもりなんや!」


右馬(ウマ)定吉(さだよし)の頭を(はた)く。


「まあ右馬(ウマ)、その辺りで勘弁してやれ。定吉(さだよし)もそれなりには、やってるだろうからな」


助五郎(スケゴロウ)は、歯向かうことを諦めた定吉(さだよし)一瞥(いちべつ)した。


定吉(さだよし)、もう少し頭を使え。作業は遅れてるわけじゃねえんだろ、じゃあ休みにしろ」


ようやく鬼造(オニゾウ)は出て来たが、それだけ言うとすぐ退(しりぞ)いた。


定吉(さだよし)は、黙って(うなず)くしかなかった。肩を落とし、トボトボと泥土(でいど)の川へ下りると、職人たちに話した。


「みんな、今日の作業はここまでにしよう。多の屋の旦那が、みんなに精のつく料理を持って来てる。取りにいく事にしよう」


職人達は作業を取りやめ、片付けにかかった。定吉(さだよし)は、梯子を上がり矢板の中を覗いた。


「俺は、行かねえぜ」


中にいる(てつ)が、ひとり作業をしながら言った。


「ああ、それでいい。ただ、その料理ってやつがな・・・」


仕事の(しま)いをすると、わらわらと大八車の周りに職人達が集まってきた。口々(くちぐち)助五郎(スケゴロウ)に礼を言いながら、引きつった笑顔で料理を運んでいく。


八九三(ヤクザ)たちは、職人達の感謝の言葉を聞きながら、『このアホウたちが』と、心の内で嘲笑(あざわら)っている。ただ助五郎(スケゴロウ)だけは、職人たちの感謝の言葉を()に受けて上機嫌だ。


ひとりひとりに笑いかけ、「気にするな」「いつも助かってるぞ」と、鷹揚(おうよう)な態度で(ねぎら)いの言葉を返している。


...イヌだって感謝を忘れないものだ。てめえら、この(おん)を忘れるんじゃねえぞ


ソの郷の職人たちに(おん)を着せて、はじめて苦労(くろう)(むく)われる。


...畜生(ちくしょう)みたいな郷の小汚い連中を相手にするのも、全てソの河の橋の為。そのために子毛(こげ)から、大八車を曳いて歩いて来てやった。その上、愛想(あいそ)まで()()ってやっているんだぞ! 恩に着ろ!!


この橋梁工事が無事に終われば、誰も知らないが、次が本当の大仕事。


全てを無事に終わらせた(あかつき)には、尾張家(おわり)気位(プライド)の高い連中も、この()の屋助五郎(スケゴロウ)有用性(ねうち)を認めざるを得ないだろう。


そして、ソの郷が子毛(こげ)分村(ぶんそん)として住人が増えれば、町の規模は拡大する。ゆくゆくは、五街道に肩を並べるような宿場町(しゅくばまち)になるかもしれない。


...いまは名も無い町の町代(まちだい)(町の代表者、町人の町役人(まちやくにん))でしかないが、いずれは、惣町代(そうまちだい)(複数の町役人の筆頭(トップ))に・・・、それも夢じゃなくなった・・・





【助五郎‐スケゴロウ】


...いずれ、武士の地位を金で買い、尾張家(おわり)から関所(せきしょ)役目(やくめ)をもらう。・・・この一帯の利権を手に入れてしまえば、もう和久家(わく)の顔色をうかがう必要もねえ。わしの一代記、こりゃあ、小説本になりそうな話だな


助五郎(スケゴロウ)の妄想は広がった。


自分の名前も知らない、読み書きもできない夜鷹(よたか)(道に立ち客を誘う娼婦(しょうふ))から生まれた助五郎(スケゴロウ)は、貧困(ひんこん)極地(きょくち)で育った。肉親(にくしん)は、その母だけ。


物心(ものごころ)ついた時には、母に路上に立たされ、男娼(だんしょう)として体を売ることを強要(きょうよう)された。


誰かがやって来て助五郎(スケゴロウ)に興味を示すと、近くの廃寺(はいでら)へ連れて行き、コトが済むと(すずめ)の涙ほどの金を貰う。それも踏み倒され、ヤラレ(ぞん)で悔しくて、唇を血が出るほど噛みしめ、泣いて帰る日もあった。


稼いだ金は全て持ち帰り、母に渡した。(かせ)ぎが少ないと(なぐ)られる。酒を買って来いと言って殴られ、()うと「お前なんか、生むんじゃなかった」と言ってまた殴られた。


家で飯など、ほとんどもらえなかったが、母の遠縁という五八(いはち)というおじさんが、子供の助五郎(スケゴロウ)不憫(ふびん)に思って、母親に内緒で食事を与えていた。そのおかげか、成長すると助五郎(スケゴロウ)(ガタイ)は人一倍デカくなった。


その代わり、男娼(だんしょう)としてはまったく売れない。


金を稼げないことで「穀潰(ごくつぶ)し! ●ね!」と(ののし)られる毎日。


十四(才)で母の背丈(せたけ)を抜いた助五郎(スケゴロウ)は、その頃から母に殴られることはなくなったが、体は大人並みでも心はまだ子供。


愛情に()えていた助五郎(スケゴロウ)は、大人並みの体躯(たいく)と生来の凶暴(きょうぼう)さを武器に、脅迫(おどし)強盗(ぬすみ)で金を稼ぎ、その収入は男娼の頃とは比較にならないほどの大金となった。


「あんたは、本当に良く出来た子だよ。あたしは産んで良かった。あんたの父ちゃんは産むなって言ったけど、あたし一人でもお前を一人前にしてやるんだ! って啖呵(たんか)切ってやったんだ。じゃなきゃ、あんた死んでたんだよ?」


不特定多数を相手にする夜鷹の(はら)んだ子供の父など、分かるはずがない。それが嘘だと分かっていても、助五郎(スケゴロウ)死に物狂(しにものぐる)いで稼いだ(カネ)を母に渡し続けた。


その(カネ)は、その頃には重中毒となっていた母の阿片(アヘン)麻薬(まやく))を買う金に消えていくが、助五郎(スケゴロウ)は文句も言わず、母の笑顔を求めて悪事に手を染めた。


その母は、助五郎(スケゴロウ)が十六(才)の時に首を吊った。



葬儀ができる金は、一銭(いっせん)も家に残っていなかった。


遺体のそばで数日を過ごし、腐っていく母を見ても涙一つこぼれる事も無い。それが助五郎(スケゴロウ)にも不思議だったが、せめて墓だけは建てようと思い付いて、五八(いはち)(カネ)を無心した。


「金は、少しずつでええから。取り立てようとは思わん。助五郎(スケゴロウ)、今日から真っ当に働け。田んぼなら(わし)んところのを貸してやる。親を(ほうむ)ったら、家ひき払って我家(うち)へ来い。わしが納屋でも、お前が住む所をこしらえといてやる」


「ありがとう、恩に着ます。おじさんの言う通りにします」


墓は建った。埋葬した日、助五郎(スケゴロウ)は故郷を出た。


縁者はひとりだけ、その五八(いはち)にも不義理をしたのだから、墓参りする者などいない一人も居ないだろう。もう、とうに昔に墓は()()ててるはず。


その後の人生は、暴力だけを頼りに、八九三(ヤクザ)稼業にどっぷり浸かり生きて来た。


故郷を出て十数年、いくつも修羅場(しゅらば)をくぐり抜け、何人かの舎弟(しゃてい)も出来たが、代々受け継いだような老舗の八九三(ヤクザ)組織には、自分のような者の出世を(はば)む、見えない壁があった。


...いつまで経っても使われるだけ。わしのような何処(どこ)の馬の骨とも分からねえ奴は、強力な後ろ(だて)でもなきゃ、幹部(うえ)には上がれねえ


そのうえ、八九三(ヤクザ)組織の幹部連中は、助五郎(スケゴロウ)ですら、たじろぐような悪辣(あくらつ)な行為を、朝飯代わりにやってのける。()き気がすような人畜生(ひとちくしょう)たち。


上等の極悪人がひしめく世界、助五郎(スケゴロウ)は思った。


...もう若くねえ、ここで死ぬ前に足を洗おう・・・


そして、偶然に旅先で()の屋の家族に出会った。


悪意を知らない善良な人間を(だま)すなんて、助五郎(スケゴロウ)にとっては簡単な事。()の屋の娘を(たぶらか)し、子毛(こげ)という、今まで聞いたことも無い小さな宿場町に行って、問屋(とんや)の主人に収まった。


そして八九三(ヤクザ)稼業から退(しりぞ)いたつもりだったが・・・


ある日、


「俺は、八助(ハチスケ)ってもんだ。助五郎(スケゴロウ)って人に伝えてくれ、五八(いはち)の孫が会いに来たってな」


というチンピラが現れた。


驚いた助五郎(スケゴロウ)は、八助(ハチスケ)を屋敷へと引き入れた。


五八(いはち)さんは、元気か?」


「死にましたよ、とっくの昔に」


「そうか・・・、あの人には世話になった。なにも出来ずに悪い事をしたな」


「爺さんは、ずっと助五郎(スケゴロウ)さんのおっ(かあ)の墓を、大事にしてましたよ。あんまり不思議なんで、爺さんに『金を借りて逃げた奴の親の墓を、なんで大事にしてんだって』聞いてやったんすよ、そうしたら爺さん、なんて言ったと思います?」


「・・・なんて言ったんだ」


「『あいつの母親も、不遇に育った。罪はねえ、ましてや、子供の助五郎(あいつ)に罪があるはずがねえ。墓にも罪はねえ、ただ、わしが残っとるから、やっとるだけだ。そうしてりゃ、どこかで生きとる助五郎(あいつ)も救われる』って言ったんすよ」


助五郎(スケゴロウ)は、黙って八助(ハチスケ)を見つめた。心なしか、眼が潤んでいるようにも見えた。八助(ハチスケ)は両手を付いて、頭を下げた。


助五郎(オジキ)、俺は行くとこねえんだ。今日から家に置いてくんねえかな」



その後、昔の舎弟(しゃてい)達も集まってきて、結局、助五郎(スケゴロウ)八九三(ヤクザ)稼業に舞い戻った。


だが子毛(ここ)は、裏界隈(かいわい)に名が通るような八九三(ヤクザ)組織を作れる場所じゃない。この小さな宿場町で、(わず)かな子分と、微々たるシノギ(稼ぎ)で細々と生きる。


...これが、わしの限界か


と諦めていたが、


...幸運(ツキ)(めぐ)ってきた・・・



(から)になった大八車と子分達を引き連れて、子毛(こげ)へと帰る助五郎(スケゴロウ)を、定吉(さだよし)は後をついて見送った。


「分かった、分かった。もう良いぞ、そんなに気を遣うな」


助五郎(スケゴロウ)は言うが、それが本心ではないことを、定吉(さだよし)は身に染みて理解している。


「旦那あってのソの(ごう)。さきほどまでの非礼を、お詫びいたします」


深々(ふかぶか)と頭を下げると、助五郎(スケゴロウ)が満足そうに顔を(ほころ)ばせた。


「ソの(ごう)が、子毛(こげ)分村(ぶんそん)となった(あかつき)には、お前が村の(おさ)になればいい。いずれ、わしの右腕として役に立ってくれ」


「はい」


定吉(さだよし)の返事に、助五郎(スケゴロウ)天下人(てんかびと)にでもなった気分だった。


...定吉(コイツ)は、完全にわしの言いなりだ


去って行く八九三(ヤクザ)達は、街道(かいどう)に立ち頭を下げている定吉(さだよし)嘲笑い(あざわらい)、互いに顔を見合わせた。


やがて、助五郎(スケゴロウ)達の姿は街道(かいどう)から消えた・・・



(いて)ててて、ようやく行ったか?」


定吉(さだよし)は、体を起こして(いた)む腰を()ばした。


職人達(みんな)、あれ食ってないよな」


「ああ、()てさせた。酒はイケんじゃねえかって、騒いでたけどな」


(てつ)が、草むらから現れた。


「酒は、飲めたかもしれないな」


「おい、先に言えよ。勿体(もったい)ねえだろ?」


「あはは」


笑う定吉(さだよし)を、(てつ)が心配そうに見る。


「大丈夫か?」


定吉(さだよし)は、笑顔で返した。


「今日の助五郎達(あいつら)()(くち)には、ヒヤリとさせられたけど、屋敷に行けばよくある事だ、気にしちゃいないよ」


街道(かいどう)を振り返る定吉(さだよし)の表情は明るかった。


「今日は、いつもより早く水茶屋(みせ)に行けそうだしな」


「そういう事か、じゃあ行ってこい。職人達(みんな)には、俺から話しておく」


そう言うと、(てつ)定吉(さだよし)に背を向けて、現場へと続く小道(こみち)を下りていった。


「ありがとう、そうさせてもらうよ」


定吉(さだよし)は、離れていく(てつ)の背中に向けて言った。


この小説には人の命を軽視したり侮辱するような(特に盲目の人や女性に対して)物言い、または乱暴な表現、人を貶める蔑称や男女問わず人や物、地域に対しても差別的な表現がありますが、作者はそれを良しとしているわけではありません。作品のイメージを大事にするために故意に使っている表現ですのでご了承ください。不快だと思うのであれば読まないようにしてください。読む人の選択に任せるものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ