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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第三章 子毛の町

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ep.7 川づたい

(いし)八助(ハチスケ)は川づたいに道を進む。


「全然、川から離れねえ気がするが、お前さんのオジキのお屋敷は、川ん中にでもあんのかね?」

「バカ言え、貧乏人じゃあるめえし、増水すりゃ流れるような土手のバラ屋に、助五郎(オジキ)が住むわけねえだろ」


「分かんねえぜ、川の底に立派なお屋敷が、八助、お前さんはもしかして亀か?」

「何言ってんだ? てめえは。ふざけてんのか?」


言い合いをしてるうちに、河岸を離れ、筋違(すじちが)いの通りへと入って行く。


「やれやれ、やっと川から離れたか、もうどれくらい歩いたんだ? そうだ、ヒマだから、でっけえ声で歌ってやろうかな?」


「つまらねえ事するんじゃねえ! あれから半刻(はんとき)(約1時間)は歩いただろうが


「そんだけ歩いても、てめえらみてえな貧乏人はケロっとしてやがる。歩いたうちに入らねえってか? 無駄に足腰が強えな!」


「いい冗談だな、笑える」


笑いながら、石は考えていた。


...あそこから一里(いちり)(約4㎞)は離れてるか


石は、助五郎(スケゴロウ)の居る屋敷が町中から離れてるか気になっていた。


「あしは、ひ弱な都会っ子の八助さんが、疲れて足下(あしもと)ふらふら川に落ちるんじゃねえか? って心配でな。歌でも歌って、励ましてやろうと思ったんだが、そんだけ元気なら旦那の屋敷まで、ひと泳ぎ出来そうだな」


「するわけねえだろ! なんで陸にあんのに泳ぐんだ馬鹿野郎。適当な事ばっかり言いやがって、俺を舐めてかかると痛え目に合わせるぞ」


八助は(すご)んで見せるが、見えない石には関係ない。


「まだ歩くのか? 八助くん」

「まだ半分来たくらいだ。文句言わずに歩け!」


...半分か、町の大通りから屋敷まで、二里(約8㎞)はありそうだ。それだけ離れてりゃ、まずまずか


この町に滞在している間、助五郎と関わり合いにはなりたくない。

石にとっては、町中で顔を合わさずに済むのは助かる。


列をなすように歩いていると、いつしか両側に、ぽつぽつと玄関口に灯りが(とも)る、立派な家々が建ち並ぶようになった。


石は耳をそばだてて、まわりの様子を伺う。


「静かだな。ここは墓場か?」


「てめえは、本当にくだらねえ事を言う奴だな。こっからは、てめえなんかが逆立ちしたって住めやしねぇ、金持ちが住んでるエリアだ。金持ちってのは貧乏人と違って、夜は行儀良く静かにしてるもんなんだよ


「夜中にウロウロしてんのは貧乏人と泥棒だけだ! 俺は抜け出してやる。いつか、絶対に金持ちになって、良い家に住んで、夜は酒を飲みながら良い女を抱いて寝る、そんな暮らしをするんだ」


(たん)と一緒に、八助が夢を吐き捨てる。


...いつかいつかと思ってるうちに、気付けば、何者でもない年寄りになってるもんさ


と、石は思った。


「お前さんはアレだろ? 多の屋の旦那の甥っ子じゃねえのか? だったら、子毛(ここ)じゃ左うちわで気楽に暮らせるだろ」


「ああ? 小遣いはオジキがくれるが、全然足りねえ。酒と女ですぐ消えちまう。それに、大事な仕事は(まか)してもらえねえ。使いパシリばかりで、つまらねえ」


...そりゃ、お前が仕事が出来ねえからじゃねえのか


八助が急に足を止めた。


「疲れたか? 八助。貧乏人は足腰が強えってお前の説は振り出しに戻ったな。新説は次に聞いてやるから、さっさと行けよ」


石に揶揄(からか)われても八助は立ち止まっていた。

動こうとしないので、何事かあったのかと周囲の様子に気を配る。


「・・・お前、本当に見えてねえのか? そんな風に思えなくなって来たんだが」

「はぁ?」


八助は、盲目の石が自分の背後を、一定の距離を空けピタリとついてくることが、急に気味悪くなったようだ。


...面倒(メンド)くせぇな・・・


「あしはホントは目が良いんだ。気張りゃ来世が見えるくらいだ。近い未来(とこ)なら簡単だ。ほら、あれだろ? 屋敷には、旨い酒、イイ女、豪勢な料理が待ってるのが見えるぜ


「早く行こう、八助(ハチスケ)くん。食えるのはあしだけだがなんだが、仕方ねえな。案内してくれた礼に、特別にいわしの骨を、とり分けてやるよ」


『内緒にしとけよ』と、ニヤニヤ(ワラ)う石。

ずっと揶揄(からか)われ続けて、八助もさすがに頭にきたようだ。


「バカヤロウ! お前みたいな何処の(うま)(ほね)とも分からねえ奴に、そんな扱いするわけねえだろが、クソが!」


八助は、怒って足早に歩きだした。


「たまには振り返れー、あしは寂しがりだからなぁ。お前の可愛い顔が見えねえと()ねて、あちらに行っちまうかもしれねえぞ」


八助は振り向いた。


八屋(はちや)だと?」


ニヤニヤ嗤っている石に、八助が声を荒げた。


「いま、何て言いやがった?」


石は真剣な八助の言いように、不思議そうに答える。


「あしは寂しがり屋で、お前さんの顔が見えねえと拗ねちゃうぞ」

「バカヤロウ、てめえなんざ最初(ハナ)から見えねえだろうが、そうじゃねえ。てめえ八屋へ行くって言ったのか?」


...八屋? なんだそりゃ


「さあ、どうだったかな?」


「てめえ、オジキの前で冗談でも言うんじゃねえぞ。八屋は、此処(ここ)ら辺りじゃオジキの一家と肩を並べる八九三(ヤクザ)


「オジキが一家(いえ)を構える時に、話を通しに行ったら銭を巻き上げられた因縁があってな、オジキの前じゃ八屋の身内と知られたら殺されるぞ」


「そうかい、ありがとよ。あしは、あちらって言ったんだが、お前さんの勘違いだな」


八助は苦虫(にがむし)を、噛み潰したような顔で、石を睨んだ。


それから、・・・多の屋の屋敷までの道すがら、八助はたまに石がついてきてるかを振り返るだけで、早足で歩いて行く。


道が(けず)れて穴が開いてようがおかまいなし、足下を注意するわけでもなく、ただ付いて来てるかだけを気にしてるようだ。


...やれやれ、こいつは親切って言葉を母親の腹の中へ置いてきたらしい。よっぽどあしが消えるのが怖いらしいな、いや、それだけ助五郎が恐ろしいって事か・・・


「早く来い!」


八助が(わめ)いている。


「そう慌てんな、八助。まだ宵の口(よいのくち)だろ? 月がようやく重い腰上げて、てっぺんに昇ろうかって時間だぜ


「お前さんはまだ若そうなのに、夜遊びもしねえで早寝するジジイになっちまったのか?」


その言葉に、ふと上を見上げた八助はゾッとした。

夜空には、上がりかけの月が見えている。


八助は、モノノ()を見るような目で石を見た。


「てめえ、神通力(じんつうりき)でも使えるのか?」

「ああ、そうだよ」


八助は、それから石が遅い事に文句を言わなくなった。


...よく分かんねえが、八助が五月蝿(うるせ)え事を言わなくなったからいいや、静かで


さて、助五郎は婿養子(むこようし)って話だったが、いったいアイツは何処(どこ)から来たのか?


こんな小さな町でも一家を構えているんだから、八九三(ヤクザ)としては、それなりのキャリアある奴なんだろうが...


何か思い出せそうな気がしたが、その前に屋敷に着いてしまった。


門をくぐり、八助が人を呼ぶと、屋敷の廊下をバタバタと足音がした。

そして小柄でふっくらした身体つきの中年女性が、玄関口へとやって来た。


「オジキに、俺が言いつけ通りに目暗(めくら)を連れてきたって伝えてくれよ」


八助は、その奉公人の中年女性に向かって言った。


女性は八助を黙って見下ろし、何も答えず後ろを振りかえった。

そこには、女性の背中に隠れるように幼い娘が立っている。


「いま旦那様は、お客様に会ってます」


娘が、中年女性に変わって答えた。


「じゃあ(すず)右馬(ウマ)の兄貴か、弥切(やキり)の兄貴を呼んでくれ」

「わかりました」


錫は身を(ひるがえ)して、廊下の奥に消えて行った。


錫の尻を鼻息荒く眺めていた八助を、土間の上から中年女性が軽蔑(けいべつ)の眼差しで見下ろしている。

その視線に気付くと、八助はバツが悪そうに顔を(そむ)けた。


中年女性は、八助と一言も話さず去っていった。


「てめえの情夫(オトコ)だろ、自分が呼んで来いババア」


女性が居なくなると八助は、小声で吐き捨てた。



...助五郎の機嫌を、損なわねえよう大人しく我慢。なに、一緒に暮らすわけじゃねえんだ、我慢は一時の恥、しねえは一生の恥


石は、八助の背後で自分にそう言い聞かせた。





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