ep.6 夜の町
暗くなると、通りは昼間とはまた違った形で賑わい、活気づいた。
町の中央を流れる川べりには、いくつかの屋台が立ち並ぶ。
大通りには、宿屋や飯屋が両側に並んで、春売(買春)のところへ連れて行こうとする客引きもうろうろしている。
...人の往来も多いし、景気は良さそうだ
石は久しぶりの酒の匂いと大勢の人の匂い、飯の匂いや、女の匂いに釣られて、喧騒、話し声、笑い声の中をゆるゆると歩いていた。
...尾けてるな
子毛に入ってから暫くして、自分の後を追う存在に気付いた。
町への好奇心が勝っている間は、尾けて来るやつを捕まえるのは後回しにしていたが、だいたい町の空気にも慣れたので、
...そろそろ、とっ捕まえるか
と云う気になった。
目的は分からないが、主人を追いかける犬のように石の後を追いかけてくる。
あちこちと覗き込んでは出ていくを繰り返す石の後ろを、ピッタリついてくるのだから、尾行しているのは間違い無いだろう。
石は川っぺりで足を止め、座って解けた草鞋の紐を、ゆっくり結び直してみた。
すると尾けて来た奴は、ここぞとばかりに駆け寄ってきて、屈む石のそばに立った。
「オジキが、お前を連れて来いとよ」
そいつの声は、微妙に震えている。
「だからなんだ? お前が言うオジキなんて知らねえ。あしの後を尾いてくんな」
「な、んだと、このヤロウ」
男の声が、坂道を降りるように小さくなっていく。
「オジキの名を言えよ」
「・・・た、たのや、多の屋助五郎だ」
...なんだ、助五郎が言ってた案内人か?
旅人を狙った物盗り(泥棒・強盗)も有り得ると身構えていたが、気が抜けた。
「はいよ、じゃあ案内してくれ」
石はスッと立ち上がる。
そいつは分かりやすく、安堵していた。
「お前さん、名は?」
「八助・・てめえ、目が見えねぇんだったな。俺がお屋敷まで、手を引いてやるよ」
八助は、石の腕を取ろうと手を伸ばしてきた。
それを、石はやんわりと退ける。
「勘弁してくれ。男同士でお手々繋いで歩くなんてな、あしの性に合わねえんでな。お前さん、先に行ってくれ」
「あ? 馬鹿かてめえは、俺が引っ張らなくて、どうやって目暗のてめえが屋敷に行けるんだ」
八助だって中年男の腕など取りたくないが、早く屋敷に連れて行かないと助五郎に怒鳴られる。
これ以上、石に好き勝手されるわけにはいかなかった。
「せっかく気を回してやったのによ」
断られた八助は、不満を隠そうとしない。
石には八助の心情など、どうだっていいが、助五郎といい八助といい、子毛の八九三たちの、感情がすぐ表に出る素直さには嗤ってしまう。
...所詮は田舎八九三か、心の中が透けて見える。こんなんじゃ、上方の何を考えてるか分からねえ、魑魅魍魎には太刀打ち出来やしない
水茶屋での一件を思い出す。
...そういや、右馬は西の訛りがあったな。助五郎にはそれほど訛りは無かったが、あいつも西から来たのか?
とはいえ《お屋敷》とは大袈裟じゃねえか? 少しは羽振りが良いかもしれねえな。久しぶりに旨いもんでも食えるか...
ひひひ、と一人笑いして、ふと弦を思い出し、バツが悪そうに舌を出した。
...あしだけ旨いもん食うのは、よくねえや
その間、八助は無言で石を睨んでいた。
「いつまでそこに突っ立ってんだ? ほら、あしの心配は要らねえから案内してくれ。前を歩けば、お前さんみたいに尾けてやるよ」
石は、不貞腐れてる八助を杖で遠くへ、スウッ・・・と追いやった。
「ほら行こうぜ、八助さん」
「うるせえ」
八助はようやく歩き出した。




